2008年10月アーカイブ

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シベリア縦横断、4000キロ

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深夜、2時半マイナス12℃の中なんとかチタに着きました。 毎日、車の後ろに引いているトレーラーが壊れるなどその修理や対応で連日ほとんど寝ていませんが、順調にきています。
ここチタからウラジオストックまで約4000キロを7日ほどで走りきらなければなりません。ビザの期限があるのでどうしても11月9日にウラジオストックから出航するフェリーに乗らなければなりません。?
通関等の準備があるので11月5日か、6日にはウラジオストックに着く予定でスケジュールを考えています。?
ロシアの道はどこも悪いですが、ここから2000キロが道らしい道がありません。ついこの間までは道がなくシベリア鉄道に車を載せて通過するようなところでした。?
道を探しながらシベリアの道無き道を走ることになります。

マイナス2℃以下になると通常バイオディーゼル燃料は固まり凍ってしまいます。凍ってしまうと再びエンジンをかけることができなくなるので、ノボシビルスクからは必ず屋根付きの暖かいガレージに駐車しながら進んでいます。今のところ走行中はマイナス12℃でもバイオディーゼル燃料はまだ大丈夫です。(走ってさえいれば、燃料は暖められるので凍りません)?
明日からはさらに北に1000キロ北上します。?
たぶんマイナス30℃近くなるようです。さらにこの5日間は今まで地球一周で走った中で一番の悪路となるでしょう。?

タイヤは冬タイヤに履き替える予定でしたが、現地の方たち(4駆のスペシャリスト)のアドバイスでダンロップのRT2は、オフロードや悪路に強いタイヤなので、そのままで問題ないということになりました。そこでタイヤは交換せず、スペアタイヤをもう一つ増やし、ハバロフスクまで目指します。アップダウンがほどんどないので問題は雪よりも石でタイヤがバーストしたり、パンクすることが一番問題だそうです。そこでスノータイヤを履くよりもタイヤの丈夫さと悪路での運転能力が問われるそうです。

多くの方たちの協力でチタからハバロフスクの間の状況がかなりはっきり見えてきました。?
早いドライバー2日で通り抜けると言っていますが、我々はトレーラーを含め1トン近い重さの荷物を持っているので5日で走りきる計画を練っています。?

チタのスペシャリスト達のアドバイスでどこの町に止まれば、ガレージがあるかも聞きました。各地ではガレージを探している趣旨は彼らが書いてくれたロシア語の紙をみせて対応するつもりです。夜は暖かいガレージに車を駐車させることにします。?

また、どうしても外に車を止めなければならないときのために燃料タンク、そしてそのラインを一晩中ヒーティングするヒーターケーブルをウランウデの自走車クラブの協力で徹夜で取り付けました。?

できることは、すべてやりました。?

また、嬉しい事にノボシビルスクの後、各町では自動車クラブやライダー達、そして各地の日本語教師等々、必ずといっていいほどエスコートしてくれる方たちが待っています。ウランウデ手前25キロ地点でトレーラーが壊れ走行不能になったときもウランウデのブリャート人の方たちが何台もの車に乗って大勢かけつけれくれ、あっという間に応急処置をして助けてくれました。?

昨夜も夜中の2時でも待っていてくれ、ガレージまで案内してくれるなど、大勢方たちがこのプロジェクトをサポートしてくれています。そのお世話になった人達が次の町のサポーターにつなげてくれています。 また、日本でも寒冷地でのバイオディーゼル燃料精製についてのアドバイスも多くの方たちから情報をいただいています。メタノールが後2回〜3回反応分が足りないかもしれません。ロシアでメタノールを探していますが、まったく難しい状況は今年の8月からかわりません。?
なんとかアイスレーサーが使う燃料がメタノールとわかり、手に入れたのですが化学反応しませんでした。そこで今ある30リットルのメタノールの量をどこまで減らして反応できるのか、または直接植物油を燃料にしようということなど日本のスペシャリスト達とも連絡を取り合いながら対応を考えています。?

