2011年3月アーカイブ

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長部小学校の炊き出しを行う給食室で、
この日もうひとつ行っていたことがある。

救援物資として用意して頂いているお総菜について、
炊き出しのお母さんたちと量は内容などを確認して頂いたのだ。

お総菜はヒカリ食品さんの業務用パック。
ひじき、きんぴら、ポテトサラダ、さつまいもの甘露煮、筑前煮など。

避難所や給食室の状況によって、必要とされる支援の食料物資も違う。
僕らは贈って頂いた物資が無駄にならないよう、こうして事前に避難所を訪れ、必要量と内容を確認、物資をご協力頂ける方と息を合わせてお届けしている。


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お総菜バックを見たお母さん方。開口いちばん、「あら〜これはほんとうにうれしい! 量もあるし、調理されているものなので、とても助かります」とのこと。
早速、量と品目がどれだけあればいいかを打ち合わせ。

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こちらの炊き出しでは、なかなか食材も定期的に届かず、野菜不足の毎日。
その中で何百人分の食事を毎日用意するお母さん方。こうしたお総菜はとても使いやすく、助かるのだそうだ。

後日お届けを約束。
「楽しみにしています!!」とお母さん方。僕らもお届けが楽しみだ。

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シューズ運びを手伝ってくれた2t トラックの佐藤さん(左)。トラックにBDFを入れて、率先して運んでくれた。右の写真、赤いジャケットの三橋くんは、僕の友人のラリードライバー。1000足ものシューズを東京から運んできて、配布を手伝ってくれた。僕の隣はアンソニーさん。英語の先生 & 美味しいパン屋さん。消防車を改造して、週一回オープンする移動パン屋さんなんだそう。日本語は僕より上手! そしていちばん右は道原さん。2週間以上にわたってずっと手伝ってくれている、皆勤賞の森林インストラクター。
みんな、本当にありがとう。今日もおつかれさまでした。

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3/31 シューズ配布から帰還

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無事にシューズ配布が終了、花巻へと戻る。

夜行バスで到着した「スマイル アフリカ プロジェクト」& 木楽舎のスタッフの皆さんは、今夜の便でトンボ帰り。遠いところまでおつかれさまでした。

じつはその帰り道、家路まであと5kmというところで
WVOやまの号が止まってしまった。今日バスコファイブ号に同乗していた三橋ドライバーが気合いスイッチを入れて、なんとか動かして到着できたのだった。

エンジンが一時かかるのだが、ふけずにそのままストップしてしまう。燃料フィルターの詰まりかと交換してみるものの、また別の問題のようだ。燃料ホースに空気が混入するため、どこかで燃料モレもしているかもしれない。

その夜、まるでラリー中の夜のように、頭にヘッドランプを付けて黙々と修理をするのであった。

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3/31 卒業おめでとう

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↑【二日市公民館】

<<わたしたもの>>
・アンダーウエア(男女各ML上下)...全120枚
・防水ショートブーツ ... 8足
・段ボールひと箱 ... ネギ

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↑【月山神社】

<<わたしたもの>>
・調味料類(しょうゆ、食用油、砂糖、コンソメ、こんぶ、だしの素、みりん)

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3/31 見つかった僕のランドセル

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スニーカー配布の次は、長部小学校にカレー500食と野菜をお届け。

じつはこのカレー。食料品会社を経営する平井さんが寄付として送ってくれたものの一部。早速、今晩の夕食にしましょうと、メニューが決まった。

この避難所では隣のコミュニティセンターとあわせて約250名が暮らしている。炊き出しも250名分だ。以前訪問した際に「白いご飯は自衛隊が炊いてくれるようになったのだが、おかずや野菜が足りずに困っている」と聞いていた。それで今日はこうして食料をお届けすることになったのだ。


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炊き出しのおばちゃん方々に直接配達。カレーの入った段ボールには、白いラベルに手書きのメッセージが記されていた。
僕らのもとに、全国からこうして想いのこもった荷物が毎日届けられる。皆さん、届いています。本当にどうもありがとう。


今年に入って僕が講演をさせて頂いた愛知県・田原市から送られてきたキャベツとなばなもお届け。野菜不足が続くうえ、250名分ともなれば大変な量が必要なのだと、とても喜んでくれた。

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今日のカレーはビーフ味。被災者たちが暮らす教室におじゃまさせてもらう。教室の床に、絨毯と断熱材と薄いタタミを敷いて、真ん中にある石油ストーブで暖をとっている。
「このカレーすっごく美味しい」「ありがとうございます」と、皆さんにとても気に入ってもらえた様子。「おかわりあります」とのアナウンスに「やった!」と中学生男子。食べ盛りだもんね、たくさん食べてね。

「春だね...」と菜ばなを見て、季節の訪れを感じるお母さん。
そう、それぞれの春、みんなの春がやってくる。

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外はもうすぐ暗くなる。
3月も、今日で終わり。明日からまた新しい年度が始まる。

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本日も昨日に引き続き「スマイル アフリカ プロジェクト」さんからのシューズ623足、それに加えて僕らが集めた約500足、計1200足を配布。

場所は陸前高田・気仙町の避難所、「長部小学校」。

10:00スタートの予定でしたが、被災地内の渋滞により15分ほど遅れて到着。
ガソリンが徐々に流通をはじめ、車の量も増えてきたようだ。

門をくぐると、なんと長蛇の列。皆さん今か今かとシューズの到着を待っていてくれたのだった。お待たせしてごめんなさいね。


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SS〜Lまでサイズ別に分類されたシューズ箱から、自分にぴったりのサイズを選んでもらう。ブルーシートの上でシューズを試着しながら、皆さん吟味中。

「地震があってから車もないしたくさん歩くでしょう。だから足が腫れて、いつもよりサイズの大きいものがほしくて」というおばあちゃん。

「室内履きで逃げたから、スニーカーがほしい」という小学生の男の子。

「被災地の泥の中を歩いて、どろどろになってしまったから」というおばちゃん。

この周辺は、街のなんと99.9%が倒壊してがれきの山になってしまった地域。
シューズ問題は切実だ。

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皆さんに声をかけると
「本当に助かります、ありがとうね」「ありがたいです」と笑顔を見せてくれる。
写真を撮らせて頂いてもいいですか?と聞くと「Qちゃんも見るかな!? あいやーどうしようかね」と恥ずかしがりながらも、おばちゃんたちはマスクをとってにっこり。


「Qちゃん、笑顔のシューズをどうもありがとう」
今日もみんなのスマイルをお届けします。

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3/31 本日集計
「スマイル アフリカ プロジェクト」シューズ......375足配布
僕たちが救援物資で集めたシューズ......312足配布      計687足

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今日は僕らの廃てんぷら油カーで
シューズ1046足を陸前高田第一中学校へお届けした。

このシューズを援助してくれたのが
マラソンQちゃんこと高橋尚子さん率いる「スマイル アフリカ プロジェクト」の皆さま。

「スマイル アフリカ プロジェクト」では
子供たちのサイズが合わなくなったシューズを日本で回収し、
裸足で暮らすアフリカの子供達へ贈り届けるという活動を行っている。

今回僕たちが震災への援助をお願いすると、快くスマイルさんが受けてくれ、
なんとアフリカへ届ける予定だった回収済み1046足のシューズを
ここ東北へと用意してくれたのだった。

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13:30からのオープンにも関わらず、時間前にできた長蛇の列。
なんと違う避難所からわざわざかけつけてきてくれた被災者の方も。

シューズをその場で履いて頂き、足にぴったりのサイズを1人1足お贈りした。

サイズのラインナップは豊富。とくに数が出たのは、23〜23.5〜24cmだ。

「着の身着のまま逃げたから、シューズがない。家も全部流されちゃった......」
多くの被災者がそう語る。


「Qちゃん、受け取ったよ。笑顔のシューズをどうもありがとう!!」
みんなの声が届きますように。

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関連記事:
YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/sports/news/20110330-OYT1T00764.htm

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おはようございます。
本日はいつもより早起きです。


高橋尚子さん率いる「スマイル アフリカ プロジェクト」をご存知ですか?
日本で使わなくなったシューズを回収し、アフリカの子供達へシューズを贈るプロジェクトです。


今日はそのスマイルの皆さんとコラボです。


スマイルの皆さんから、東北の大震災へシューズをわけて頂きました。
そのシューズを、僕たち「廃てんぷら油で走る車」で配って回ります。


第1回目となる今日は
「陸前高田第一中学校」の校庭にて13時〜


スマイルの皆さん、本当にありがとうございます。
大切なシューズを必要としている方々へしっかりお預かりして、お配りいたしますね。

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パリダカをはじめ海外ラリーで活躍するプロドライバーの三橋くんが、
なんと1000足ものシューズを東京からここまで運んできてくれた。

自身のピックアップにトレーラーをひいて。
ただ者じゃない雰囲気を漂わせながら、待ち合わせの駐車場にやってきた。

彼とはもう20年来の付き合いになる。ともに砂漠を走るよき仲間だ。
海外でもトップクラスの成績を残すほどの腕前だが
自ら配送をかってでてくれた。本当にありがたい。


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この1000足のシューズを用意してくれたのが
高橋尚子さん率いる「スマイル アフリカ プロジェクト」。
アフリカの子どもたちへ送るために集めたシューズを、東北支援のためにわけてくれたのだった。

三橋くんは明日からのシューズ配布も、手伝ってくれるとのこと。
第1回目の場所は陸前高田に決定。


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3/29 13:20頃〜 TV東京「ナナスタブラッチ」に、
電話インタビューで少しだけ出演します。

パックン(パックンマックン)のインタビューにこたえつつ、
わずかですが被災地の様子をお届けします。


関東近郊のみの放映ですがよろしければご覧ください。

短く説明して話するのってなかなか難しいですね
先ほど録音が終わりましたが、緊張しました。

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3/29 このような被災の最中に、大変恐縮です。

兼ねてから準備しておりました、
山田周生が地球一周した際のTV番組がいよいよ本日放映されます。

本日3/29(火)22〜23時、BSジャパン
「てんぷら油で地球一周 〜6504リットルで47853キロメートル〜」。
詳しくはコチラへ。

2007年〜2008年にかけて
廃天ぷら油のみを燃料に、360日かけて地球一周をしました。
廃油を頂いた時の様子、そして人々とのかけがえのない出会い。
旅の模様をご覧頂けます。


よかったらぜひ見てくださいね。

※番組特設HPは以下になります。
http://zawame.com/BioDiezelAdventure/


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KS0N7833.JPGのサムネール画像

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全長20mもある大きな船が2隻、海沿いの道に突き抜けるように乗り上げていた。
動かすこともできないのでそのままの状態。目を疑うような光景だ。

車は譲り合いながら片側通行。
みんな船尾の下をくぐり抜けるように通っていく。

地元の人に聞けば、この船は七夕のお祭りに使っていたのだという
大船渡の市が作った船で、貯木所から約2km以上も流されてここに辿り着いた。

こんな大きな船が浮き上がり、流され、堤防に乗り上げる。
自然災害のパワーに、人間は為す術もない。
津波の驚異的な力にしばし呆然と立ち尽くした。

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3/28  本日の18〜19時 「いわてめんこいTV 8ch」内のニュースにて

廃てんぷら油で救援活動を行っている
僕たちの活動が紹介されます。

避難所の皆さんの様子や、僕らがどのように活動しているのかなど
今の状況を見て頂けるかと思います。

よろしければぜひご覧くださいね。

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皆さんからお送り頂いた物資が、続々届いています。上の写真は、予定スペースに入りきらずあふれてしまった段ボール箱。皆さんから頂いた大切な物資です。農家の方のご協力により、もちろん雨風しのげる場所にきちんと管理しています。

お陰様で、毎日段ボール100箱以上。今朝も宅配会社さんは大忙し。
皆様、物資援助のご協力を本当にありがとうございました。

しかしながらすでにパンク状態で、多くのお問い合わせを頂いているにも関わらず、なかなかメールにご返信できずすみません。

ですが、このようにしっかりとお受け取りして、必要な分の物資を積み込み
避難所や必要としている皆さんへ配送しています。

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自然農園サカワさんファミリーの力をお借りして、せっせと段ボールを積み込み中。
今日は野菜、下着を中心に全国各地からたくさん届きました。ひと目みて段ボールの中身がわかるのでとても助かります。


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WVOやまの号とバスコファイブ号、それぞれにわけて物資を積み込み。
今日メインで運ぶのはおもに下着。どの避難所でも必要としているものです。


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"WVO" は「Waste Vagetable Oil」の略。廃てんぷら油をそのまま燃料になる(もちろん漉して使用します)。今朝も注入中。
バスコファイブは廃てんぷら油から作るバイオディーゼル燃料で走ります。

こうして、廃てんぷら油を燃料に、現在は2台で避難所を配達&情報収集中。

ガソリンは出回りはじめたものの、まだまだ被災者の方の手元へ簡単に届くものではありません。車が津波で流されて使えなくなってしまった方も大勢います。
物資を必要としている方のもとへ、廃天ぷらカーで運んでいきたいと思います。

全国から物資を届けてくれた皆さん、本当にありがとうございます。

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3/28 長野からのBDF支援

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2009年から始めた日本一周中に、長野で講演会を開いてくれた原田和夫さんから、BDF(バイオディーゼル燃料)が送られてきました。その後原田さんはなんとBDFを作る様になったそうです。BDF精製機は(株)エムアイテックの竹田さんから寄贈されたもの。(株)エムアイテックはなんと2006年に僕がBDFを実際に使うきっかけを作ってくれた会社でもあるんです。

BDFを送ってくださりありがとうございます。


原田和夫さんからのメッセージ
「この度の震災で被害に遭われた皆様に心からお見舞いを申し上げます。
私も頑張ってBDFを作って送ります!一緒に前に進みましょう!」

**** 竹田巌さんからのメッセージ ****
「私の故郷である東北が未曾有の大災害に遭い、心を痛めております。
被災された皆様のご無事とご健康と、一日も早い復興をお祈り申し上げます。」

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◆午前は買い出し(コメリ→薬王堂)
あった... 入れ歯洗浄剤/ソックス/タイツ/ビニール袋/綿棒
品切れ... 爪切り/耳かき


