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ウクライナに入る日

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8月14日(木曜日) 晴天 40度
朝、6時半起床。7時に日本語が達者なエリザベットが作ってくれたおにぎりと漬け物、コーヒーをご馳走になった。荷造りをして8時ころペンションの前で記念写真。今年、10月にはこの家を引き払い竹崎さんとエリザベットは四国に引っ越すそうだ。お話を聞くとお二人の縁の深さにぐっとくるものがある。ぜひ、日本に帰国した際には四国で再会することを約束して別れを告げる。一晩でしたがお会いできてとてもよかったです。お二人とも末永くお幸せに。

ところで今日はキエフまで約1200キロを走らなければならない。それに難しい国境も越えなければならないので、いったいどのくらい時間がかかるか予想すらたたない。タツヤとサッチンは、ここでお別れと言っていたのだが、なんとキエフまで同行すると今朝になって決めたらしい。今日は、僕の誕生日だ。ブダベストからキエフまで記念に残る一人旅かなって、思っていたが、どうやら道連れが増えた。きっと、1人では不安に見えたのだろう。ありがたいことだ。

素敵なブダベストにはまた訪れようと誓い、ウクライナに向けて出発。ペンションの方には国境が大変込み合い、賄賂を払わないとなかなか通してもらえないなど、苦労話を聞いていたので覚悟して行く事にする。

高速道路M3はNviregyhazaまで延びていた。そこから一般道になりウクライナの国境まで一車線の道路が延びる。昼の12時半ごろ国境到着。トラック、バス、乗用車のレーンがあり、乗用車の列に並ぶ。長い列が続いている。外気温は40℃を越える暑さで待つのも大変だった。

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まず、ハンガリー側の出国は若い係官一人いるだけでパスポートをみて一人笑っていた。しゅうせいという発音が面白いらしく、ニヤニヤ、一人含み笑いをしていた。とてもフレンドリーな感じで出国は簡単そうだ。しかし、国境の橋を渡ると自動小銃をもった兵隊が2人おり、状況はかなり変化する。緊張が走る。笑いなどどこにも無い感じでとうとうロシア圏に入ったのだという実感がこみあげる。パスポートコントロールでパスポートチェックに待たされる。でも賄賂を払う様な雰囲気ではぜんぜんない。係官も結構親切でパスポートをみてはニヤっとする。笑顔がでるだけいい感じだ。パスポートも無事スタンプを押してくれ、今度は車両検査。トレーラーの中身をみられ、いろいろ係官通し話をしているがバイオディーゼルのことを言うとなんとなく知っているようでなんとか書類にハンコを押してもらい、OKがでる。
入国審査に1時間くらいで無事ウクライナに入国することができた。思ったよりもスムースだったのでちょっと拍子抜けしたが、通過できたことに喜ぶ。
少し進んで近くの小さな両替場で100ユーロをウクライナのグリヴナに換金する。

100キロほど進んだところで昼食と電源を借りて休む事にする。(午後4時から5時滞在する)ここはトラックのパークみたいで「トラックサービスカーパーク」と読んでいるらしい。しかし、ただ一件の大きな家があるだけでそれらしい雰囲気はない。ここはレストランとホテルになっているようだ。レストランのおばちゃんは気の良い人で僕のことを気に入ってくれていた。一緒に記念写真を撮る。おばちゃんの名前は、Anya(アニャ)。英語が少しできるホテルの受付嬢のNatasha(ナターシャ)。トラック野郎はローマという名前だった。
ここで食事をする間、遠心分離機を回して精製を進める。ここで遠心を終わらせてイオン交換樹脂に精製の行程を進める。遠心を回しているときは走行できないがイオン交換樹脂を作動しているときは、車両のバッテリーからとっているインバーターを使って精製を行なえるから走りながら作る事ができるのだ。