後、4000キロと1週間ですが、寒さ、悪路、メタノール不足など多くの難題をかかえていますが、明日からシベリアを北上します。?
マイナス30℃にもなるといいます。?

日本から応援してくださるみなさん?
そして、海外でもロシアでメタノールを探し、応援してくれる方々の輪がどんどん広がり多くの方たちからメッセージが届いています。 多くの方たちに感謝の気持ちを送りたいと思います。?

今後も応援、どうぞよろしくお願いします。?


PS.チタではパベルさんを含め、オフロード協会のメンバー達が本当によくサポートしてもらっています!!!ありがとうございます。?

それから野口さん、パベルさんを紹介していただきありがとうございます。?

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アイスバーンで転倒

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ウランウデの仲間達

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ウランウデの手前20km地点でトレーラーが走行不能になった。すぐにブリヤート人の自動車クラブのメンバーが助けに飛んできてくれた。

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イルクーツクのセルゲイさん

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いよいよイルクーツクへ

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10ルーブル札の教会

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クラスノヤルスクの快男児

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ついに氷点下の朝

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PEOPLE'S、そして別れの時

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10月18日(土)朝3℃、日中8℃ 雨午後にヒョウが降った。
朝7時半、イゴルの車でガレージに向かう。出発の準備に午前11時ころまでかかる。久しぶりの移動なので、パッキングに手間取る。ここで冬に備えてずいぶん買い物をしたので荷物が増えてしまったからだ。イゴルの両親、ベラとビクトルがガレージまで見送りに来てくれた。そして、別れ際にプレゼントを僕らにくれる。お世話になりっぱなしなのに、お土産までもらうなんてとんでもない、こちらがなにかする側なのにと、手を握り合って感謝を伝えて出発した。

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なごりおしいガレージを後にしてイゴルとアンナのラダで先導してもらいレストラン「ピープル」を6軒ほどまわる。おもったよりも大量にそれもきれいな油が集まった。思ったよりも量が多かったので、午後3時まで廃食油の回収にかかった。

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ノボシビルスクの出口までアンナ達の車で案内してもらいカフェでお茶をしてから別れた。細かい雪が降り始め、すでに冬が近づいていることがわかった。2人との別れは、家族との別れのようでもあり、とても去りがたい気持ちになった。

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雪の降る中、トムスクについたのは7時をまわっていた。なんと寒い中、アナスタシアはトムスクの入り口で待っていてくれた。彼女とはモスクワにいるころから連絡を取り合っていたので、懐かしい感じもするが、2ヶ月という時間が流れていた。やっと、声だけでなく実際に会う事ができた。彼女は思ったよりずっと若く、明るく素敵な女性だった。
まずはトムスクのホテルに案内していただき、前のガレージを借りて、夜9時ごろ食事、夜12時だがいつもよりはやめの就寝をする。

走行距離:274km
廃食油:308L
お世話になった方:アンナ&イゴル(Anna&Igor Sitnikov's)、ニック、Vera, Victor、アナスタシア
Dobrovolskiy Andrew, manager of the grill-bar's conception in the "Restorator" company, which is the owner of the grill-bar's chain "People's", "Angar", "Depo". Andrew organized process of gathering oil in the grill-bar's chain, as a result - 308 liters of good oil.

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ノボシビルスク最後の夜

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暖かい家族

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10月16日(木)朝5℃、日中8℃ 雨後曇り
朝7時起床。7時半、アンナとイゴルの車で出発。デニスに紹介したもらったレストランのグループのレストランに行って、土曜日150リットル提供していただけるという廃食油を見に行く。レストランはPEAPLEというよく見た事のある大きなチェーン店だった。廃食油の状態もよく期待できる。

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その後、北海道センターに送ってもらい、ブログのアップとフォーバイフォーの原稿にかかる。