◆三十刈公民館(30人くらい)
※靴の需要が高い/逆に靴で逃げた人は長靴がほしい
血圧計と体温計がほしい。

大船渡の湾の内側付近、油の汚れがひどかった。点在する漁協の重油のタンク、流された漁船から出た重油、自動車のガソリンなどかれ漏れ出したもの。
有名な産業はワカメやホタテだが、海の底に丘と同じものが沈んでいるし、表面には黒い油が浮いている。大型の船が港に入ってくるのも、航路が危ないので、物資を船で運ぶのがスムーズにいかないのだという。

・野菜のとくに葉もの(青物)が慢性的に不足しているので、ビタミンを補充するサプリが必要になるのではないか(被災者より)
・高校の新学期はメド4月末に延期、小中学校は通常通りに。
・近くで三つ葉の水耕栽培しているところがある。たけが伸びすぎたので規格にあわないものをもらって、違う避難所へ届ける

【わたしたもの】
◎スニーカー15足(土沢商店街他)24.5〜26はとくに不足
◎ ほうれん草
◎ こまつな
◎ 春菊


【ほしいもの】
◎スニーカー(とくに24.5〜26)
◎ 血圧計
◎ 体温計

◆碁石公民館(100mくらい)
※靴の需要が高い/逆に靴で逃げた人は長靴がほしい

◎入れ歯の洗浄剤と安定剤
◎スニーカー15足
◎ 女性下着(ブラ)
◎ こまつな
◎ ほうれん草
◎ 春菊

◎スニーカー7足(土沢商店街)
24.5〜26はとくに不足

【ほしいもの】
◎スニーカー(とくに24.5〜26)
◎下着をもっと

◆綾里地区コミュニティ施設
かつて「綾里(りょうり)中学校」も避難所だったが、「コミュニティ施設」に移ったそう。現在100名(うちこども10人)
だいたいの物資は間に合っているが、お菓子、スープなど雑多な食料品を詰め込んだら、すべてほしいといわれた。コンビーフも缶が少なくても、和え物に入れられるので重宝する。お風呂は五葉のおゆっこというところまで、1回連れて行ってもらったが、一度のみ。高圧応急用電源車が稼働、そこから全世帯の1/3に電気が通っている
ガソリンは大船渡まで買いに行く。GSは一件あるが、入荷しても10リッター/人のみ。それを燃料に大船渡へ行き、3000円分くらい購入できる。

ワカメをひと箱頂きました。
ありがとうございます。他の避難所へ寄付させて頂きますね。


【ほしいもの】
◎ 缶詰など
◎ 絵本など
◎ 野菜

◆鮹の浦漁村公正私設
当初500名が、現在は100名(人数が減ったのは自宅へもどったから)
全体で150世帯。
お高圧応急用電源車が稼働により、150世帯の30くらいが電気きている。
水は給水車頼み、炊き出しは500〜600名分×3食/日
物資は自衛隊が運んでくるので最低限は確保

【わたしたもの】
◎ 子供用くつ(10名のうち、サイズあう4〜5足)
◎ 大人用スニーカー(2足)
◎ 男女下着(シャツ、パンツは10、靴下30)
◎ 固形せっけん
◎ 洗濯洗剤
◎ めん棒
(いらないのはティッシュ、トイレットペーパー)

【必要なもの】
◎ 男女下着
◎ スニーカー
◎ 女性ブラ
◎ サニタリーショーツ(MLそれぞれ15くらい


*** 反省点 ***
◎ 被災地に近くになるほど、モノがないし、被災者たちがそこで購入したいはず。だから必要なモノはこちらの拠点で購入するべき。
◎廃校になる東和町の小学校(7つが廃校)の保健室に、血圧計や体温計がないか!?
→すでにお役所のほうが回収の手はずを整えているとのこと

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ここは二日市公民館。
8つある長部の避難所のひとつ。

スリランカ人のカレーを夕食にと、みんなが待っているところだった。

僕が「捨てる天ぷら油で走る車で、物資を運んでいるんです」......と自己紹介をすると
「あっ、ラジオで聞いたよ」とおばちゃん。

「ラジオでね、天ぷら油で走る車がね、大きな避難所だけではなくて、あまり物資がこないところを回っている。あなたの町にもきっと来てくれますよ......って言ってたのよ。いや、本当に来た!」

ええっ、ほんとに!? ラジオは地元のローカル放送「IBC岩手放送」だそうだ。
どこかでうわさが回ったのかな、光栄です。


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この避難所はお年寄りも多い。
防寒になる下着、どのようなものがほしいのか、実際に僕らが運んでいる物資を身体にあててもらいながら、サイズや要望を聞いた。とりあえず物資を運んで、使わずに無駄になってしまっては意味がないから、本当に必要なものをこうして聞いて回っている。
気に入ってくれたようでよかった。


ここには4月で3年生になる女子高校生がいた。大船渡に高校があり、在校中に被災。
他の避難所を回りながら、地元に辿り着いた。
「帰ってみてびっくりした。家もなんにもなかったんだもん」と隣にいる友人と笑いながら淡々と話す。

今ほしいのは
「お風呂に入りたい」 まだ被災後、お風呂には一度しか入っていないそうだ。
お年寄りはまだ一度も入っていない人も多い。「自衛隊風呂や内陸へのお風呂ツアーもあるけど、お年寄りは遠いから行けないの」とのこと。

「仕切りがほしい」 どの避難所もそうだが、仕切りがなく、プライベートはない。
「車と燃料がほしい、下着がほしい」


【わたしたもの】
◎ チリガミ
◎ プラ製どんぶり
◎ サランラップ15本
◎ ホッカイロ
◎ 電池(単一、1箱)

【ほしいもの】
◎ スニーカー
◎ 懐中電灯
◎ ズボン
◎ ズボン下と上

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避難所の公民館へ向かうべく歩いていると、何だかとてもいい香りがする。
見れば公民館の前に「スリランカ」の文字が。

聞けば日本在住のスリランカ人が、共同で炊き出しでカレーを作っているのだそうだ。


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スマトラ地震ではスリランカも津波をうけた。だから僕たちも困った人たちのお手伝いをしたい」という。
現在住んでいるのは茨城、千葉、横浜など。そこから集って食材を買い込み、ここまでカレーを作りにきたのだそうだ。彼らは明日には帰るが、他の場所でも同じスリランカ人の仲間たちがこうして炊き出しをして回っているという。日本語もとても上手だ。
「イスラムの教えは、困っている人達を助けること。だから僕たちもきたんです」

10人ものイスラム人がやってきてカレーを作ってくれるのだから、避難所のおじいちゃんやおばあちゃんたちもたいそう驚いたことだろう。

しかし今だからこそ、ここにいる誰もが感じているはずだ。
助け合い、繋がり合うことに、国境も宗教も、関係ないんだということを。

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陸前高田でいちばん大きな避難所が「陸前高田第一中学校」。
上は体育館の様子。床に畳やマットを引き、毛布を重ねて寝転がる。イスを物置き棚代わりに、段ボールで仕切りを作り、被災者たちが今もこうして暮らしている。

この避難所をまとめる本部長もまた被災者だ。

「私も仕事中に被災しましてね、着の身着のままにげてきたんです。だからほら、靴がこんななんですよ」

足下に目をやると、スニーカーが半分までしか履けていない。
かかとをふんだ状態で履いている。

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「地震からすぐに、職場からサンダルで逃げたんですけど、それが途中でぬげてしまって裸足で走りました。だから靴をもらったんですけど、サイズが合わないもんで小さくてね。我慢して履いてたんだけど、足の爪を悪くしちゃって。それでこうしてかかとをふむしかなくて」

「ズボンは逃げてきた日の背広のままなんですよ。背広の上着のほうは職場のイスにかけてきたから、流れてしまいました」

ここ陸前高田第一中学校
震災当初は1200名、現在では800名の被災者を抱えている。

物資は潤沢に届くが、なにせ800名分。今後の不安は大きい。
「食料はとにかく先細りです。注目度が低くなって、ご厚意で頂く支給が減っても、避難生活は長く続いていく。これからどんどん厳しくなると思います。できれば800名分、レトルトでもおかずになるものでも頂けるととてもありがたい」

校庭では仮設住宅が急ピッチで建設されていた。今月いっぱいで工事は終わるそうだ。
しかし避難者の数には到底追いつかない。
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【小白浜】 
◎いれば洗浄剤/つけるタッパー
◎ エプロン
◎ 靴(30日にお風呂に行くのでそれまでに)


【新川公民館】
◎入れば洗浄剤(20人老人)
◎長靴(男性用 22足)

【碁石公民館】
◎ 1才用おもちゃ
◎ 野菜
◎ 牛乳
◎ 入れ歯洗浄剤(タッパーとセットで)


【三十刈公民館】30人弱(避難者数は25名、高校生の女子もいる)
◎ 洗濯用ピッチ
◎ 男女下着
◎ せんたくハンガー
◎ 洗濯ばさみ
◎ Tシャツ(下着かわりに)

3人のうち2人が高校生
◎シャープの芯(HBとBの0.5)
◎ ノート(B5が50冊 )・辞書などの勉強道具
◎ 英和辞典(2)・国語辞典(2)・古語辞典(1)※電子辞書があれば全部はいっている!
◎ 下着
◎ サニタリーショーツ
◎ ブラジャー
◎ つなぎMとL
◎ ビニール袋
◎ 黒タイツL×2 、LL×1(制服に合わせて2枚づつ)
◎ 白ハイソックス(3人分 9枚)
◎ クラックスタイプサンダル×2(外履きがスリッパしかない)
◎ 爪切り
◎ 耳かき
◎ ゴム手袋
◎ 靴

食料
◎ 卵
◎ 牛乳
◎ 納豆
◎ 野菜

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◆釜石市 駒木・不動寺

【支給したもの】
◎ガスボンベ6本、
◎練炭と七輪
◎みそ
◎野菜


◆カトリック教会
柳谷さんと子供たちのことについてお話する。

子供、とくに小学生のケアや遊び場が必要ではないか。ボランティアセンターは要請がないと動かない。被災者が来て欲しいと、声を大きくあげないと、来ない。被災者の皆さんは自分たちのことでいっぱいでなかなかそういう声があげ難い現状もある
「ボランティアがすぐにでもきてくれるとありがたいのにな」という声があがった



◆平田(へいた)地区

ここでは上平田、中平田、上平田の3つがある。
うち、家た倒壊した一番被害の大きいのは下平田地区(335名が避難)。
物資はじゅうぶんとどいているとのこと

◆唐丹(とうに)地区・小白浜
8個の被災避難所あり(トータル320人)。
統括が、市のとうに公民館出張所。
ほとんど家がない人々。
靴がほしい(ぬれたそのまま乾いたりしている、臭くなったりと声がきかれる。

【ほしいもの】
◎いれば洗浄剤/つけるタッパー
◎ エプロン
◎ 靴(30日にお風呂に行くのでそれまでに)
◎ 下着
◎ 靴下
◎ うがい薬
◎ 長靴

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(1)からのつづき

◆新川集落「新川公民館」
クマノ川ぞいにある。
地震直後120人いたが、今は60人。統括は千葉さんという男性。
電気はないのでディーゼル発電、時間規制して行っている
水は地下水くみ上げ。
ドロドロでぐちゃぐちゃな所が多いので長靴が(22足)ほしい。

熊野川沿いの被災していない家は電気がない、ガソリンないので買い物に行くのに、バス使うなどの不便さはある。

【ほしいもの】
◎入れば洗浄剤(20人老人)
◎長靴(男性用 22足)


◆ 越喜来南区公民館(昨日に引き続き訪問)

【わたしたもの】
◎ ほうれんそう
◎ つまようじ



◆大船渡「碁石公民館」碁石海岸のいちばん奥
自衛隊からの物資はきているが、野菜・缶詰がまったくない。
40人が暮らしているが、電気もきていない(避難所は自家発電)、
ガソリンないので買い出しに行かれず、食料がなくて困っている。
寝泊まりは40人、食事のみ来る人が100人いる。お年寄りが多い。

なぜか食料が40人分しかこない。本部は人数を把握しているにも関わらず
→災害対策本部・市役所に現状をきちんと伝えること、

【ほしいもの】
◎ 1才用おもちゃ
◎ 野菜
◎ 牛乳


【わたしたもの】
◎ 靴×7
◎ レトルトや缶詰(段ボール×1)



◆三十刈公民館 
合計30人弱(避難者数は25名、高校生の女子もいる)


【わたしたもの】
◎ 洗濯用ピッチ
◎ 男女下着
◎ せんたくハンガー
◎ 洗濯ばさみ
◎ Tシャツ(下着かわりに)

【ほしいもの】
3人のうち2人が高校生
◎シャープの芯(HBとBの0.5)
◎ ノート(B5が50冊 )・辞書などの勉強道具
◎ 英和辞典(2)・国語辞典(2)・古語辞典(1)※電子辞書があれば全部はいっている!
◎ 下着
◎ サニタリーショーツ
◎ ブラジャー
◎ つなぎMとL
◎ ビニール袋
◎ 黒タイツL×2 、LL×1(制服に合わせて2枚づつ)
◎ 白ハイソックス(3人分 9枚)
◎ クラックスタイプサンダル×2(外履きがスリッパしかない)
◎ 爪切り
◎ 耳かき
◎ ゴム手袋
◎ 靴

食料
◎ 卵
◎ 牛乳
◎ 納豆
◎ 野菜


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バイオディーゼル燃料(BDF)100%で走っている 配達トラック "トドック" でお馴染み。北海道の「コープさっぽろ」より、BDFをわけて頂いた。

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現在、救援物資の配送に8台のトドックが被災地を走り回っているとのこと。

はじめにBDF4000リッターを、BDFを精製している「エコERC(エコエルク)」のタンクローリーに詰めて、宮城生協に入った。そうして宮城での支援を1週間行った後、いわて生協に入ったそうだ。