この後600キロを走らなければならないのに、道が思ったよりも悪いので平均速度が60〜50km/hぐらいでしか走れない。この分では明日朝4時頃の到着になりそうだ。幹線道路を走っているのだが、道がとにかく悪い。
夜中に通ったところで今まで走った中で一番悪い道を通った。しかし、多くのトラックが行き来している。車が壊れそうな道がどうどうと幹線道路になっているからすごい。また、真夜中、高速道路(?!)を87キロで走行していたとき、警察に止められる。17キロオーバーだそうだ。制限速度の標識は走行中一度も見た覚えがない。
朝6時過ぎにキエフの到着。SIXTの会社でユーリと合流。アパートまで連れて行ってもらう。アパートで待っていた雄介とナジーラにやっと会える。

走行距離:1182km

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燃料フィルター交換

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8月13日(水曜日) 曇り時々晴れ 30度
朝ペンションの支払いをすませ、トレーラーをまずは車にジョイントしてトヨタディーラーに向かう。燃料フィルタ−を交換するためだ。豊田通商のディーラーらしい。
大きな店で対応もとてもよい。きれいなオフィスで飲み物がフリーで配られる。少しすると奥から営業らしき人がでてきて、物腰の柔らかい対応をしてくれる。フィルタ−交換のお願いをするとなんと無料でやってくれた。さらにバッテリーの問題を相談するといろいろ連絡をとってくれ対応していただくが、結局同じタイプのものがなくあきらめる。
結局、2日で約1800キロを走るのにプラハ出発は午後3時頃となってしまった。進路を東にとりチェコ第2の都市、ブルノを通過してスロヴァキアに入る。国境を越えたところで高速道路使用料を払う。首都のブラチスラヴァに入る。どんな町並みなのか知りたくて高速を降りてみる。なんとなく街の雰囲気を感じつつ、特に首都というきらびやかな感じはなく、古い町並みが横たわっていた。

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再び高速道路に乗り南下して、ハンガリーに入る。夜の10時ころブダベストに到着。光に照らされたブダベストはとても美しかった。ブダベストそのものがプラハに比べてスケールが大きいのにビックリした。

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インターネットと電源を借りられるホテルをさがす。イビスホテルが空いていたが電源を確保できないため他のホテルを探すことになる。
電源、インターネットができる日本人経営のペンションが受け入れてくれることになり、夜中におじゃまする。自分は夜2時ごろシャワーを浴びて明日のドライブに備えて先に寝かせてもらう。後はタツヤ、サッチンが徹夜で準備をしてくれた。ほんとうに感謝。ありがとう。完成タンクの燃料をバスコファイブのオリジナルタンクに移し、反応タンクにある40リットルの廃食油を反応させバイオディーゼル燃料を作る。朝にはグリセリンを抜いてもらい遠心分離機に移してもらうようにお願いした。

精製:
完成タンクにある燃料をイオン交換樹脂にかけ、走りながら精製する。夜にはペーパーフィルターを回して完成させる。40リットルの燃料を夜中に反応する。

走行距離:551km
廃食油:0
協力していただいた方:Toyota Tsusho Praha、 Erzsébet & Mr.Takezaki

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プラハの寿司バー

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TOURATECH

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レオナルド・ダ・ビンチ

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8月11日(月) 曇り時々晴れ 28℃

朝、8時にペーパーフィルターを止める。完成したBDFを車のタンクに燃料ポンプで入れる。

この時点で完成タンク、反応タンク、廃食油タンクは空。昨日集めた60リットルの油をフィルタ−してプラントの廃食油タンクに移す作業を始める。

トーマスがペンションまでやってきてくれる。トレーラーをひいてもらい、両替ができる銀行を探し、メタノールを販売してくれる会社を探す。ロシアではこの2ヶ月リサーチをしたがまったくみつからなかった。ドイツで手に入れたメタノールを持ってロシアの国境を越えるのは難しいと誰もがいう。ローカルな国境ならもしかすると多めにみてくれるかもしれないだろうというアドバイスもあった。

とにかく、この後トーマスの友達でもあるシェフのフィリップ・ソンカのところへ行く。彼はGS1200に乗るバリバリのライダーだ。彼は「レオナルド・ダ・ビンチ」というピザリアを経営していて僕らのために廃食油を貯めておいてくれたという。店の裏には110リットルほど廃食油を貯めてあった。本当にありがたい。