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センターでは、日本に関して勉強したり、習ったりする機会が多い、今日は居合道の練習をしていた。ここに来るロシアの方たちはほとんどの人が、日本語を流暢に使いこなす。まるで日本にいるようだ。センターではスカイプにつなぎ、トムスクのバイオディーゼルに関心のある会社に電話して次の土曜日に会う段取りをする。プロデックスのアナスタシアはとても親切でいろいろお世話になる。

ユースケは、燃料の精製とイオン交換樹脂の洗浄、取り付けをしてもらった。今日で7回目の反応となる。反応タンクのチェック用のホースが寒さで固まり反応しない症状がでてきた。やはりガレージの中でも寒いのだろう。これはイルクーツクへいったらもっと大変になりそうだ。

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帰り道、ホームセンターに寄ってもらい、足りないものを買い出すことにする。雪が降った時の事を考え、スタッドレスタイヤを物色したが、ロシアにはスタッドレスがみあたらない。廃食油をプラントに入れる前に固まった廃食油を溶かすのに、もう一つコンロを買う事にする。寒くて燃料を暖めるのに1つでは間にあわないことがわかったからだ。さらに燃料のボンベのスペアも20個ほど追加購入した。

現在、BDFが325リットル(ノボシビルスクで8回反応)、廃食油が125リットル、固形廃食油はたぶん200リットルある。

走行距離:0
廃食油:0L
お世話になった方:シベリア北海道文化センター、アンナ&イゴル(Anna&Igor Sitnikov's)、ニック、Vera, Victor,

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エコカフェ

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新たな助っ人、ニック

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10月15日(水)朝4℃、日中14℃ 雨
7時50分アパートの前でアンナ達と待ち合わせる。ラダに乗せてもらい北海道センターまで行く。午後11時レストランのオーナーであるデニスさんに電話する。
カザフスタンのワディムに電話。イルクーツクの知人を教えてもらうようにお願いする。
ナジーラに電話をかけると、無事キルギスの自宅についていた。でも風邪を引いたといって家で休んでいた。お大事に!

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午後2時20分アンナはアコードに乗ったニックと彼女の弟が来た。ピロシキを製造している会社で油が大量に出るということで、会社に分けてもらうように掛け合いに行く。しかし、担当者はいず、電話で話をする。油は引く手あまたなのでなかなかゆずってくれそうにない。明日、もう一度話すことになった。5時半イゴルとアンナがラダでやってきて、BEERMAN&GRILLに行く。油をまた分けてもらう。店のスタッフは、すごく協力的でとてもありがたい。
その後、バッテリーとバッテリーチャージャーを購入。それから電化製品屋に行き、ドライヤーとファンヒーターと保温ポット、小さなじょうろと濾し機も購入した。それから夕食の後のケーキを買ってからガレージへ向かう。

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ユースケはガレージで今日2回反応をさせて、燃料作りは順調にやってくれている。同時にイオン交換樹脂の洗浄も進んでいるので少し安心した。
夜、イゴルの実家で夕飯を食べていると11時のニュースで僕らの事が大きく取り上げられていた。結構20分くらい大きく取り上げられていた。食後、もう一度ガレージに歩いていき、夜中の12時、イオン交換樹脂を止める。そしてペーパーフィルターに切り替えて、アパートにもどった。就寝午前3時

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走行距離:0
AVG:
廃食油:20L
お世話になった方:シベリア北海道文化センター、アンナ&イゴル(Anna&Igor Sitnikov's)、ニック、デニス(Denis Ivanov)、BEERMAN&GRILL、
Nick Larin -(helped to negotiate with the chain of cafes "Hot pirozhki", supplied with steel cans for oil.)、Vera, Victor,

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山あり、谷あり

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10月14日(火)朝1℃、日中10℃ 曇り時々晴れ
朝7時半、アンナからもらった電話で目が覚める。連日の寝不足で疲れがたまっているのだろう、寝すぎてしまった。7時50分アパートの前でアンナとイゴルと待ち合わせる。イゴルとアンナの車に乗せてもらいガレージに行く。