僕のほうも、毎日300〜400kmを走り続けているので、自身での燃料精製が追いつかない。燃料のご寄付は非常にありがたいヘルプだ。

コープさっぽろの皆さん、エコERCさん
本当にありがとうございます。

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皆さまへ

私たちのブログを見て頂き、
物資支援のお問い合わせをたくさん頂きまして
本当にありがとうございます。

こんなにたくさんの全国の皆さんと結びつき、ひとつのことをできることを
心からうれしく思っています。

しかしながら、現在、物資がもうすでに満杯となりまして
もうお受け取りすることができません。
また、お問い合わせも多いためメールでの返信ができない状況です。

うれしい悲鳴でありますが、皆様に御心配をおかけしておりますこと
本当に申し訳ありません。

私共は企業や団体ではなく個人で協力して行っているもので
対応できる人員も不足しておりますことを、どうかご理解頂けましたら幸いです。

(現在すでにお集め頂いたものは、また再開する予定ですのでお待ち頂ください)


↓↓↓↓ なお、お問い合わせが多かった点を、ここで説明をさせて頂きます ↓↓↓↓

※リスト書いてある以外のものは、基本的に不要であると考えてください。
「下着」が必要でも、「衣類」は必要ではありません。冬物の衣類や上着類は足りている、という状態です。

※「バスタオル」以外のタオル(例えばハンドタオルなど)は、お控えください。

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地震から2週間。
「"矢作" に未だ連絡がとれない仲間がいる。何度電話しても繫がらないんですよ」と心配そうにサカワさん。
じつは僕らが連日ご協力頂いている自然農園、しょうちゃんの友人でもある。

その方が「いたごち自然農園」の生川 克比古・てるみさんご夫妻。
矢作コミュニティセンターで聞いてみると、「家にいるそうだ」との情報あり。
サカワさんと共に訪ねてみることにした。

もう暗くなってしまった山の奥。よく見えないが、古民家に灯りが見えた。
あったあった「ごめんくださーい」と声をかけると「はーい」と
ご無事でいらっしゃいました、生川ご夫妻。いやほんとよかったよかった。

「避難所で見かけたって人もいてね、もしかして!? と思ったりして」とサカワさん。
「消防団で避難所へも行ってたんですよ」と生川さん。

暗闇の中、古民家にポツリと灯る裸電球とヘッドランプに照らされて
思わず皆に笑顔がこぼれた。


KS0N7156.JPG 連日、がれきの撤去作業や力仕事に出掛けていたのだろう。生川さんのお顔に少し疲労も見られたようだ。サカワさんより卵を100個支給。

地震当時、生川さんはちょうど沿岸のほうの街へ出掛けようとしていたところだった。
幸いにも出掛ける前に地震がおきたので、無事だった。現在電気は復旧したが、電話線がきれているそうだ。

「連絡とりたいときはどうしましょうかね」
「じゃあテレパシーで......」「のろしでもあげますか」
そんな何でもない会話が、なんだかとてもいとおしかった。

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【陸前高田 下和野会館】

津波が襲った境界線ギリギリにある避難所。
全300世帯ほどのうち、家が倒壊したのは4〜5件。
ほとんどの家が倒壊を免れたが、震災後1週間ほど経つ頃から食料や生活用品の枯渇が問題となっていた。

しかし現在は物資も入るようになり、またひとつ段階がかわっていた。

「自衛隊が毎日給水に来てくれるので水は大丈夫。生鮮食品は不足しているが、3日に1回生協が移動販売を行っているので、まあまあ足りるようになりました。要望としては自衛隊に、灯油を給油車でお願いしている。足がなくて買えない人がいるので」

「今思うのは、これからの生活のこと。仕事をしていないから、給料が入らない。実生活の金銭の問題に対して、どういったケアを国がしてくれるのか。また、仕事が入ってくれば、こうして動ける人が減る。そうなると子供と老人しか残らなくなる。今のような街の状態をどうケアするのか」

生活と仕事。日常をどう過ごして行くのか、新たな課題に直面している。

memo...
電気はほどんど復旧(7〜8件がだめ)
水道と固定電話は当分だめ
携帯はドコモの電波がかなりいい(auは若干)
生理用品やオムツ類はある
生鮮食品は不足気味だが、車で20分ほどのスーパーには販売していた
ヨーグルト、乳製品はスーパーにもない(牛乳はあった)
コーヒーのインスタントが売り切れていた。

ガソリンinfo......
ここ高田町のGSは全部流されたので、ガソリンは緊急車はドライビングスクールでOK。今日から状況がかなりよくなり、住田まで行って並べば、マンタン入るほど。

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【支給したもの】
◎ 菓子パン100個(花巻の「ワーク まほろば」さんより)
◎ 入れ歯の洗浄剤
◎ 男女下着1ケース
◎ スニーカー×5
◎ 男性ジャケット×5
◎ 女性用ズボン
◎ 乾電池(単3・50本、単2・10本)
◎ 歯ブラシ&歯磨き粉


【ほしいもの】
◎ 下着が不足(とくに女性用)
◎ 保存できる食料(乾物、麺、レトルトなど)
◎男女ズボン(あったらありがたい)

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「 陸前高田ドライビングスクール」

ここ陸前高田のドライビングスクールは、物資供給や情報交換などの基地となっている。
こちらの田村さんと美味しいお醤油屋さんの矢木澤商店・河野さんとお話ができた。

「起きちゃったことは仕方ない、クヨクヨしてもしょうがない」と田村さん。

「しょうゆはね、ぜんぶ流されちゃったけど、すぐおっつかせたい。陸前高田は一件もつぶすな! 雇用を守れ! がテーマですから。いつまでも支援に頼ってはいられない。いつか自立しなきゃ。そしてね、いい町にするためには、エネルギーと食料を自給自足したいんですよ
と河野さん。前向きなパワーにこちらが元気をもらってしまった。僕の車も興味津々で見学に来てくれた。

エネルギーと食を自給自足する陸前高田へ。応援しています、頑張ってください!

明日、ここから約50名が、高橋事務所のお風呂大作戦により、花巻の温泉へ向かう。
遠野のNPO「山と暮らしネットワーク」佐々木さんが、僕の紹介に応じて繋いで頂いて実現したのだった。まずは身体をゆったりとほぐされてきてくださいね。

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3/25 越喜来・南区会館の状況

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【越喜来 南区会館】

越喜来では西区、南区、仲区、東区、泊区の5つがあり、本部は東区にある。
ここ南区の避難所で寝泊まりしているのは30名(小中8名、70〜80才の高齢者10名)。
乳児はなし。地域の合計では65世帯 全80人が登録している。

物資は本部から配給がある。
地元の商店街が全滅したため、ここでは支給に頼るほかないが
本部からは、潤沢に物資は運ばれている。

今日は看護士・曽我さんが同行。
お話をしていると、おばあちゃんが「腰がいたいの」という。(ちなみに他スタッフが、お身体大丈夫?と話かけたら、大丈夫です、と言われてしまった)

曽我さんがおばあちゃんの腰をマッサージしてあげることにした。
聞けばお医者さんには見せていないという。
「腰を見ると少し腫れていたので、ちょっと痛いよね、と声を掛けながら優しくマッサージをしました。ちょっと触れてあげるだけで気持ちも全然違う」と曽我さん。

その通りだった。ほんの5分ほどだったが、おばあちゃんの表情はとても柔らかくなって、安心しているようだった。何よりも心の繋がりや触れ合いで身体を癒される。こうしたケアを必要としている人たちが大勢いる。これからの大きな課題だ。

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【支給したもの】
◎ 入れ歯洗浄剤&ポリデント 2個づつ
◎ 長靴 5足
◎ 洗濯洗剤


【ほしいもの】
◎コルセット
◎入れ歯洗浄剤
◎つまようじ
◎ サラダ油(料理用)
◎ 電池(単1、2)
◎輪ゴム

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本日は曇り、底冷えがする。

WVO山野号とバスコファイブと共に、今日も物資の配達&情報収集。


釜石市、駒木の「不動寺」3回目の訪問。

「じつはね、あななたちのブログを見て、高野山真言宗の災害対策本部から、物資をもって訪ねてきたんですよ」とのこと。
なんと僕のブログがそんなふうに見て頂いていたとは驚いた。

昨日からの補充により物資のほうはかなり集まってきているが
「余震で寝られない人が出てきている」とのこと。

「...私にできることは、行方不明の方々へ拝むしかできないが......どこかに皆さんの徳があればとつくづく思うのです......」と仰られた

下の佐藤さん宅には暖房用の灯油を20リッター支給。
「灯油がなくなってしまって......じつはね、30〜40年前の七輪をひっぱりだしてきましたよ」とのこと。
ちなみにこの地域の中で1件は七輪で煮炊きをされているそうだ。


【支給したもの】
◎牛乳10リッター
◎ボンベ 21本(購入)
◎下着・肌着(WVOの皆さんより)
◎タオル
◎灯油
◎葉もの野菜

【ほしいもの】
◎靴(サイズ確認中)
◎カセットコンロボンベ

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3/25 釜石市・石応禅寺 

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◆ 釜石市・石応禅寺へ

不足している葉もの野菜とおかずになるものを支給。
今日は市の担当・廣田さんは不在だったので現状聞けず。

【支給したもの】
◎葉もの野菜
◎おかずの缶詰


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なんと、うれしい奇跡の遭遇だ。
岩手県北部の山奥の廃校を活用して活動している「NPO 森と風のがっこう」の吉成さんと仲間たちが、偶然僕らのすぐ近くに車で来ているという。何ヶ月ぶりだろう!懐かしいなぁ。

電話を交わしてから数分、車からおりてすぐ思わず熱い握手を交わした。
「現地に入りたかったんだけど、燃料がなくて。ようやく来られた」とのこと。

釜石市内で移動青果販売をされている畠山さんも、ちょうどここに。
安全安心な有機米やお野菜などを販売している。被災地では家々をまわって、宅配サービスをしているのだそうだ。

とても心強いメンバーたち。お互いに引き寄せたのかな。


森風さんより、灯油とゴム長靴を。
畠山さんよりお米を、WVO山野号へ支給してくれた。

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↑サカワさん(右)は、農薬ゼロ・肥料ゼロの"あかし野菜"のノボウナを畠山さん(左)に託した。これはサカワさんが太鼓判を押す日本一美味しいナバナなんだそうだ。


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そうして、互いの役割を果たすために被災地へと散らばっていった。
この後、森風の皆さんは、被災した子供たちの現状を見ることになった。
子供の心のケアは、ひとつの大きな課題である。

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WVOやまの号。本日のクルーは看護士・曽我さん & ウレシパモシリ・サカワさん。

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ポリタンクに入っているのはバイオディーゼル燃料。

バスコファイブ号は出発を前に給油中。
60リッターを入れた。

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釜石へ行く前に、遠野の大型スーパーで買い出し。葉もの野菜をこうして調達している。じつは風評被害のあおりもうけていたが、心配のない野菜たちだ。小松菜は僕たちが買ったので最後だった。


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インスタントラーメンコーナーは空っぽ。ちなみに釜石本部にはこういった即席ラーメンはかなりの量がまだあった模様。乳製品系の棚もほとんど空っぽ。

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廃天ぷら油カーの帰還

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20日の夜にWVOカーで越野さん、小出さんが物資を運んで応援に来てくれ一緒に支援活動を続けてくれていたのだが、ついに帰る日がやってきた。小出さんはもともと22日に帰る予定だったのに、被災地の現状を目の当たりにして帰る事を延期したのだった。また、越野さんも会社に電話して帰る日を1日遅らせて、残ってくれたのだから2人には本当に頭がさがる。


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24日の朝をもって2人は1台の車でそれぞれ茨城や長野へ帰っていった。ご苦労様。
そして、ほんとうにありがとうございました。

道中お気をつけて!!


置いていっていただいた「やまの号」は地元の有志で使わせていただき、引き続き物資の運搬に使わせていただきます。また支援していただいたWVOのみなさま、ありがとうございました。

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3月26日15:00 をもちまして、物資の受け入れを一時休止をさせて頂きます。
(たくさんのお問い合わせがあり、数量把握とスペース確保のため)

多くのご連絡を頂きまして、ありがとうございました。
皆さんとの繋がりを改めて感じ、感謝の気持ちでいっぱいです。
しっかりと現地へお届けしたいと思います。

なお、すでに集めて頂いた分は、通常通り送って頂いてもちろん大丈夫です。
下記の手順通り、お願いいたします。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓


全国の皆さんから「物資支援をしたいけれど、何をどこに送ったらいいのかわからない」というお声を頂きます。

そこでバイオディーゼルアドベンチャーでは、岩手県・花巻市の農家の方と協力し
物資を受け入れたいと思います。

下記の物資リストは、私たちが現地から要望を集めた、必ず必要なものです。

物資が現地にどんどん運ばれているにも関わらず、すでにあるものがさらに届いて大量に余っていたり、いっぽうで不足しているものはまだ全く足りていない状態も続いています。

私たちのもとへ送られた物資がひとつも無駄になることなく、
本当に必要としている人々へ、ピンポイントでお届けしていきたいと思います。

そのため、避難所のニーズによって内容を変更・追記していきます。
これは3/24現在のリストですが、変更した場合はまたブログに最新番をアップします。
(被災者が新生活を送るための生活物資など長期にわたって必要なものはコチラ


まだまだ、現地では皆様の力を必要としています。
ぜひともご協力をお願いいたします。

********* 現在受け付けている物品 *********************************************

↓↓↓ 現在、大量に急ぎで必要なもの ↓↓↓

(A) スニーカー(新品 or きれいな中古品)
※どのサイズも募集中。大量の場合はサイズ別に分けてください。さほど量がない場合は「23〜25cm」といったように、袋にサイズを分けて入れてください。すぐに気持ちよく履けるよう、きれいな状態でお送りください。汚れや破損が大きいものはご遠慮ください。女性のお年寄りが多く、23cm前後がとくに不足しています。


(B〕野菜、とくに葉もの系
※生鮮食品がまったく足りません。避難所にいる方はもちろん、家が倒壊していなくてもスーパー倒壊、流通なし、買いに行くガソリンなし、で多くの人々が生野菜やお肉なども口にできていません。

(C) 新品 の下着(男女用のパンツ、靴下、ブラジャー、
※様々なサイズを募集しています。とくにお年寄りに喜ばれるようなゴムの緩いもの、男女ともに大きい2Lや5Lなどのサイズもお願いします。以外な盲点がブラジャー。ブラジャーは支給物資でほとんど見られないほど不足しています。

(D) 乾電池(単1、2,3)
※全国的に品薄のようですが、被災地ではまだ電気が通っていないところがあります。未だ余震が続く中、ラジオ、懐中電灯を使用するため、ぜひ被災地へわけてください。


(E) カレー(レトルト)
※銘柄も数も気にしません! よろしければぜひともご近所さんで数を集めてください。100個以上のような大量単位は大大歓迎です。被災者を600名以上も抱える避難所では、一度に600食分のカレーが必要です。
「レトルト」と書いた理由は、ルーのみ頂いても野菜も肉もないため汁だけになってしまうからです。例えば50人分、100人分、500人分! のカレーセット(肉・野菜・ルー)が頂けるのであれば、もちろんカレーセットがうれしいです。
「子供たちが大好きなカレーを食べさせてあげたい」同じく被災者で炊き出しをしているおばちゃんの願いを叶えてあげましょう!