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午後4時過ぎだがランチを食べて午後6時過ぎにペンションにもどる。オフロードカーマガジンのペーターが取材に来ていた。

夜、1回反応させる。

走行距離: 0km
廃食油回収 : 110L
協力していただいた方 : Tomas, Leonardo da Vinci (Philip), Inema hotel restaurant (Jan)

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トーマスとの再会

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トーマスが予約してくれたホテルまではプラハの市内から約15キロ離れていた。
夜9時にトーマスがホテルまで迎えにきてくれ、彼の自宅でバーベキューをすることになった。彼はダカールラリーで会ったジャーナリストで、ライダーであり、ツーラテックの輸入代理店やガーミンなども取りあつかうショップを経営している。久しぶりに会い楽しい話に花が咲く。同じバイク乗りということもあって話がつきない。彼のガレージには、バイク好きにはたまらないおもちゃが沢山あった。パーツや道具など洗練された一品ものが沢山。同じく甘党なのでデザートもしっかり食べた。なんだか自宅に帰ってきたみたいだ。

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夜1時ホテルにもどる。ペーパーフィルターは回しっぱなしにして寝る。

燃料精製:
朝、遠心分離機をとめイオン交換樹脂に切り替える。午後5時ペーパーフィルターに切り替える。午後7時から9時まで止め、再び翌朝まで回しっぱなしにして寝る。

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チェコ入国

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8月10日 曇り時々雨 27℃
ベルリンの南25キロにあるイビスホテルを9時出発。ベルリンのバンデンンベルク門を目指す。近くのカフェでコーヒーとパンショコラを頼む。

ベルリンからプラハまでは約400キロ。そこからウクラナイのキエフまでは1500キロほどある。ということはおよそ280リットルの廃食油が必要だ。現時点では160リットルの燃料(80リットルは精製中)があるからプラハについたら120リットル以上の廃食油を集めないとキエフにはつけないことになる。

まずは、バンデンンベルク門の近くのレストランに行ってみるが、日曜日のオフィス街なのでほとんど店は開いていなかった。あきらめて途中通過するドレスデンで日本食レストランをあたろうということになった。ドレスデンは学生の街と聞いている。たぶん、レストランは開いていると見込んでまずは日本食レストランに行ってみる。が、ラオス人の経営する店で寿司のみをやっており油はなかった。そこで近くのメキシカン、イスラエル、イタリアン、スタンドバーみたない店など10件ほどあたるが、なかなか収穫がない。

イスラエル料理店が10分後にもう一度来てくれと言っていたので、行ってみると、なんとOK。さっそく地下にいくと例のブルーの樽があった。中身をみると20リットルほどあったが表面が油の幕がかかっており、ダメかもしれないと頭をよぎったが、ひしゃくで中身をすくってみると、なんと透明感があり使える油だという事が判明。飛び上がって喜ぶ。しかし、油をすくっていくうちに下に貯まっていたショートニングのような白い油が混ざってきた。しかたなく10リットルほどもらってやめるとキッチンに来いという。キッチンに行ってみると揚げ物に使ってたまっていた油のタンクから直接、いただく。これでちょうど20リットル、ジェリ缶1個分が確保できた。

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ここからはチェコのボーダーまであっという間の距離。高速道路を移動していつの間にかチェコの国境を通過。またもや後ろから来たポリスにとめられ、パスポートと車の書類の提示を求められる。やはり車が目立ちすぎる上に右ハンドル、得体の知れない東洋人が運転しているとあっては、まず怪しいと思うのも無理はない。窓を開けて地球一周しているというと、ふーんといってから少したってポリスの雰囲気はやわらぐ。屋根のジェリ缶はなにが入っていると聞くので、廃食油だと答えると不思議な顔をする。なかなか理解できないようだ。大抵、皆BDFが入っているのだろうと思うようだ。
ポリスは、チェコの高速道を走るなら道路使用料として税金を納めたというステッカーを買ってフロントウインドウに貼っておかなければ、いけないと教えられる。
さっそく近くのプレハブの売店に行き、10ユーロで7日分使用できるステッカーを購入する。