ガレージでは大変なことが起きていた。ほぼ完成していたBDFがほとんど無くなっていたのだ。昨夜、最後のペーパーフィルターに切り替えて行ったのがそもそもの原因だった。イオン交換樹脂を外していいたためイオン交換樹脂のラインの完成タンクにもどすところの弁を閉めていなかったためだ。そこにペーパーフィルターから来る燃料が入り込み、オーバーフローしてしまったのだ。そのBDFはガレージの地下に足れてしまいイゴルのガレージを汚してしまった。約50リットルものBDFがガレージにばらまかれたのだ。ノボシビルスクに来て3日以上たつのに、これでまた振り出しに戻る。まだ燃料はなにもできていない。

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ユースケをガレージに残し、今日は北海道センターに行って、インターネットを借りてブログをアップしなければならなかったのでイゴル達にそのまま車に乗って街にある北海道センターまで送ってもらう。朝のラッシュを避けてダートを走る。ラダなので壊れそうだが良く走る。アンナのお腹には子供がいるのでちょっと心配。出産予定は来年の1月だそうだ。

センターには8時半ころ到着。センターの職員たちは午前中は健康診断でいない。守衛さんは顔見知りなのですぐにこの鍵かと言って館長室の鍵を渡してくれた。だれもいないのでゆっくりインターネットでブログのアップに専念できた。

午後イリーナさんが帰ってきたので、クラシノヤノスクとイルクーツクのサポーターにロシア語で電話していただく。

午後4時半、アンナとイゴルがセンターに迎えにくる。今日は午後5時半からテレビの取材があるというのだ。ガレージにもどりユースケと打ち合わせをする。
すぐにアンナの弟やいとこ、お父さんがやってきた。されにイゴルの友達などでごった返し、ガレージは満員電車のようになった。さらにTVが到着。スチールカメラマンも来ていて燃料精製の様子を撮影してもらった後、インタビューを受ける。アンナが英語をロシア語に通訳してくれるという形で進行した。ナジーラがいない中このような取材は初めてだが、アンナとのコンビネーションが非常によく、気持ちよくインタビューを受ける事ができた。ありがたい。

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燃料の精製の2回目を午後7時に開始。その後、イゴルに実家に行き夕食のボルシチをいただく。家庭料理はうまい。食後、イゴルとアンナが今年行ってきたモンゴルの写真をみせてもらう。

午後9時、ガレージにもどり反応を止める。ユースケを残し、先にアパートにもどる。原稿をしあげなければならない。

走行距離:0
AVG:0
廃食油:0L
お世話になった方:シベリア北海道文化センター、アンナ&イゴル(Anna&Igor Sitnikov's)
Vera, Victor, Michael, Artyom and Aleksey

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10月13日(月)朝1℃、午後2℃ 雨のち曇り
朝、バスコファイブを置かせていただいているパーキングの掃除する。11時半館長が出勤したので改めてご挨拶をさせていただく。

12時半、アンナが会社から車で迎えにきてくれる。ユースケを乗せてノボシビルスクホテルにあるレストランに行って油を20リットル回収した。その後、アンナのガレージに移動して燃料の反応を開始する。燃料の精製が遅れているので、この後今中に2回反応させて精製を進めなければならない。
自分は画像の整理、領収書の整理、メール、ブログアップのためセンターに残ることにした。

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午後6時半、センターにアンナが会社の帰りに車で迎えにきてくれる。すでにイゴルが一度ガレージに来てくれていてコンロを用意してくれたり、段ボールを用意してくれていた。一度、ガレージから15分ほど離れた彼らのアパートまで案内してもらう。彼らの1DKのフラットを貸してくれるというのだ。彼らは近くの実家に泊まるという。アパートからアンナの案内でガレージまでの歩く道のりを案内してもらう。夜の寒さはかなり応える。