(F) 缶詰め(フルーツではなく、ご飯のおかずになるもの)やおかずレトルト
※お米とお味噌汁は支給されても、おかずがまったくない避難所や在宅被災者が多くいます。ガソリンがないためスーパーへも買い出しに行かれません。長引く被災生活に、栄養が偏らないようおかずとなる缶詰や、温めるだけのおかずのレトルトフードが必要です。


(G) 焼き豚、ハム、ソーセージなど
※生鮮食品が被災地では手に入りません。缶詰と同様、焼き豚やハム、ソーセージなど動物性タンパク質となるものもおかずになります。すぐにそのまま切るなどして食べられるものが希望ですが、ソーセージをゆで焼くなどできる避難所もありますので、それでも構いません。


(H) カセットコンロとボンベ※ボンベは送付ができません
※都市ガスを使用していた家では、ガスが止まり、煮炊きのできない家庭も多い。そのような状態で被災者を受け入れている家庭もあります。プロパンが底をついた家庭もあります。→しかしボンベは危険物なので宅配で送付ができないことがわかりました。対策がないか現在検討中です。

(I)入れ歯の洗浄剤と安定剤
※以外な盲点である物資ですが、被災者にはご老人も多く、衛生面からも必要です。


(J)ズボン(男女)
※送られた物資の中に上着は余るほどありますが、ズボンが不足しているのです。ジャージもOKです。とくにお年寄りがラクな、ウエストが緩くゴムのもの、お尻やウエストの大きいものなどが不足しています。


(K) サランラップ・アルミホイル
※「がれきを撤去する地元の消防団の皆さんのお弁当おにぎりを包むため」などの理由で、ラップやホイルが不足しています。衛生面から、どうしても包まなければならないそうです。


(L) バスタオル
※物資で送られてくるタオルの中で、バスタオルは少ないです。お風呂で使ったり、ショールがわりに使ったりと用途は多く、1枚をずっと使用すると衛生的によくないので必要です。

(M)お椀など(木製・プラ製などお汁がのめるもの)
※お椀がまったく足りません。味噌汁も小さな湯飲みや小さな缶詰の空き缶で飲んでいます。カレーライスを食べられるお皿もありませんが、お椀があれば、それにも使えます。


******** 送付方法 と宛先 *****************************************************

(1)宛に下記を書いてメール送付してください
・題名...「救援物資の送付」に
・代表者の名前
・住所
・携帯・固定電話番号(日中に連絡をとれる番号)
・物品の内容と個数(個数もお願いします。どうしてもわからなければ目安を。受け入れ体制と管理に必要です

アドレス  contact@biodieseladventure.com

(2)上メアドにメール後、下記に物資を送付ください

〒028-0113 岩手県花巻市東和町東晴山1-18 TEL 0198-44-2598
サカワトオル様方 バイオディーゼルアドベンチャー宛

※内容欄に、中身の品名をお書きください
※電話での質問はお控えください。メールにてお問い合わせください


******** 宅配に関して ********************************************

宅配は現在「佐川急便」でお願いしたいと思います。

◎佐川急便...現在は上記住所までしっかりと届いております。ただこのような状況なので「営業所の局留めになる」と言われるかもしれませんが、上の住所と宛先が書いてあれば、地元のドライバーさんがきちんと届けてくれますので心配ありません。(ちなみに営業所は「花巻営業所」です)。

※クロネコヤマトは現在、局留めになります(2〜3日中には届くようになるかと思います)。ですので、可能になった際にまたお知らせいたしますね。


******* 注意点 ********************************************************************

※仕分け作業に手間がかからないよう、 物資はモノ別に分けて、段ボールや袋に入れてください。中に何が入っているのかわかるように、外側に中身を記してくださいね。(例:「女性用パンツ MとLサイズ」「男性用靴下」「子供用はぶらし100個」 など記入)

※ひとつでもたくさんあると本当に、本当に有り難いです。しかし!! できるだけ、お友達や仲間で声をかけあって、「まとめて」お送りください。まとめることで、こちらの仕分け作業の手間が省かれ、送付の無駄も減らすことができます。

※喉から手が出るほど、葉もの野菜が不足しています。しかし!! 葉もの野菜は到着日を宅配会社に確認してから、送付ください。痛んでしまうことが考えられる場合は、ごめんなさい、送付を見合わせてください。現状では関東近辺から送付の佐川急便であれば2〜3日中で問題で到着できるそうす。

※ すみませんが宅配料は元払いにてお願いいたします。

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ツイッター配信しています

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復興支援部隊の行動と現地状況を発信し、多くの方たちに協力を求めるため
ツイッターをはじめました。

◆↓こちらの動向や簡単なリポートはツイッターで。

@biodiesel_adven
http://twitter.com/#!/biodiesel_adven


◆必要物資や状況の詳細はこのブログにて配信しています


皆さん、どうぞフォローよろしくお願いします!

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3月23日 必要物資情報

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3/23

物資の枯渇しているピンポイント情報です。

全体的に葉ものの野菜が不足している。それからお肉。
生鮮食品が手に入らないので、お料理もできません。

釜石にあるGSも、数量規制のもとで販売している。
しかし「明日販売します」と言われても、距離が遠い人が辿り着いた時には、もう売り切れている状態。本部からも遠いような、とくに必要だろうと思われるところほど、ガソリンを手に入れるのがむずかしい状態です。


****** 不動寺 *******************************************

◎カセットコンロ...50本(うち"イワタニ・ガスサン"製指定を3本)
◎乳製品
◎葉もの野菜
◎衛星電話がお寺に1台ほしい

****** 隣の地区の私設避難所(認定なし) **********
↓↓隣の地区には、認定されていない私設避難所があり、下記物資が不足している?現在は不動寺が余った物資を運んでいる
◎スニーカー?
◎服(細かくは不明だが、とくにズボンや肌着類不足)
◎肌着・下着類?
◎バスタオル

***** 石応禅寺 ******************************************
◎ 野菜(葉もの)


***** 仙寿院 *******************************************
◎ 野菜(葉もの


****** 日向地区 「おさない集会所」******************************
※灯油はある、電気は昨日ついた、ガスは何とかなっている。

◎ガソリン

******* 箱崎地区 *************************************
◎ カセットコンロ本体(ボンベは家庭に2つ配られてある)
◎ 乾電池
◎ 湿布薬

******* 白浜小学校 *********************************

◎食器洗う洗剤
◎しょうゆ(ふじゆしょうゆ)
◎カレー
◎コーヒー
◎野菜
◎ ラップ・アルミホイル
◎ ティッシュ
◎ シャンプー(水はあるので)
◎ 入れ歯の安定剤と洗浄剤


******* 上栗林地区集会所  ***********************
◎歯磨き粉
◎ 裁縫セット
◎ T字などのひげそり
◎ シェービングクリーム
◎ 粉石けん(せんたく)
◎ 物干し用ロープ・洗濯はさみ・ハンガー
◎ 洗濯かご(近くに沢水があって洗いにいっている)

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皆様へ

全国から「物資を寄付したいがどうしたらいい?」とのお声をたくさん頂きます。
本当にありがとうございます。

本プロジェクトでは岩手県の地元の皆様のご協力により
物資を収集することにしました。

被災者の皆様へピンポイントで「本当に必要なもの」をお届けしたいと思っています。


救援物資の送り先とリストに関しては、
本日中にこのブログにてアップいたします。

恐れ入りますが、もう一度、このブログへおこしください。
皆様、どうぞよろしくお願いいたします!

Biodiesel Adventure

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3月23日  物資運搬のWVO小出号より、連絡が入った。

↓↓ 昨日訪れた釜石市「不動寺」周辺の現状

釜石市の災害本部が見えるほどの距離にある地域なので、物資が潤沢に届いているようなイメージをもちますが、実際には以下のような問題を抱えている。さらに隣の地区には目の届いていない私設の避難所が、物資を求めています。

お寺の下には7件の家がある。皆の拠り所がこちらの不動寺さんだ。
家は倒壊を免れた。しかしこのお寺も含め、電気が止まっていて固定電話が使えず、ほぼ大半の人がお年を召していて携帯電話ももっていないため、薬がほしい時、医者や助けがほしい時の通信手段がない。
そのため、地域の連絡所として、お寺に衛星電話が一台ほしいそうだ。そうなればストレスと不安から心も少し安心できる。

このお寺は地域で唯一プロパンだが、周辺住民は都市ガスなので、煮炊きができず非常に困っているので、カセットコンロのボンベが50本以上ほしい、とのこと。


【必要なもの】

****** 不動寺 ****************

◎カセットコンロ...50本(うち"イワタニ・ガスサン"製指定を3本)
◎乳製品
◎葉もの野菜
◎衛星電話がお寺に1台ほしい


****** 隣の地区の私設避難所(認定なし) **********

↓↓隣の地区には、認定されていない私設避難所があり、下記物資が不足している
現在は不動寺が余った物資を運んでいる

◎スニーカー
◎服(細かくは不明だが、おそらくズボンや肌着類不足)
◎肌着・下着類
◎バスタオル


【支給したもの】
◎ミソ20kg
◎米30kg

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本日も、WVO車2台とBDF車1台、廃天ぷらカーが出動済みです。


◇WVO山野号・越野さん  & BDFエスティマ号及川さん・道原さん
→釜石で人の送迎です。
釜石では25日から土葬が始まります。そのためご家族を探すための足になります。遺体安置所や避難所をピストン送迎。ニーズを見ながら、お風呂への送迎も行っています。


◇WVO小出号・小出さん
→昨日、釜石の避難所に回りました。その際に必要とされていたものを、本日は車に積んで、現地へ向かっています。

◇バスコファイブ号
→花巻で、燃料精製と、物資集めのための通信連絡を行っています。


まだまだ現地ではガソリン燃料が不足しています。

釜石のGSも開いたそうですが、数量制限があり。緊急車両が優先、一般車は昨日の段階で、朝6時から並んでも手に入らなかったそう。被災者の手には届いていないのが現状です。

今日も廃天ぷらカーが足となって動き回ります。
ドライバーの皆さん、安全運転で頑張ってください!

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<<本日情報収集した必要物資 リスト>>

【不動寺】
◎ガスボンベ・コンロ?...住職さんが周辺に確認中なのでちょっと待機


【石応禅寺と周辺住民】
◎ 生鮮食品(肉野菜など)
◎ おかずになる缶詰(フルーツではなく)
◎わりばし・紙コップ類
◎ 灯油
◎ ガソリン


【仙寿院】
◎ おかずになる缶詰(フルーツではなく)
◎ 下着(パンツや靴下)・肌着類
○スニーカー類
○サランラップ
○生鮮食品


【宝来館】
◎ ドライシャンプー
◎ 下着の中でもとくにブラジャー

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今アップ中です!