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プラハでは、さっそく「田村」という日本食レストランに行く。プラハの旧市街にある「田村」に入り直接、オーナーの田村さんに交渉した。廃食油が必要だということを一通り説明すると、すぐにご理解いただき協力していただけるということになった。奥から20リットル入りの缶を2つ用意していただき。それを一旦お借りして車まで運び、車のルーフにあるジェリ缶に廃食油を移す。きれいな油でフィルターで濾す必要のないすばらしい油だった。
田村さんも車まで見に来ていただきいろいろ話していると日本人の2人連れの男性が声をかける。ヤマハの方でポーランドからフランスにもどる途中なのだそうだ。旅のいきさつなど話しているとワルシャワに知り合いがいますよ。もしワルシャワに行くのなら話をしてあげられます。とおっしゃる。現時点ではワルシャワは通過しない。カザフスタンにもピアノを納めているというのでつてはあるのでE-mailくださいと言って、名刺をいただく。


走行距離:413km
廃食油:60リットル

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ブランデンブルク門

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2年ぶりにブランデンブルク門にやってきた。前回はバイオディーゼルを売っているガソリンスタンドを探しながらヨーロッパ10カ国をまわったときに訪れた。相変わらず門の回りは観光客でごったがえしていた。
せっかくなので近くのレストランをまわって廃食油を探したがオフィス街ということもあり、どこも閉店していた。

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学生の街ドレスデンに足を延ばす。ここなら日曜日でも店が開いているだろうと思ったからだ。このあとチェコを通ってウクライナのキエフまで4日で2300kmほど走らなければならない。現在のところチェコまで走る分しか廃食油は集まっていないので少しでも集めておきたいところだ。
3人で手分けして「メキシカン」「イタリアン」「カフェ」「回転寿司」などなど飛び込んでみる。しかし、油をストックしてある店はなく、あっても汚れていて使えなかったりとあきらめかけたとき、イスラエル料理店がOKしてくれ20リットルが手に入った。

走行距離 : 413km
廃食油 : 20L
協力してくれた方 : Mydia restaurant (Abou-hamze, Steffi Loilde)

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8月7日 雨時々曇りのち晴れ 27度

キャンプ場を9時出発。8時から雨が降り出し、サッチンとタツヤは雨の中テントを片付けてずぶぬれになった。

けっこう居心地がよかったキャンプをとうとう出発するときがきた。

キャンプ場から6キロと離れていないところに以前から行ってみたかったEBB (European Biodiesel Board)によってみることにする。閑静な住宅街の一角にその事務所はあった。

さっそく、ベルをならすと男性が出てきた。

外にでていただき車をみていただく。

女性3名、男性3名が外に出て車を見に来てくれた。この車をみてすごく感激してくれた。今、ヨーロッパでは、バイオディーゼル燃料は、食糧の高騰などマイナス要因を引き起こしている関係もあってグリーンピースなどや他の関係機関からもあまりよい方向ではないらしい。だから君のような人がもっと沢山でてきてくれるととてもバイオディーゼル燃料のイメージアップにもつながるよと行ってプロジェクトを応援してくれることを約束してくれた。

ロシアのバイオディーゼル事情を知っているかと聞くとあまり情報はないという、しかし、EBBのようにロシアにもBiodiesel Board もあるらしい。バイオディーゼルのプラントはまだないが、これから立ち上げようとしているという。これは初耳だ。ロシアの知り合いをあたってくれるという。ぜひ、ロシアでのサポートをお願いする。今度の9月11日にバイオディーゼルの国際会議がベルギーであるらしい。そこに君が来てくれて会場の前に車をおいてくれると非常にいいんだけどなぁ。と残念そうにいわれる。

10時半。ハンブルグまで700キロあるので先を急ぐ。

まずは200キロほど北上したオランダのアムステルダムに向かう。

実は、以前からバスコファイブのデザインでお手伝いをしていただいていた磯野さんの紹介でアムステルダム在住のアーティスト渡部睦子さんが油を集めておいてくださっているという。しかし、この時期アムスにはいらっしゃらないということなので、さっちんの妹さんがここに住んでいるということもあり、油だけ受け取っておいてもらえるということになった。

午後1時ごろアムス到着。川や桟橋が多くなってきた。自転車専用の道路、駐輪スペースなどしっかりとってあり、自転車がいかに人々の足になっているかがよくわかる。小さな路地に入り,公園の近くのともみさんお宅に無事到着。

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渡部睦子さん、確かに廃食油を受け取りました。ありがとうございます!