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ガレージでは、イオン交換樹脂の洗浄もしなければならなかったので、10時にイゴルの実家で食事が用意してくれているといたが午後11時までかかってしまった。
イゴルの実家は、イゴルのアパートからすぐ目と鼻の先にあった。2階のこじんまりしたアパートだが暖かく、気持ちのいい家だった。イゴルのお父さんとお母さんが歓迎してくれ。家でとれた自家製のラビットの肉やトマト、じゃがいもなど野菜も用意してくれた。ほとんどすべてここの家で採れたものだという。オーガニックそのもので味もおいしい。
食後、アパートに戻り、シャワーを浴びて寝たのは午前2時半。

走行距離:0
AVG:
廃食油:20L
お世話になった方:シベリア北海道文化センター、アンナ&イゴル(Anna&Igor Sitnikov's)
Vera - Igor's mother (was cooking every evening), Victor - Igor's father (repaired scoop for oil), Michael - Anna's father (supplied with the big pan for heating oil), Artyom and Aleksey - Anna's brothers (supplied with the steel can and the big hang of paper towel).

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アンナ&イゴルとの出会い

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10月12日(日)朝1度、午後2℃ 雨から雪
朝、10時から北海道センターに来ている日本語を習っている4級クラスの生徒さんたちが食事を持って遊びにきてくれた。みんなで動物園に行きたかったがあいにくの雨で行かないことになる。副館長室で食事をしながら自己紹介したり、日本の話や将来のことなど話がもりあがった。来てくれたのは、ウォーバ(ウラジミール)、サーシャ、イリヤ(弟)、ターニャ、ナタリアだ。

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11時ころ梅津亜希さんと笹岡孝さんがやってきた。マキシム、マリナ、アナスタシアの日本語の授業をしにきたいのだ。笹岡さんは三井物産から研修でロシア語を勉強しに来ているそうだ。一緒に食事をして話をする。

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昼、12時半にアンナ(ウラジオのワレンチンさんが紹介してくれた)さんと旦那のイゴルさんと一緒に北海道センターに来てくれた。ガレージを貸してくれるというのだ。今週はすーっと雨なので屋根があるガレージが必要だった。北海道センターにおいてある約400リットルの油を3回に分けてガレージに運ぶ。

午後、5時再び油をアンナのガレージに運び、その後、オフロード・マスターという四駆クラブの会長に会う。会長のイゴルさんのクラブは毎年1回1ヶ月ほどかけてモンゴルやロシアの秘境を旅するツアーを主催しているという。是非、今度本物のロシアを体験しにこないかと誘われる。この間はロシアの北にある300人ほどしか住んでいない「村」まで行ったという。夏は道がないので車では行けないらしいのだが、橋を作り、木を切り、ウインチをつかい川を渡り往復1ヶ月かけてその村まで行ってきたというビデオをみせていただいた。途中で壊れたホーシングを溶接して直したり、壊れた部品を作ってしまうなどマニアックな人達がそろっているようだ。

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彼は毎年ウラジオストックからノボシビルスクまで日本車を運んでいるドライバーで道をよく把握していて、非常に詳しい情報を教えてくれた。さらにTシャツやステッカーなどをくれ、一緒に食事を楽しむ。
夜10時、再びガレージに行き、ペーパーフィルターをまわし、バッテリーを充電してから北海道センターにもどった夜12時を廻っていた。


走行距離:84293
AVG:12.4
廃食油:0L
お世話になった方:ノボシビルスク北海道センター、ウォーバ(ウラジミール)、サーシャ、イリヤ(弟)、ターニャ、ナタリア、マキシム、マリナ、梅津亜希、笹岡孝、アンナ、イゴル、イゴル(オフロード・マスター)Kulikov's Igor & Valentina (the president of the club "Off road master" and his wife) - told about difficulties on the road to Vladivostok, supplied with the list of helpful contacts in other cities.

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ナズィラ、ありがとう!