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「 宝来館の状況報告」

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ポツリと孤立した場所にある「宝来館」。道の目の前には海が広がる。
かつてここは海辺に建つ温泉宿だった。

現在は津波の被害をうけ、昼は50名、夜間は30名ほどが寝泊まりする私設の避難場所となっている。指定された避難所ではなく、ここにあえて残り、地域の復興を願い、女将と地区長を筆頭に力を合わせてがれきの撤去などを行っていた。

しかし、それも今月いっぱい。ここを離れなければならないそうだ。
「市のほうから、建物を撤去するので移ってほしいと通達があった」という。

今日女将さんは留守だった。
今後のことについては、聞くことができなかった。

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【支給したもの】
◎スニーカー(土沢商店街より)
◎ 薬(土沢商店街より)
◎ 梅干し(やえはた自然農園より)
◎肌着・下着類(WVOより)
◎ 漬物(購入)
◎ 野菜(購入)

【ほしいもの】
◎ ドライシャンプー
◎ 下着の中でもとくにブラジャー

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3月22日 釜石市・仙寿院の状況

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仙寿院

ここには約100名の被災者が避難している。女性7 : 男性3の割合(子供も数名)。
大きな特徴は、ここに避難しているほとんどの方が
津波によって家が倒壊し、帰るところがないということ。

こちらの対応をされている市役所の平野さんに話を伺った。

「ここにいるほとんどの方は、帰る家がありません。炊き出しは自衛隊が行ってくれますから、ご飯とミソ汁は毎日頂ける。贅沢なことを言うようで申し訳ありませんが......でも、それ以外のおかずがないのです。フルーツではなくて、缶詰などのおかずがほしい。そして生鮮食品、スニーカー、サランラップもあればうれしい」 とのこと。

お年寄りも多いので、りんごのような果物も噛めないので食が進まないのだそうだ。噛めない果物であれば、むしろジュースのほうがうれしいとのこと。
茶碗やカップ類はあり、ここでは自衛隊の行き来があるため灯油はあり。

周辺には電気がないが、ここのみあり、水はなし

【必要なもの】
◎ おかずになる缶詰(フルーツではなく)
◎ 下着(パンツや靴下)・肌着類
○スニーカー類
○サランラップ
○生鮮食品

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釜石市内にある「石応禅寺」へ。
震災4日目に訪れて以来、現在の状況はどうなっているのか。

こちらの対応をされている、市の職員・廣田さんに伺った。

「はじめの3日間は食べることで精一杯で、お寺の備蓄で炊き出しをしてました。しかし現在の状況は、その次の2、3段階目へ入っています。こんな贅沢なことを言って申し訳ないのですが、やはりほしいのは、肉・野菜の生鮮食品。釜石市の災害対策本部には、水やカップラーメンはたくさんありますが、生鮮食品がまったくないのです。とくに避難所以外の、在宅の地域住民は、遥かにそういった物資が足りていません。近くのスーパーも倒壊し、足となるガソリンもバスもない。買い物にも行けない。一般には灯油も出回っていないので、手に入りません」

さらに
「近くでノロウイルスが発生したことも聞いています。わりばしや紙コップははじめ使い回しでしたが、危険なので使い捨てにしたいと思います。わりばし・コップ類もほしい」

「被災者たちは大きな心のストレスを抱えています。ボランティアの方々にもそういった心のケアも携わってもらいたい」とのこと。

ここは物資が大量に備蓄されいている本部のまさに近く。
「この辺りは物資が潤沢にあるだろう」と思われていた周辺の住宅で、このような事態がおきていたのだった。灯台もと暗しとはこのことだった。

【地域住民に必要なもの】
◎ 生鮮食品(肉野菜など)
◎ おかずになるものの缶詰なども
◎ わりばし・紙コップ類
◎ 灯油
◎ ガソリン

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ここは釜石市の本部が眼下前方に見える場所、高台にある。
釜石駅よりも内陸にあるので、津波の直接的な被害は免れた。

震災当時、約50名がここに避難をしていた。当時電気・ガス・水道がストップしていたが、水は沢水を利用していたそうだ。
一昨日から電気と水が回復。このお寺ではプロパンなので今もガスは使用できるが、お寺の下の住民は皆さん都市ガスで、料理ができず非常に困っているという。
「プロパンに切り替えたい」という人も。

「海辺の住民は家が倒壊し、このあたりのお家に避難してきた方もいる。カセットコンロで8人、9人分の料理をするのは、とても厳しいのです」と森脇さん。

このお寺さんでは、1日に1回、料理をして周辺の家々に配ってまわっているそうだ。
次に来る時までに、必要なものを皆さんに聞いて調べておいてくださるとのこと。 

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3月22日 昼 牛乳をわけて頂く

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遠野でまた買い出し。漬物を購入。
しかしほしかった牛乳が、スーパーでは売り切れ状態だった。

そこで協力を要請。

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震災直後から牛乳をもって各地をまわった遠野の多田さん。
残りわずかな牛乳を、無理をいって少しわけて頂いた。
ありがとうございました。

被災者からの声を聞いて動いているが、とてもまわりきれないとのことで、
僕たちも協力することに。

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東和町・土沢商店街にて。

「猿舘酒店」より賞味期限切れのきれいな油を、「キクヤ薬局」よりお薬を、「洋品の靴 おおつか」よりスニーカーを、ご協力頂きました。皆さんありがとうございました!

現在、WVO小出号&バスコファイブで釜石北部へ運んでいます。
現地へお届けしてきますね。

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3月22日  2つの農園の朝

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KS0N6546.JPG 今日も自然農園・しょうちゃんファミリーの皆さんが、せっせとお結びをにぎってくれました。玄米梅干しお結び。塩加減も絶妙です。いつも美味しいご飯とサポートをありがとう!

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WVO車は廃てんぷら油が燃料です。
ウレシパモシリのネムくんがその廃油をこしてくれていました。隣でアッキーが見守り番。

とても上手なネム。油をこすコツは?と聞くと
「う〜ん、やさしくする、ってことかな」とネムくん。さすがです。

左の写真、「田んぼの土手からバッキャとってきたの〜」とハンちゃん。
美味しいバッキャ味噌になるのかな。

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WVO小出号には、小出さんがすでに物資を積み込んでいてくれました。
これからバスコファイブと共に出発。

すでにWVO山野号・越野さんは出発済み。
今日も頑張ってください!後で合流する予定です。

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3月21日 小雨

復興支援部隊の行動を発信し、多くの方たちに協力を求めるため
ツイッターをはじめました。

皆さん、フォローよろしくお願いします!

@biodiesel_adven

http://twitter.com/#!/biodiesel_adven

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3月21日 本日の作業終了

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バスコファイブ一緒に動いたWVO・小出号は、約250km移動。
約30リッターの廃油を使用した。

山野号・越野さんも、無事に終えて戻るという電話が入った。

今日も1日おつかれさまでした。


このような具合に、僕らは毎日、様々な物資、とくに足りてなさそうな物資を積んで
情報収集や、「移動配給」を行っている。

釜石市のGSでもガソリンの販売が少しづつ進み(緊急車両を優先、一般車には少し)、徐々ガソリンが手に入り始めたけれど、それでも被災者たちにとっては、まだまだ遠いものだ。

着の身着のまま逃げて命が助かったけれど、家も何もかも失い、避難所生活をしている人は車すらない。
家や車が残った人も、GSまで遠い家はたくさんある。残り少ない貴重なガソリンを使って、GSへ行き、結局買えなかったらどうしようと、もったいないし怖くて買いに行かれないのだ。


WVO車も、僕のBDF車も、てんぷら油が燃料だ。ガソリンがなくても移動ができる。
現場の状況が変わるように、僕らができることも刻々とかわっていく。
10日間もオフロに入っていない被災者たちに、せめてひとフロ、入ってもらえたらいいのだけれど。

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「矢作コミュニティセンター」

ここは3日前に訪ねた矢作地区の避難所のひとつ(前回ブログはコチラ
避難所といっても、ここに寝泊まりするのは学校の先生たちのみ。
食料や日用品など不足しているものを、近所の方々がとりにくる場所になっている。

矢作地区は、直接の津波の被害はないものの、家を流された人たちが、ここ矢作地区の家に避難している。
「あの後、調べたら36件に避難者が散らばって滞在していることがわかった。1人暮らしのお宅に12人の被災者が暮らしているところも」とのこと。

幸い、こちらに物資はきちんと運び込まれている。
このコミセンに取りに来られないようなお年寄りもいないというので、急を要するようなことはないだろう。

ただ、ここでもピンポイントで不足しているものもあったので、下記を支給。

【支給したもの】
卵80コ、下着類(パンツ、男女靴下、ももひき類)、トイレットペーパー少数

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じつはWVO車に関東から同乗してきた友人の及川さん。
実家が陸前高田で、地元の様子を見たいということで、今日は一緒に回っていた。
実家は倒壊していなかったものの、道の反対側の小学校まで浸水していた。間一髪のところだったのだ。

すぐそばの仮避難所である「下和田会館」を紹介してくれた。
ここは仮避難所で、避難所登録もまだ、民間の家を利用している。寝泊まりする被災者はいないが、炊き出しなどをしている。
「昨日あたりにようやくできた所だから、食料も資材もないの。公民館はながされちゃってね、建物があっちでひっくりかえってますよ」と。

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すぐ目の前で津波が止まったこの地域。被害が少ないいっぽうで、物資がかなり枯渇して厳しい状態だった。家は倒壊していないが、電気や水もストップ。スーパーはあいていないし、移動するガソリンもない。ほとんどが農家なので食料はいくらか備蓄があるものの、灯油やトイレットペーパーなどの日用品や野菜が切れてくる。
ようやく今日、自衛隊がりんごを2つ配給してくれたそうだが、それまで何とか食いつないでいたのだった。

そのため、どの避難所を回っても最近はもう必要とされていなかった物資(生活用品や食料)が、ここでは求められた。

そのほかに今ほしいものは「ガソリン」そして「お風呂に入りたい」だ。

【ほしいもの】
◎ 牛乳
◎ 野菜
◎ 下着類
◎ 靴スニーカー

【支給したもの】
米30kg、卵180コ、灯油10リッター、生理用品、老人オムツ、パンツ、靴下、肌着類、トイレットペーパー

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大船渡でまず向かったのが、「西光寺」。

納棺師の方が死化粧の際に必要としているファンデーション、マスカラ、頬紅、笛などを預けた。(詳しくは、昨日のブログへ) お寺さん、納棺師の皆さん、よろしくお願いいたします。

そして卵を寄付。

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3月21日 大船渡にて

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大船渡に住む小原さんのご友人のもとをたずねた。

坂の途中に家があった。その坂を下ると、がれきがごろごろした荒れ地が目の前に広がる。
津波はすぐそこまできていたことがわかる。

「水がきていないので、オフロに入れなくて......。でも近くの五葉温泉が、避難所以外の被災者も16〜18時だけ開放するようになったので行ってみたいと思う」とのこと。

足りないものはないですか?と聞くと「入れ歯の洗浄剤がほしい。今はとても衛生が気になって。消毒液などで拭いたりしているのですが......」とのこと。

それは盲点だった。そうか、入れ歯のお年寄りも多い。きっと困っている方もたくさんいるのではないかな。

不安なことは、大船渡近辺で盗難が発生したこと。留守をねらわれた家があったそうで、安全のために家を離れられないそうだ。それは心配だ。


【お渡ししたもの】 たまご

【ほしいもの】 入れ歯の洗浄剤

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こちらの里山生活学校から、大船渡へ、山下さん(右)を搬送した。

大船渡出身の山下さんは、お子さんを連れて九州に帰省中に震災が起こった。
お子さんを九州に置いて、急いで大船渡へ帰るべく北上。
しかし、宇都宮あたりまできた後は、交通の術がなく、ヒッチハイクをして
なんとかここ里山生活学校へ辿り着いたそう。


ご家族のもとへ戻った山下さん。地震当時、スーパーにいた奥さまは、急いで車にのって内陸部のこの家へ帰宅。難を逃れたそうです。無事に再開できてよかったですね。
これから九州に置いてきたお子さんをまた呼び寄せるそうです。

初めてみる廃油を使う車に山下さんも興味津々。廃油があります、と奥からもってきてくれました。(写真右)

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昨夜到着したWVOの車が2台、今日から出動する。

WVOとは、「Waste Vagetable Oil」の略。
「SVO」と同じ原理なのだが、とくに油の中でも「捨てる廃油」を原料に
そのまま熱交換機を通してエンジンに投入することができる。

WVO車に積みこんで越野さん、小出さんにもってきて頂いた物資は
いい燃料となるきれいな廃油はもちろん、被災地から要望があった品目がたくさん。
皆さんどうもありがとうございます。

今日必要な分を積み込み、いざ出発。残りはウレシパさんのところへ荷下ろし。
仕分けをして必要としているところへピンポイントでもっていきます。


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↓山野号の越野さんは釜石へ。
釜石では25日から遺体の土葬がはじまるため、
身元不明のご家族を捜す被災者が、安否確認を急いでいる。
先行しているBDF車と合流して、そういった方々の送迎を行う。

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↓小出号の小出さんは僕たちバスコファイブと、大船渡〜陸前高田へ。
物資運搬、お届け物と情報収集を行う。

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自然農園ウレシパモシリにて。僕らが出発後、ウレシパファミリーのキッズたち、ネムくん、はんちゃん、アッキーが荷物の仕分けを手伝ってくれたそうだ。ティッシュが1000枚とか!? 細かい数まで数えてくれてありがとう!

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今日も支援活動に朝早くでかけるからと、お手製の梅干しおむすびをもたせてくれた
自然農園のしょうちゃんファミリー。僕らの元気とパワーの源です。

ファミリーは僕らの通信の中継や、情報収集もしてくれている。

みんな、どうもありがとう!

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今日の夜、WVO車がウレシパモシリに到着した。
長旅、おつかれさまでした! お待ちしておりました。

WVOとは、「Waste Vagetable Oil」の略で、
廃天ぷら油をそのまま、熱交換機を通してエンジンに投入することができる。


じつはWVOのネットワークに支援を相談したら、
千葉(まさに引っ越したばかり)の山野さんが、ワゴン車を1台、出してくれるとの連絡をくれた。

それを各地のWVO関係者が物資や義援金を集めて支援。
さらに茨城の越野さんが運転してもってきてくれた。

そしてなんともう1台。
長野の小出さんが、自身のWVO車を運転して物資をあちこちから集めて応援に来てくれた。

小出さんと越野さんは23日までいてくれるそう。
その後、山野号は置いていってくれるとのこと。

これで、すぐに動けるWVO車2台、BDF車2台 という体制ができた。
本当にありがたい。WVOの皆さん、どうもありがとうございます。

そしてBDF車を動かしてくれている小瀬川技研の及川さん、
どうもありがとうございます。

明日から早速、4台で現場へ向かう。

form mt:asset-id="9752" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">KS0N6302.JPG KS0N6314.JPG
<<到着した小出さん、越野さんとウレシパさんで、今度の動きを早速ミーティング。明日は二手にわかれます

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<<ウレシパさんのご近所の小原さんご夫妻も雨の中来てくれた。これから同時に活動していきます

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3月20日 花巻の温泉が協力

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車の燃料であるガソリンがまだまだ不足しているいっぽうで、物資は避難所にほぼ行き渡ってきた。
そうした状況の中「バイオディーゼル燃料で移動する僕らができることは何だろう?」といろいろ考えてみた。

思いついたのは「お風呂や温泉までの送迎」だ。
被災者はまだ風呂に入っていない方がほとんどで、ろくに着替えもない状態が1週間以上続いている。そこで被災地から近い温泉や風呂をさがしてみたが、未だ電気がない、水が来ないなどの理由で営業していない。そこで被災地から100kmほど離れた花巻には温泉があるというので一軒づつあたってみたが、らちがあかない、時間もない。