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此の近くに古い風車があるので記念写真をとる。

雨の中、残り500キロほどをひた走る。高速道路でほぼつなげて行けるので比較的移動は大変ではない。途中高速道路というか、自動車専用道路なのに桟橋がひらくため、船が通過するのを待ち、大渋滞がおきる。これもオランダならではの光景なのだろう。道路からは桟橋を横切るボートやヨットのマストが見え、トウモロコシ畑の中を船のマストがゆっくり移動していくのをボーッとながめていると、なんだか豊かな気持ちになってきた。やはり道路事情は国に寄ってそれぞれで面白い。道を通してその文化を感じられるから旅って面白い。

ドイツに入るとすぐにパトカーが後ろから追いつき、停止するよう命じられる。

やはりEUがつながっているといっても、この車はめだちすぎる。おまけに変な東洋人がのっているのだから止めない分けないか。まず、ドイツ語が話せるか?聞かれ、次にパスポートの提示を求められる。どこから来てどこに行くのかと聞かれる。パスポートを照会して問題がなかったのですんなり、パスポートを返してくれ無罪放免となった。どんな反応をするのか、ちょっぴり心配だったが、なにもなくてよかった。

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再び、高速道路にもどり北上を再開する。ドイツに入って間もなく、左車線を追い越すスピードが他の国とは違う事に気づく。ポルシェやBMWの速度はたぶん180キロから200キロくらい出ているのだろう。こちらは、だいたい95キロからせいぜい出して100キロ、約2000回転弱をキープして走っている。そのくらいが一番燃費がよく走るのだ。40リットルを24時間かけて作った燃料を大切に使いたくなるのは当然だ。高速道路を普通に時速100キロで走ればその燃料は3時間でなくなってしまう。燃費走行をすれば30キロから50キロも距離を伸ばせるので、アクセルワークもとても繊細に走ることが要求される。急発進、急ブレーキなどもってのほかだ。

それにして、ポルシェやBMWは本来このアウトバーンを疾走するように作られた車だというのが、生き生きした走りをみてそう思うのだった。日本で渋滞に巻き込まれてプラグがくすぶる様なところを走ったんでは、車がかわいそうかも。
ところどころスピードコントロールがあり、スピードを規制されることはあるが、その他はスピード無制限の高速道路。さすがドイツ。しかし、我々はあくまでも2000回転をキープして目的地を目指す。夜9時半ころ、目指すホテルに到着。ホテルのご主人は英語を話さない。若い従業員の方がなんとか英語で対応してもらう。ちょうどホテルのレストランは終了したところ。

となりの村のホテルレストランで村上さんと落ち合う事に。2年ぶりの再会だ。

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ご主人の良く行くギリシアレストランが遅くまで開いているというのでそこへ行く。イカの揚げ物などあるのでギリシア料理は油があるはず。すでに村上夫妻がここに来て油を頼んだが断られいる。食後、車を店の前まで持ってきて見ていただく。いろいろ話がはずみ、どうやって油を集めているのかと聞かれたので、このようなレストランでお願いして分けていただいている事、油がないと一歩も進めないこと、今油がなくて困っていることを話し、こちらから油がないかお願いしてみる。

すると奥にいたドイツ人の責任者が、持って行っても良いといっていただき、真っ暗な裏庭に行き80リットルくらいの容量のプラスチックの樽から油(20リットル)をわけていただくことになった。

夜、反応1回(反応開始夜中の12時半) 午前2時に反応タンクのプロペラを止める

走行距離:736km
廃食油:22L

お世話になった人:渡部睦子、村田知美&ニコライ(Nikolai de Lusignan)、ギリシャレストランRhodos(Perikles Dimoulas, Dimitrios Geitsidis, Agapi Geitsidou, Dirk Schulz)、村上希與子Fredric、Guenter Fredric

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