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10月11日、ウクライナのキエフから今まで約2ヶ月が経ち、ナズィラは母国キルギスに戻らなければならない時がやってきた。これまでロシア語と日本語の通訳、そして、双方の文化の違い、習慣の違いなどについて教えてもらい架け橋となってくれた。
ときには文化の違いで、これはしてはいけないことと怒られることもあったが、黙々と食料の買い出しや料理までやってくれ、彼女を通してユーラシアの地を肌で感じることが多かった。
この後、コブクロの蕾が大好きで毎朝、車の中で何度も繰り返し聞きたがる彼女が懐かしくなるだろう。

ノボシビルスク駅からキルギスのビシケクまでは1本の直行便がでる。駅のプラットホームまで見送りに行った。

ナズィラ、ありがとう!

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シベリア北海道文化センター

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10月10日(金)午後16℃ 晴れ
オレンブルグ大学でお会いした日本語教師の北濱さんのご紹介で、ノボシビルスクにあるシベリア北海道文化センターに問い合せたところ。心よく我々を受け入れていただくことになった。
このロシアでは、まず、車を安全に駐車できるところ、燃料が精製できる場所を探す事。そして廃食油を探す事ことが大変だ。土地勘のある地元の方の協力があるとないでは、とても大きな差がある。今回センターでは、必要なものをすべて提供していただき感謝しても感謝しきれないほどの歓迎を受けた。

センターのみなさん、ありがとうございます!

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この日、午後4時半からプロジェクトのプレスコンファレンスをセンターの会場を使って行なわせていただいた。スライドをみたり、質疑応答、そして外に出てセンターがコンタクトしていただいた店から集めた油を会場に来ていただいたみなさんに給油していただく。

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記念写真を撮った後、未来の地球がどうだったらいいか、メッセージをみんなに書いてもらいました。

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Rostics KFC

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北海道センターの計らいで、ロステックス(KFC系列)から廃食油を分けていただいた。ロシア全国にある大きなチェーン店でどの町でも見かけるフライドチキンの店だ。今回はノボシビルスクにある4店舗で集めておいていただいた。ビニール袋に集めてあった油は、固まっていたのでコンロで暖めて燃料を作った。

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ROSTICS KFC:Taisiya Danilenko(Kalina center),Dudkina Avgusta(Royal Park),Yrina, Svetlana, シベリア北海道文化センター、Shamina Maria,Maksim Sazonov,

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BEERMAN&GRILL

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10月9日(木)朝1℃、日中16℃ 晴れ
予定よりも少し遅くなったが、無事ノボシビルスクに着く事ができた。さっそく、モスクワの日本食レストラン「誠司」さんに紹介していただいたレストランに廃食油を取りに行ってみる。

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そのレストランは、ノボシビルスク駅の正面にあるホテル・ノボシビルスクの1階に入っている「BEERMAN&GRILL」という名のレストランで約160リットルもの廃食油を集めておいていただいてくれたのだ。場所をとったり、油を移す手間がかかるのに本当にありがたい。店に入るとすぐにマネージャーのマキシムさんが心よい対応をしていただき、とても気持ちがいい。店員さん達に手伝ってもらい油を運ぶ。
すぐにオーナーのデニスさんも駆けつけれくれ、油を注いでいただいた後、一緒に記念写真を撮った。デニスさんの奥さんは日本人で、彼本人も日本語をしゃべるのでとても助かる。他にも10件ほどレストランを持っており廃食油をさがしていただけると約束してくれた。

ウラジオストックまであと850リットルほどの廃食油が必要だ!


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AVG:12.4
廃食油:160L
お世話になった方:Spiridonov Alexandr(スピリドノフ・アレクサンドル)ー北海道センターの館長、イリナさん−副館長、アナスタシヤー教師,マキシム・ズベレフーBeerman&Grillの店長、Denis Ivanov(レストランのオーナー)

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ついにロシアでバイオディーゼル発見?!