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<<民間有志による復興支援組織「結/ゆいっこ」が立ち上がり、ちょうどそのフラッグができあがりました。被災住民を受け入れる内陸部の広報支援グループとして活動していくそうです

そこで高橋博之事務所にお声をかけさせてもらった。そこにいた花巻市議会議員の増子義久さん、花巻議会議員の細川宏幸さんらが温泉や旅館に声をかけていただき、いくつかの旅館が引き受けてくださることになった。ある温泉では50人乗りのバスがピストン送迎してくださるというのだ。やはり地元の有志の方たちの力はすごいですね。これから各避難所にまわって需要を確認して花巻の温泉と結んで被災者をつなげたい。

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3月20日 納棺師

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今日の午後、僕たちの車を見て、ある女性が「もしかして支援活動をされているかたですよね?」と声をかけてきた。

その女性は
「......自分は看護士をしている。知人の納棺師が、被災地の遺体安置所を回っているが、ご遺体の死化粧に使うリキッドファンデーションが足らないのです......」と話を始めた。


「ご家族に会い、せめて最後にお別れする時に死化粧をしてあげたい。でもリキッドファンデーションが足らないそう。ご遺体は損傷が激しく、損傷を復元できる時間もリミットがあり、ここ2〜3日で行わなければならないのです......」と。

その納棺師の方は、現在遺体安置所を休みなくまわっています。
現在は大船渡周辺にいらっしゃるそう。
そしてリキッドファンデーションだけでなく、骨壺や棺も足りないそうです。

詳しくは「納棺師 桜」さんのブログへ。


以下、納棺師ほしいものリストだそうです。

◎リキッドファンデーション(復元に使えます)
◎濃いものも含めて、パウダーファンデーション
◎口紅
◎頬紅
◎綿棒
◎マスカラ
◎櫛
◎筆があると助かる
◎布

※遺体の損傷が激しいので、パフは使用出来ません。筆があれば助かります。

皆さん、今日明日がリミットだそうです。
遺体安置所へ預けておけば納棺師の方に渡してくれるとのことです。
被災地へ行く方は、届けてあげてください。

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3月20日 現在のバスコファイブ

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今日は現在、支援活動の準備や手配の打ち合わせに飛び回っています。

12時現在は花巻市にいます。

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連日の支援活動。はじめは自身で燃料を作っていたが、
やはり追いつかない。

福祉施設「ワーク まほろば」さんの協力により、
岩手でBDFを作っている「小瀬川技研」さんでBDFを給油。

救援活動に、こちらのBDFで動かしているエスティマも出して頂いた。

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<<「いちばんはじめはこんな小さいオニギリ一つきりだったのよ」とおばちゃん。「みんなで助け合おうと約束したの」と笑顔がこぼれた

「大槌小学校」で炊き出しを担当しているおばちゃんたち。
彼らもここ大槌で家や友人、仲間をなくした被災者だ。
地震発生当時、家にいる時に激しい揺れに襲われ、近所の老人たちを室内から連れだしながら無我夢中で高いところへ逃げて津波から助かったという。

大震災から一週間。おばちゃんたちは、1日3食、最低600人をこえる分の食事をここでまかなっている。食材は自衛隊が届けてくれる災害本部からの支給に加え、個人の持ち込みによる寄付でやりくりしている。

「野菜が足りないの。だからね、お汁にも細かく細かく刻んで入れるしかないの。それでさえも、味噌汁はまだ2回しか出せていないのよ。しかもお椀がないから、湯飲みで飲むしかないの。今は割り箸があるけれど、はじめのほうなんかお箸もなかったから、こう、ずずっと飲むようにしてね......。それでも、温かいお味噌汁がやっとのめた、ホッとしたってみんな言ってくれてね......」

支給されるのは紙コップばかり。でも紙コップは温かい飲み物もお汁も入れることができないし、すぐにだめになる。
せめて、強度があって何度でも使えるお椀や、プラ製の食器類があれば、汁ものもたくさんの人に行き渡るのに。
この寒さの中では、温かい一杯のミソ汁がどんなに安堵感をもたらしてくれるだろう。


送られてくる支給品は、実際には現場で使い勝手が悪いものもある。ここ数日で道も開通し、物資もどんどん入ってきた。しかし、かゆいところに手が届かない。この生活があとどれくらい続くのかメドがたたないが、かなり長期戦になることは、誰の目にも明らかだ。そんな状況の中で、ざっくりと選ばれた必要最低限なものだけでは、心身ともに疲弊してしまう。
支給する品目や品選びも、ちょっとした工夫と現場の声を反映するだけで精神的にほんの少しでも安らげたり、便利になったりするのに。「頂けるだけでもありがたい」と被災側は遠慮もするが、送る側もどうせならニーズに合ったものがいいにきまっている。
現場の声は、送る側からは気が付かないものが多い。「この素材より、あの素材がいい」「これは足りているから、あれがほしい」そんな声は、実際に避難所を訪れ、ひとつひとつ聞いてまわらないと、なかなか気づけないものだ。


岩手の人は遠慮深くてシャイだと聞くが、それはほんとうだ。
ぎゅうぎゅうでプライバシーのない学校の教室で1週間。床に毛布を敷いて、電気がないから暗くなったら寝る生活。お風呂も入れず、着る物も一週間同じまま。お茶すらまともにない。それでも「命があっただけでもありがたい」と、足りないものがあっても言わずに我慢している。
「大丈夫ですか? 足りないものはなんですか?」と2、3度聞いただけでは、「遠くから来て頂いてありがとうございます、物資も届いたし大丈夫です」と返ってくるだけで、なかなか口を開いてくれない。

おばちゃんたちが食器の後片付けをしている時、側にいるとそっとおばさんが話をはじめた。
「ほら、老人のオムツあるでしょう。オムツもね、必要以上に我慢しちゃうのよ。気持ちが悪いだろうに、みんなほしいって言えないのね。それに近くの親戚で倒壊しなかった家に身を寄せることができても、みんな2〜3日で帰ってきちゃうの。その家に申し訳ないと思ってね......」

遠慮して帰ってきてしまうのには、理由がある。
倒壊しなかった家もまた悩みを抱えている。家がある身だから、避難所へ行くなんて申し訳ないと思ってしまうのだ。しかし、家があったとしても、電気も水も出ないし、スーパーだってもちろんあいてない。食料が尽きるのも時間の問題だ。

おばちゃんに、ほしいものは他にないですか? とこちらが何度も時間をかけて聞いていると、教えてくれた。じつは色々あったのだ。
「靴、スニーカーがほしいの。ほら、急いででてきたからこんなサンダル履きみたいのしかないのよ。エプロンもあったらいいな。炊事や掃除やらしていると、どうしても服が汚れてしまうのよ。でも服も一枚しかないでしょう? もったいないから。あと、皆さんから頂くのはオシャレで細身なの。オムツをした老人は、大きいズボンがいいの。それにおばちゃんは太めだから、パンツもズボンも、お腹とお尻のおっきいLとか、2Lとかじゃないと入らないのよ......」

そう笑って話すおばちゃんが、今いちばん出したいメニューがある。
「子供たちにね、カレーを食べさせてあげたいの」

隣町の避難所では、今晩のメニューはカレーだったそうだ。でも、この避難所ではまだ出してあげられない。本部から届く支給物資の中にカレーはない。個人のボランティアからの寄付では600人分ものカレーなど、届けられるはずもない。
当たり前のように食べていたカレーが、今は懐かしくて遠い、夢の食べ物だ。

一瞬、言葉をのんでしまったこちらを、逆に気遣うかのように
「ね、助け合っていかなきゃね。ようし、がんばろう。そう、そう」と、おばちゃんが、また食器を洗いはじめた。

(大槌小学校の給食室にて)

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8日ぶりに、あたたかい湯船が被災地にやってきた。


19日、釜石市の公共駐車場に野外入浴施設「 すずらんの湯」が設置されたそうだ。

男湯と女湯、それぞれ約20人が同時に利用できるもので、
浴そうには約4トンのお湯がはられている。

釜石市の依頼で、北海道の陸上自衛隊第7師団が設置。
移動式ボイラーを利用したものだそう。

現在のところ正午から午後9時まで利用可能。

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もう暗くなってしまったが、鵜住居近く、根浜地区にある「宝来館」へ。
(18日にも2号車がリサーチに来ている)

かつて温泉宿だったここは、津波が襲い、4F建ての建物の2Fまで水につかった。
海際にあるのだが、堅牢な鉄筋コンクリートのため倒壊を逃れたそうだ。
(以前のブログで「高台にあったので助かった」という記述は間違い)

現在は41名ほどが寝泊まりする(昼間は50名ほどになる)私設の避難所になっていて
皆で力を合わせてがれきの撤去を行っている。

女将さんの岩崎さんにお聞きすると
「果物や野菜、お米は、自衛隊が物資を運んでくれるようになったので大丈夫です。お水もわき水を利用しています」とのこと。衛星電話1台あり(電源オフのことも多い)。

【今ほしいもの】
◎ スニーカー
◎ 下着類(パンツ・靴下など)
◎ お漬け物など
◎ 牛乳
◎何よりいちばん必要な物資は、車とガソリン

ここは釜石からも離れており、近くの町からも孤立した場所にあるが、車と燃料がない。情報を得るにはラジオを聞くか、外部からの人づてに頼るしかない。物資調達にも行くことはできない。
「こんなお願いは無理だとわかっているんですけれど......でもせめて一台、車とガソリンがあったら......」と女将さんは言う。

少し疲れた様子に見えた女将さんに、お世話になっているやえはた自然農園が持たせてくれた、無農薬の玄米おにぎりを数個お渡しした。私たちが送迎しますから、せめてお風呂に入りに行きませんか? と聞くと、それすら「申し訳ないです......」と遠慮し、暗くて道路も悪いからと、こちらの帰り道を案じてくれたのだった。

海はすぐ目の前だ。未だ余震も続く中、いつまた......という不安もあるだろうに、女将さんと町内会長の方々らが先頭にたち、力を合わせてなんとかこの地域、建物を復旧させようと、頑張っている。

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物資が徐々に行き届くようになっても、野菜が不足している避難所があるということで
お世話になっている しょうちゃんのやえはた自然農園 では
「じゃあにんじんを掘ろう」と、畑のにんじんを早速収穫。

ひとケース分のとれたて無農薬のにんじんを、水洗いして
救援物資にもたせてくれた。


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「行っておいで」と送り出されたにんじん。
生でも安全安心。葉っぱも食べられる。

→今日の夜、大槌小学校の皆さんにお届けしましたよ。
野菜がかなり不足しているとのことで、とても喜んでおられました。

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【釜石情報】

◇釜石では今日からドコモの電波が通じるようになったそうです。


◇現場からツイッターで情報を発信している方がいます。
タカハシヒロユキさん/岩手県議会議員(現在、釜石市街の北、栗林、大槌付近に)
http://twitter.com/hirobou0731


◇避難所では、3月下旬にはプレハブや仮設住宅、アパートに入れるという説明があったそう。その募集用紙が昨日配布され、今日回収されたとのこと。
人数や年齢によって仮設施設か、アパートかは振り分けられる模様。

【大船渡 情報】

◇6か所のGSで2000リッターのガソリンが入った模様。少しだけ一般車両の分もあったとか。

◇五葉温泉があり、避難所の方々を対象に受け入れている。そのうち、倒壊を免れた家で断水している人々も受け入れる予定。

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「矢作コミュニティセンター」 で聞きました。

矢作(やはぎ)周辺は、内陸で津波の被害は受けていない。
そのため、家を津波で無くしてしまった被災者を受け入れている家が多い。
多くて10名以上をひとつの家で受け入れているところもある。
そういった「声なき被災者」たちは、矢作において18日夜の段階で50名以上いることが確認されいている。

だが、震災から1週間。そろそろ食料も尽きてきたり不便も出てくる。

そこで、矢作周辺の地区部長さんたちを中心に、どの家に、どれだけの人数の被災者がいるのか。名前、住所などの聞き取り調査を行っているほか、どんなことに困っているのか、現在アンケートをとっている最中なのだそう。

陸前高田市にある災害本部との連絡をスムーズによるため
現在、連絡所を作成中。

「下矢作コミュニティセンター」がメインで、
ここ「矢作コミ」はそのバックアップとして存在。学校の先生が主に滞在。
150名分の炊き出しを行っている。衛生電話が一台アリ。
今日発電車によって、電気が復旧した(しかしいつとまるかわからない)


【必要なもの】
基本的に農家なので、お米はある。とにかくガソリンがほしいとのこと。

・ガソリン
・灯油
・米はあるが、その他のおかず類がほしい
・野菜はとくに葉ものが不足
・2才の男の子のオムツ

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3月18日 PM

皆さんとウレシパモシリでミーティングした後、それぞれ現地へ向かった。

2号エスティマは釜石へ、昨日僕たちが聞いてきた物資を届けにいく、宝来館を確認に。
僕ら1号車バスコファイブは、陸前高田市へ情報を収集に。


まず陸前高田の本部「給食センター」へ行き、情報収集。
「とくに情報がないのは"広田"と"矢作"です。本部にも情報が入っていないので、どんな状況かわからない。見て来て頂けるなら、逆に教えてほしい」とのこと。

広田は震災直後は道がふさがれ、孤立していた広田地区。当時は物資が届かず、状況も把握できずに心配されていた地域。広田地区の本部になっている「広田小学校」で状況を聞いた。


********************** 広田小学校(広田地区本部) **********************************


【必要なモノ】
・緑茶ティーパック(毎食後お茶を出せればいいが、今まで2回しかお茶を出せていない、お茶の葉よりも取り扱いの簡単なティーパックがほしい)
・ サランラップ(おにぎりを包まなくてはならない)
・ アルミホイル
・ ミソ汁などを食べる茶碗のようなもの(現在、150人分の器がなく小さい湯飲みなどを使っている)もしくは何度でも使える食器類
・はぶらし
・歯磨き粉
・靴(長靴で逃げてきた人がいるので、靴がほしい)
・男女 ズボン(上着はたくさん届くが、ズボンがない)
・ 本だしのような調味料