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再びロシアへ

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10月6日再びロシアの国境を越えた。

毎度のことだが国境を越えるのは緊張する。類のない機械を積んでいること(プラントの説明が難しい。よく密造酒を作るサマゴンと勘違いされるからだ)、ワイロを要求されたり、なにか一つでも書類が足りないだけで通過できないことがあるからだ。

時間がかかったもののなんとか夜中に国境を越えることができた。ロシアの道を再び走ってみると夏の様な景色のカザフスタンからボーダーを越えてロシアに入ってみると、そこはすでに紅葉は終わって冬を迎えようとしていた。

ここで、当初のルートを変更してロシア最入国したことについて、簡単に説明しておきたいと思う。日本を出発する前は、中央アジアのカザフスタンを通過後、中国ルートとロシアルートの2通りのうち、中国ルートをメインに考えていた。ところが日本出発後、中国内の予定ルート上に地震の災害があったり、鶏インフルエンザの事件、さらにこの夏に雲南省・昆明でバス爆破テロがあったこと。また、北京オリンピックなど今年の中国は色々な意味で大きく揺れ動いていた。特に西中国でのテロ活動の噂を聞き、安全面から第2案のロシアルートを選択することにしました。

ロシアルートは、シベリア鉄道沿いに延びる道を主に使い、ノボシビルスク、イルクーツクを経由してウラジオストックまで走り、そこからフェリーで日本海を渡り帰国するという行程です。
とは言ってもロシアルートはすでに9月には初雪が降り、10月にはマイナスまで気温がさがり、時にはマイナス40℃にもなるといいます。バイオディーゼル燃料は寒さが大の苦手。バイオディーゼルの実験という意味では興味深いけれど廃食油も固まり、バイオディーゼル燃料も凍ってしまっては、走行不可能になってしまいます。
なんとかシベリアが本格的な冬に入る前に抜けないとなりません。課題は山積みです。廃食油が集めにくい極東、そして寒さ、雪と氷のシベリアを10月中に抜けられるかがポイントになるでしょう。このルートが、このプロジェクトの中でも一番試されることになりそうです。
また、10月11日には日本語とロシア語を通訳していたナジーラは仕事のため、故郷のキルギスに帰国します。ロシア語はまったくだめな2人が、この先どうやって油を集め、人もほとんど住んでいないシベリアをどう越えるのか、いよいよ本当のアドベンチャーです。

もっかのところ、シベリアまで廃食油を持って駆けつけれくれる方、大募集です。
マイナス40℃の中で一緒にバイオディーゼル燃料を作ってみませんか?
ちなみにユースケは、ウォッカが彼のバイオ燃料となっています。

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ベネトンの前でメッセージ集め

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ダカールラリーのネットワーク

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アスタナに着きました!

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ロシアのウファを出発してから長らくブログの更新ができなくてご心配をおかけしました。ウファ以降ロシアでもインターネットができるところがなく、カザフスタンに至っては電気がない地域を移動していたため、しばらく文明から遠ざかっていました。

道中、アフリカよりも悪い道の数々、バスコファイブの初めてのパンク、そしてトレーラーのフレームが曲がり、折れるなど途中旅を断念しなければならないか、と思う様な道のりでした。モスクワで5000kmは無補給で走れるだろうという燃料を集めたにも関わらず、悪路、砂などのコンディションのため、アスタナのおよそ350km手前で燃料がつきてしまい、さらにアスタナ到着が遅れてしまいました。

アスタナでは廃食油を探し、体制を整えて再出発する予定です。

また、ブログも随時アップしていきますのでカザフスタンの様子をご覧下さい。
アスタナには10月4日まで滞在予定です。アスタナは首都ですが、やはりインターネットへのアクセスは簡単ではありません。事情をご理解ください。

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菜の花大地復興プロジェクト
菜の花を植えて、景観づくり、塩害などの土壌浄化、地域単位のエネルギー生産のきっかけ作りを目指しています。
楽器を贈るプロジェクト
津波で楽器を流されてしまった、ミュージシャンの方々へ楽器を支援するProjectを始めました。
支援金募集
3月28日いわてめんこいTVで紹介された活動の様子です
2011年支援活動報告書
2011年に行なった東北大震災復興支援活動の内容をまとめまています

2012年1月

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