【その他メモ】
おおかたの物資はもう足りている
冬ものの衣類は余るほどある(ただし、ズボンや靴が不足している)
灯油は今日、自衛隊から届いた
水は大量にはないが、市の給水車がきたので、困ってはいない
老人が多いので、ジュースよりもお茶ティーパックのほうが必要


ここでもやはり必要なのはガソリンだった。
物資は数日前に道が開通したので、物資はじゅうぶん届いている。
必要なものは上記の細かい物資。
ここでは朝300名、昼と夜は400名分の炊き出しを行っている。

広田小学校は地区本部で、他に、太陽公民館(70名)、慈恩寺(35名)、田端公民館(20名)、天ヶ森公民館(20名)、小袖公民館(40名)、平畑公民館(55名)、六ヶ浦(22名)、長洞地区(20名)がある。

広田では倒壊せず無事な家もあったので、震災後数日は孤立していたものの、婦人会などと協力して、物資をわけあって暮らしていたのだそうだ。

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大災害から一週間が経つ。

道も開通し、各地からは用意されていた物資が次々と運ばれてくる。
被災地でも内陸部から徐々に電気もガスも水道も通るようになってきた。
携帯の電波も復旧をはじめ、衛生電話がすでに設置された避難所も多い。

現場の状況は刻々と変化している。
それに対して本当に必要とされているものも日々変わるのが現状だ。

そんな中で、足を使ってコツコツ避難所をまわり、本当にほしいものは何かをきいてまわると
「物資類はもう届いているから、急ぎでほしいものはない。何よりもガソリンがほしい。ガソリンがないから安否確認すら、未だ行かれない。ガソリンありませんか?」と言われる。

緊急車両であればガソリンは優先的に入れることができるが、一般車両は手に入らないのが現状だ。(内陸部の町でもGSに行列ができる。避難所への支給物資の中にガソリンはない)

そしてガソリンの次にほしいものは、大口の物資支給では届かないような細かいものだ。
しかも避難所によって内容が違う。
「300人分のおにぎりを包むサランラップがほしい」「衛生手袋が必要」「上着はたくさんくるのに、ズボンがない」「オムツが必要な子が1人分だけいるの」とか。
水がほしいところもあれば、まったく不自由せずに手に入るところもある。
あるところでは「ミソはほしい」と言われるが、いっぽうでは「農家だからミソや漬け物はいっぱいあるからいらないよ」というところも。

現状は、大口の物資はもうじゅうぶん届いている。
必要とされているのは、そういった細かな要望に対するケアだ。
ピンポイントで必要物資を聞き、届ける、そして情報収集するということ。


僕のバイオディーゼルカーという動力を使ってできることはないか?を常に考え、ここ数日は、避難所をまわり、要望を聞き、次の日にもっていくという動きをしていた。しかし1台では限界もある。

そこで今日、BDF車両エスティマを貸してくれる協力者が現れたので、2台体制を行ってみることにした(本当はもっと台数があったらいいのだが)。

1号(バスコファイブ)が情報を収集。
2号(エスティマ)が昨日収集した物資を運ぶ 


エスティマを協力してくれたのが、岩手でBDFを精製販売しているという小瀬川技研さん。普段もBDF100%で走らせているそうだ。僕が自分で燃料を作っていては間に合わないのだが、こちらでBDFも購入できる。

物資を集めてくれているのが、岩手県議会議員の?橋博之さん。事務所へ行くと、ネットワークを使い、たくさんの物資を集めていた。
そして僕がいつもお世話になっている地元の農家の方々も、近所や地方からあれこれと集めて物資を集めておいてくれた。

そしてさらに助っ人が2人登場。
花巻市で林業を営む菊地哲夫さん。災害ボランティアの経験が豊富で、災害後もいち早く大槌へ向かっていた。
そして同じく花巻市の森林インストラクターで常に人助けをしたいと考えている道原僚さん。


こうして今日はBDF燃料、BDF車両2台、人数が揃ったので、午後から現地へ向かう。

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両石・鵜住居・片桐・大槌地区の状況

釜石市街の北にある、両石・鵜住居・片桐・大槌地区の詳しい状況が得られないので、実際に訪れてみることにした。夜だったので海岸の被害の模様が確認できなかったのだが、現地の方に聞いてみると、数キロおきにある各街が、ほぼなくなってしまうような大きな被害を受けたことがわかった。

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【両石地区】
被災せず残った家屋はなく、街が全倒壊してしまったという。そのため、この地区に避難所はない。45号線の旧道は通れない。

【片岸地区】
高上がりになっている場所は倒壊を逃れたが、それ以外は全倒壊。

【大槌地区】
津波による被害に加え、火災による二次災害のため、湾を囲む街がほぼ全消失してしまった。

【鵜住居地区】
この地域には内陸へ向かう35号線沿いに、2箇所の炊き出し所や3か所の避難所がある。


↓今必要なモノを聞きました。

「鵜住居地区では物資が足りていない」という情報が流れていたので、果たして本当なのかどうか、確かめるべく避難所へ向かった。結果、必要なのは他地域と同様ガソリンだ。「燃料がないから、倒壊した家を見にいくこともできない。行方不明の家族を捜すことも、死体の身元確認すら行くこともできない」とのこと。
なお、食料は不足していなかった。本当に必要なものは何か、現場で聞き、書き出してみた。

<<<< 栗林小学校(避難所) >>>>>>>>>

300名(うち子供約40名)が登録。
倒壊していない家の場合、「避難所に登録して食べ物の配給のみをうけつつ、家に滞在している」という人も約10〜20名ほどいる。今後はそういった人が増えていく見込み。

【今必要な物資】
◆ ガソリン
◆ 灯油
◆ 軽油
ここでは食料や物資などはほぼ安心できるほどある。ほしいのはとにかく燃料だ。燃料がないから、倒壊した

【その他メモ】
・ 簡易ミソ汁が今、300に足りないので、在庫とあわせて300にできる量がほしい
・ 周辺には農家が多いため、食料は安心できるほどある。その他の物資も現在足りている。
・ とにかくガソリンと灯油がほしい。
・水はあるので、水よりも味のあるものがほしい
・缶ジュース類やカップラーメン等は数が半端だと出し難いので、数を人数分で揃えてほしい
(人数分がない場合はでも、貯めて揃ったら出せるので有り難いけれど)
・今日からドコモの衛生電話が設置された


<<<< 栗林地区コミュニティ消防センター(炊き出し所) >>>>>>

ここでは「栗林小学校」(約300名)と「栗橋地区基幹センター」(お年寄り中心に約100名)の2箇所に食事を炊き出しして届けている。

【今必要な物資】
◆ラップ(衛生的におにぎりを包まなければならない。30cm×10mを、1日6本使う)
◆ つけもの(数は人数分なくてもよい。分け合える少しの量で構わない)
◆ 水なしでできるシャンプー
◆ 歯ブラシ(大人用はもちろん子供用もほしい。栗林小では子供は約40名)
◆ 大人用、とくに女性用の下着(シャツ・靴下・パンツ)
◆ 生理用パンツ(生理用品はすでにある。パンツがほしい)
◆ ホット用のお茶ペットボトル(現在紙コップを使用しているが、すぐにだめになってしまう。何度でも使いまわしてホットのお茶を飲みたいため)
◆ 衛生用ゴム手袋(おにぎりを握ったり調理する際に使用)
◆ マスク
◆ 携帯ミソ汁(すぐ食べられるチューブ状のもの)
◆ 離乳食を食べさせるスプーン(数個)

【その他メモ書き】
・現在は調理にプロパンガスを使用(なくなったら終わり)
・農家が多いため現在ミソはある
・物資は、釜石本部からは主に衣類が届く。その他の食材は花巻や盛岡から届けられている
・生タマゴ(生モノだけど)もあればもちろんほしい
・例えば小学校では300人分いっぺんにあるのがベスト。しかし分けられるものの場合は、一つを2人でわけたりグループでわけて食べるのもOK


<<<< 上栗林地区集会所(避難所) >>>>>>>>>
【今必要な物資】
◆とにかくガソリン

ここには自衛隊が物資を運びに来るという。食料やその他の物資はもう足りているが、とにかくガソリンがないから移動できない、とのこと。


<<<< 宝来館(避難所??) >>>>>>>>>

ここは海辺にある宿だが、高台にあるため津波の被害を逃れた。
どうやら避難している人がいるようで、ある日オカミさんが栗林小学校に「お米をわけてほしい」と、徒歩で現れたそうだ。片道8キロもある道のりを、歩いて来て、お米をかついで帰るのはとても大変だ。しかも災害地区の道を通るので、足場も悪い。
今も食材に困っているのではないかと思い、急いでここへ向かったが、残念ながら手前1.5キロでがれきの山に道がふさがれて車が通れなかった。夜も遅いし、雪も降っている。明日、日のあるうちにまた行ってみることにしよう。皆さん無事でいてくれるといいのだが。

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今日も午後から釜石へ行き、情報収集を行った

↓釜石市の中心部の現状です

【道路状況】
仙人峠の新道が開通。今日から一般車も普通に通行ができるようになった。
倒壊により通行止めだった市内の4号線も、通行可能。

【衛星電話について】
新町にあるNTT支局に衛星電話がひとつ設置されている。
被災者には口コミでその情報は広がりつつあるものの、被害の大きい地域ほど新町から遠いため、かけに行くことができないのが現状だ。(鵜住居の栗林小学校にもひとつ設置されている)

【携帯電話について】
釜石の中心部周辺では、今日からソフトバンクが通じるようになった。しかし電話を受け取れるが、かけられない状況。ドコモ・AUは未だ圏外。

【電気復旧】
釜石の甲子町や中妻町周辺など、内陸では電気が復旧された。
しかし本部のあるシープラ周辺から倒壊地域にかけては、未だきていない。


【災害ボランティアセンター】
釜石市内の「郷土資料館」でボランティアを受け付けている。
仕事内容と場所は本部からの情報によって振り分けられる。
男性だと、現在ほとんどが物資運搬。
女性は炊き出しや保育、子供たちの面倒を見るなど。
現在、100名ほど登録者がおり、そのほとんどが釜石市内の人々。ガソリンがないため、市外からのボランティア登録はほとんどなし。
なお、緊急小口資金の貸し付け窓口もここで行っている。

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3月17日 現在情報

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花巻方面から釜石へ向かう仙人峠について。
緊急車両以外に、一般車両も新道が通行可能になったようです。

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釜石の現状 3月15日

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2011年3月15日(火)

今日も物資を載せて釜石へ行くことを決めた。

午前中は東和町のとうふ屋さん「五助堂」からいただいた廃食油を使って燃料作りに専念。午後には昨日避難所で必要だと頼まれたオムツや粉ミルク、オムツ、下着、靴下、ウエットテッシュ、除菌剤、食料などを花巻市内に行き買い出した。そして農家3件(やえはた自然農園、自然農園ウレシパモシリ、入江さん)を周り、灯油、プロパン、卵160個、みそ25kg、古着などの援助物資を載せて花巻市を16時に出発。

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すでに外は雪が降りはじめて周囲が白く染まり始めていた。
今日はさらに寒くなりそうだ。被災者の皆さんにとって過酷な夜となるに違いない。
釜石市内に入ったのは、夕方18時頃だった。

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甲子町から海側へ向けて4件の安否確認を行った。直接家を訪ね、扉を叩いた。
未だ電気はきていない。真っ暗闇の中、甲子町の第4、8、10地割の各家を訪ねると、
避難しておらず、家で静かに過ごされていた。どの家族も「食料と水も確保できていて大丈夫」とのこと。一件、灯油が不足とのことだったので、積んでいた灯油をわけた。
このエリアは、津波の被害があった地域枠から5キロ以上離れている。車で町をぐるぐるまわると、倒壊している家はなく、電気が来ていないだけで、他に変わった様子はなかった。
なお近隣のスーパーでは購入制限はありで店頭販売をしていて、卵や食料など購入しているという。

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地震から5日目。釜石では交通が確保され、物資も届き、分配システムも比較的に安定してできつつあり、手の届く避難所に物資は届いている模様。しかし、孤立したような避難所の細かいケアが必要となっている(そういった避難所の数も把握できていない)。獣道を徒歩30分かかるような避難所(お年寄りが動くことができない)もある。そこでは物資を手で運ぶしか方法がなく、現地で有志が運んでいるそうだ。外との連絡が難しいため、そういった避難所が、何を必要としているのか、どのような状態なのかが把握できず、他地域からのボランティアも、協力したくても的確に動くことができないのが現状だ。

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◆ 通信・電源状況
釜石エリアでは、未だに携帯電波なし。
(TVで携帯を使っていた映像があったとのことだが、現状では携帯は使用できない)。また、ほとんどのエリアが未だ停電中なので充電もできない状態。
昨日から釜石では衛生電話がひとつ設置されたということだが、避難所の場所も広エリアにわたるため、それを知っている避難者もごくわずかだ。ほとんどの人々が通信とれない状態だと思っていい。
ただ甲子町の松倉駅の周辺では、電気工事をしている最中だった。在住の方に聞いたところ「もうすぐ電気がくると言われました」とのこと。
訪れた1箇所の避難所「甲子小学校」では、家庭よりも優先的に電気が得られてはいたが、それ以外の避難所で電気が利用できるところの情報はなし。


◆災害対策本部
釜石市では「シープラ」が災害対策本部。被害者リストもそこにあり、各避難所にいる方々のリストがカタカナで掲載されていて閲覧できるが、全避難所分はなかった。

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◆物資について
物資は「シープラ」の三角テントに集められて、各避難所に分配される。
小林さん(議会事務局長)によると、「釜石では毛布の常備がある状態。必要なのは、とにかく食料である。それもお米です。カップラーメンよりも、できればお米がほしいんです。お米は保存もできて、必ず無駄にはなりません。この状態は長期に渡ることが明らかです。とにかくお米を運んできてください」とのこと。

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◆ボランティアセンター開設
ちょうど本日3/15日に「郷土資料館」で開設された
(担当者が不在だったので詳細は不明)


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釜石小学校に物資を届け終わったのは午後10時を廻っていた。雪の降る中、旧仙人峠を越え2時間かけて、ホームステイ先のやえはた自然農園にもどったのは夜中の12時を過ぎていた。こんな時間なのに藤根夫妻は暖かいご飯を用意して待っていてくださった。泊めていただいているうえに、さらに暖かいサポートはほんとうになんと言っていいのか、感謝。

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釜石の被害地域と避難所情報を現地で聞きました。
地域名がよくわからないのですが、収集した情報と地図で街の名前を参考にしながら記します。

避難所の数は本部でもはっきりと把握できていないが50以上ある。避難所指定しているところ、もしくは地区で集まって自力で行っている場所もあるので、実際には50以上のかなりの数になる、とのこと。


【釜石の駅から港あたりまでの地域】
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港から283号線に沿った川を津波が遡り、釜石駅の手前まで被害が及びました。
石応禅寺はお寺の門の前まで。

15日現在は街の中心を走る4号線のがれきは取り除かれ、端に寄せられ、工事車両が通れるようになった。(一般車は通行できない)

聞くところによるとこの地域においおては、津波が川(南)のほうからと、北西のほうから、その両方向から街を襲ったそうだ。


↓【松原町周辺の町】
※南リアス線の上から、トンネルに入る手前で撮影。
見たところ、山の上にある神社と墓地、山のほうの家は倒壊を免れているが、海側は全倒壊の模様で、松原はほぼ全壊。手前に見える道は283号線。
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↓【南リアス線路の上から東の町】
※線路から海側、松原の交差点・釜石松原郵便局方面を撮影
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※線路から海側、北方向を撮影
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【平田地区】※情報のみ
釜石から向かって
山側は、ローソンの裏2件まで家が壊れた。平田の駅そのものは大丈夫だったが、駅のあたりで泥水となって津波が止まった状態。
海側は保育所の下50mまで津波で家が倒壊した。保育所は大丈夫とのこと。
400〜500名は、釜石商業高校(旧釜石工業)の体育館があるので、体育館に避難している。もしくは100〜200名は、ニュータウン「あいぜんの里」に避難している。平田地区であれば、そのどちらかに避難している方が多い。

【尾崎白浜地区・佐須地区】※情報のみ
※平田の東。海側にあるのが尾崎白浜、その真南の海側にあるのが佐須
どちらとも尾崎白浜の小学校に避難している。

【鵜住居・両石・片岸地区】※情報のみ
聞くところによると、かなり倒壊しているとのこと。避難者は
栗林小学校やきかんしゅうらくセンター上栗林集会所、そして釜石の避難所へと、かなり分散している。鵜住居地区にはヒカタという地区があり、集合住宅がある。そこ辺りで集まって炊き出しをしている人々もいるそう。

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今日も釜石へ行く。が、その前に燃料を作る。
一昨日、おとうふ屋さんの吾助堂から頂いた油で燃料づくり。
釜石までは往復で180km。今日行く分の燃料はあるけれど、今作っておかないと、明後日からの燃料がなくなってしまう。

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昨日より出発が遅くなってしまったが、午後から釜石へと出発だ

僕の支援活動に宿やお食事を提供してくれている「しょうちゃんのやえはた自然農園」。家にあった灯油と食べ物をもたせてくれた。こういう温かいサポートがあるから、僕らも被災地と内陸をいったり来たり、情報収集や支援活動をすることができるのだ。とてもありがたい。

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避難所へ救援物資を届けた後、情報を集めることにした。
じつは釜石に住む友人のお母さんの安否が不明との知らせをうけていたので
僕らはその安否を確かめるべく住所を頼りに倒壊した街へと入った。
「TVで見た映像は、家の200mほどそば。高齢で逃げられているかどうか...」という。

釜石駅まで行くと警察が封鎖していてそこから先は一般車両は入れない。町に入るにはその周辺に車をとめて歩いて進むことになる。僕はこの町に来たことがないので、地の利はわからない。いつもこの旅で使っているポータブルGPSを車から外して手持ちで目指す方角へと進む。

地元らしい方にその方の名前を聞いてみるが、わからず。GPSに入れた住所を頼りにお宅に辿り着くと無事お会いすることが出来た。到着してみるとお寺は避難所になっていた。すぐ目の前まで津波はきていたが、間一髪で逃れた場所だった。そうして無事にお会いすることができたのだ。ほんとうにほんとうによかった。

お母さんは「私は娘がどうなったかと、とても心配で心配で仕方なかった」と仰っていた。「娘さんはご無事でおられますよ、お母様のことをとても心配されていたんですよ」とお伝えすると、ほっとしたような笑顔を見せて何度も頭を下げるようにしてありがとう、ありがとうとお礼をいただいた。

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このお寺さんでもそうだったのだが、未だ多くの避難所には電気がきていない。
こうして倒壊地域にかぶっている避難所は、細々と発電機で最低限の電気を確保している状態、もしくは発電機もない状態のため、外部へ連絡をとる手段は何ひとつない。途方もないがれきの山を目前にしながら、日々必要なごく最低限のものを確保するだけで精一杯だ。そんな中で皆さん助かった同士、身を寄せ合って生きていた。

釜石や他の地域でも、こうして連絡がとれず安否がわからない方が大勢いらっしゃると思う。どうか希望を捨てないでほしい。

※ 釜石に通じる道は一本しかなく、しかも山道は狭い。トンネルは停電中。そこに自衛隊や支援部隊の大型車両が往来する。
ガソリンがない状態で入ったり、渋滞状態になってしまったり、まして事故でもおきれば、避難所の皆さんに必要な物資すら届かなくなってしまう。未だ余震も続いているので、十分注意も必要だ。支援する方はそういったことを十分に考慮した上で行動したい。

街の様子は、目を疑うような光景だった。
ほとんどの家が形をとどめておらず、形はあってもすべてが壊滅状態だ。車も至る所でとんでもない格好でひっかかっている。
大きな道はすでに障害物が避けられていて道だとわかったが、その他の細い道は、瓦礫の山でもはや道がどれだかわからない。

街がまるごと津波によって流されてしまったのだった。

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釜石では2つの避難所をまわり、情報収集と物資救援を行った。

物資を供給したいと思う人がいても、いったい何が不足しているのか、近隣の地域でさえも情報がないのが現状なのだ。


下記の避難所で不足している物資を聞くと、それぞれ違うものだった。
(例えば、こっちの避難所では水が不足しているが、こっちは水はまあまあ足りている、それよりもこれが......というように
各避難所では、電気がなく電話も通じない、ガソリンも少ないため移動もできない。お互いの通信手段がないので、物資の情報交換などもできていないそう。

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避難所の人からは
「救援部隊に、今は◎◎が不足している、と伝えても、足りたころにやってくることもある。そういったタイムラグもあるんです」とのこと。

僕らのように個人で物資を運ぶ場合、ごく限られた量しか運ぶことはできない。対応策としては、食料や日用品、水など必要となりそうなものをできるだけ車に積んでおき、避難所ごとにその時々に緊急で足りないものを寄付していく方法がいいだろう。

もちろん、下記に書いてある以外にも、食料も物資も不足しているし、避難所生活が長期に渡るのは予想がつく。物や量に限らず寄付があれば、どこの避難所も非常に助かるに違いない。

【ガソリンについて】
釜石・遠野ではGSは開店していない、もしくは一般車両には販売していない。
被害の少ない内陸地域でも売り切れ状態なので、手に入れるのは困難と考えたほうがいい。

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(下記 3月14日18時頃の情報です)

【釜石小学校】
避難人数は約500名、うち子供は100名弱。
電気は停電中。定期的に給水が行われている。発電機3台を使用。


<<<< 急ぎで必要なもの >>>>
・ 除菌タイプのウェットティッシュ・床を使い捨てでふくようなもの(汚泥やほこりが校内の床に入り込んで、不潔になっているため)
・ パンツ・くつ下などの下着類(中古でもいいので)
・ 歯ブラシ(歯の大きさにあわないので、いろんなサイズがほしい)
・ レギュラーガソリン
・ 懐中電灯
・ 電池
・ ポータブルラジオ

【甲子小学校】
避難人数は約500名、11日目の新生児が1名
今日から電気が一部復旧した。断水状態。今日はラジオを聞いた人々から、差し入れが何件かあったという。

<<<< 急ぎで必要なもの >>>>
・ 粉ミルク
・ 水が不足気味
・ レギュラーガソリン
・ 米などの食料
・ トイレットペーパー

※緊急ではないが、あるといいものとしてお菓子や飴など。

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2011年3月14日
日本一周の旅の途中。岩手を南下中に、この大災害が起こった。
悲劇的な惨状に、少しでも何かできることはないかと思い、
地元の農家さんと協力して、救援物資の運搬を個人的に行うことにした。

(この数日間、物資を運んだり何か力になれないかと情報収集を続けていたが、花巻市役所や東和町役場、消防署、最寄りの警察署へ行っても、「オファーはうれしいが、個人的な物資の運搬は受け付けられない」「他地域の情報はわからない」というような状態だった。何か運ぼうにも情報もなければ、統率している災害センターのようなものもなかった。ならば、自分たちで物資を運び、現地の情報を収集してこようと思ったのだった。)


農家さんから物資を援助してもらったり集めてもらい、
その物資をバイオディーゼルカーで運ぶ。

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今や壊滅的な沿岸の被災地だけでなく、内陸でもガソリンが手に入り難い。
いっぽうで、僕の車は廃油から燃料を作って走るので、ガソリンスタンドの状況に左右されないのだ。


まず岩手の農家「ウレシパモシリ」さんから、救援物資として水とお米と衣料を頂き、車の後部座席に積み込んだ。

14:15頃、釜石方面へ出発。

車中では、AMラジオ"684いわき放送"から
「......甲子小学校の状況は......みんなすべてを津波で流されてしまった人々です。すぐ側まで道路が通行できるようになっているのに、物資がない。飴ひとつを、どうぞあなたにと、わけあっている状態。明日のご飯がどうなるかわからないから、その飴ですら次の日にとっておく人もいるんです。どうか食料がほしい......」と、声をふるわせて涙ながらに訴える女性の声が聞こえてきた。

車中ですぐに甲子小学校の位置を確認。僕らが向かう釜石の少し手前だということがわかる。取り急ぎ、その小学校も目標地点のひとつに向かうことにした。

気になっていたのは、検問について。物資を運んでいても「混乱を招くので通してくれない」とか「関係者か釜石住民でなければ通行できない」という情報だった。それではせっかく行っても、大切な燃料が無駄になるのでは......と足踏みする人もいたのだ。

ラジオのコメンテータは
「燃料の予備が十分にあり、物資を運んでくださる方、どうかお願いします。交通規制をしていますが、食料を見せてくれれば、検問で止められることはないはずです」という。
とにかく行ってみないとわからない。

【東和 → 遠野】
R283を道なりに東へ。
遠野は救援部隊の拠点になっていたが、検問はなし。町ではいくつかの大きなホームセンターなどは営業している。瓦が一部落ちていたり、火事で焼け焦げた家を1件見た以外、乱れた町の様子はなかった。

※「道の駅 遠野 風の丘」には公衆トイレあり
※鱒沢駅近くのデイリーヤマザキは開いていた

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【仙人峠 = 新道・旧道のわかれ道=】
仙人峠の新道と旧道の分かれ道で検問あり。
(まっすぐ進むと通行止めにの新道、左へ曲がると通行可能な旧道)
そこで「救援物資を運んでいます」と言って物資を見てもらうと、「お気を付けて」と通してくれた。検問が通りづらいと聞いていたが、物資を運んでいれば何も問題はなかった。そこからは山の間をぬうようなグネグネ峠道が続く。

僕らが出発した花巻町から釜石まで、約2時間弱の道のりだ。

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地震から3日目。

ライフラインとガソリンがストップ。皆の足が止まるいっぽうで
スーパーには水や食料、ガスボンベを求めて長蛇の列ができている。

ガソリンが手に入らない今、バイオディーゼル燃料で走る僕らにできること。
それはまず現地へ入り、正しい情報収集をすること、そしてそして物資配達だ。

早速、燃料の調達をすることに。
現在滞在しているパーマカルチャー自然農園「ウレシパモシリ」サカワさんからのご紹介で、近くの土沢商店街の「吾助堂」さんより廃油を頂けることになった。


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こちらの吾助堂さん。なんと200年近く続くおとうふ屋さんで、現在のご主人・赤坂洸(ひろし)さんは6代目。
現在も昔ながらの方法を貫き、お湯を作るところから油であげるところまですべて薪で火をたいている。とくに肉厚なあぶらあげが有名なんだとか。
「大豆の風味が逸品、他では味わえない」と地元から愛され続けているお豆腐屋さんだ。

近くのパン屋さんとコラボしたメニュー「あぶらあげバーガー」も人気で、すぐに売り切れてしまうそう。


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一斗缶で5缶分を頂いた。
廃油も透き通っていてとてもきれい。お陰様で、いい燃料が作れます。
きっと美味しいあぶら揚げなんだろうな。
また今度、買いに伺いますね。

吾助堂さん、ありがとうございました。

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地震がありました

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本日、東北地方で大きな地震がありました。

現在僕も東北におりますが、人もバイオディーゼルカーも無事でおります。
御心配頂いた皆さん、ご連絡をありがとうございました。


広い地域にわたって電話も通じず、電気もストップしています。
ニュースにあるように、とても大きな被害が出ている模様です。

皆さんのご無事を、心からお祈りしています。

周生/バイオディーゼルアドベンチャー

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菜の花大地復興プロジェクト
菜の花を植えて、景観づくり、塩害などの土壌浄化、地域単位のエネルギー生産のきっかけ作りを目指しています。
楽器を贈るプロジェクト
津波で楽器を流されてしまった、ミュージシャンの方々へ楽器を支援するProjectを始めました。
支援金募集
3月28日いわてめんこいTVで紹介された活動の様子です
2011年支援活動報告書
2011年に行なった東北大震災復興支援活動の内容をまとめまています

2012年1月

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