2008年6月アーカイブ

La Tribuna 紙

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朝、La Tribuna 紙の表紙にバイオディーゼルアドベンチャーの記事が掲載されていた。

キャンプ場のレストランでカフェ・コン・レーチェとトーストを頼む。朝から雲一つない晴天だ。日差しが強すぎるくらいだ。これが毎日続くのだから北欧の人がうらやむのも無理はない。

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土曜だがbiocombustiblesは24時間、365日体制で稼働しているので今日も作業をさせてもらう。会社に着くと社長のAdolfo Barambioさんが待っていてくれた。ここの代々続く名士だそうだ。クエンカのホテルやガソリンスタンド、マクドナルドなどほとんどが彼の会社だという。バイオディーゼルアドベンチャーに賛同していただき、場所を提供していたことに本当に感謝。僕の小さなプラントの説明やこれまでのいきさつなど説明させていただく。

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マクドナルドが姉妹会社ということもあり、マクドナルドから廃食油をもらったらどうだという話をいただく。アメリカでは、バイオディーゼルを作っている人達は皆避けてきているマクドナルド。今まであえてトライしてこなかったのだが、ダメ元で一度挑戦してみることにした。使用前の油をみせていただいたがいたって品質のいいひまわり油をつかっている。しかし、使用済みの油をいつも使っているフィルターを通過しなかった。いくらまっても油が落ちて行かないので、残念だがあきらめることにした。伝説はやはり正しかったのか!?

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土曜日も日曜日も我々は関係なく黙々と油を作り続ける。手に入った油を先に作ってからでないとイオン交換樹脂の洗浄に入れない。

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クエンカ

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当初、マドリッドを目指して北上していたが、マドリッドでは車を停めるところが確保できないでいた。このままでは車を安全に停めて、燃料を作る作業ができないことになる。そんなとき、クエンカにあるバイオディーゼル精製会社がサポートしてくれると申し出てくれた。クエンカはマドリッドの東、約170kmほどの所にあり、そこまでバスコファイブの燃料がもつかどうか、というところだった。やはりいつものようにエンプティランプがついてなんとか滑り込むことができた。

途中、車載のGPSでは正しい位置がわからず、迷っていたら白バイのお巡りさんに遭遇し、白バイで会社の前まで先導していただき、約束していた時間にすべりこんだ。
クエンカのbiocombustiblesでは、ジェネラル・ディレクターのペドロ氏が待っていてくれた。

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地元のテレビ局と新聞社がすぐにやってきた。ジャスト・イン・タイム!
カスティーリャ・マンチャのテレビ局と地元紙「La Tribuna」だという。テレビも新聞もどうやら明日には出るらしい。
取材が一通り終わった後、さっそく、メタノールを用意してもらい燃料の反応を始める。もう走る燃料がないので急がなければならない。それからこの旅の中でも最も重要なイオン交換樹脂の洗浄を行なう事にする。長い旅の中でもこの洗浄は3回ほど行なわなければならない。今回がその初めての洗浄時期となるので重要なセレモニーみたいなものだ。
イオン交換樹脂は、すべて使い尽くしてしまっても、またメタノールで洗浄すると再生できるものなので、大量に携行しなくてもすむというのもこの樹脂を選んだ一つの理由でもある。

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技術的、物理的な処置は、ケミカルインダストリアルの博士号を持つカロリナさんがやってくれた。美人で、明るくて、気さくで頭の回転が早い!会社内でも人気者だ。
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この後、クエンカのキャンピンググランドを紹介してもらい、9時ころキャンプ場に到着。今日こそテントで宿泊だ。やっとここで日本から持ってきたテントを使って寝ることができる。星がきれいだ!

走行距離:212km
廃食油:0
お世話になった人:Pedro Hernandez Esteve, Carolina, biocombustibles de cuenca

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巨大なソーラパネル群

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昼ごろ高速を走っていると道の脇に沢山のソーラーパネルが見えてきた。今まで山が多かったが開けた平地になると景色が変わった。ここ1年でナチュラルエネルギーを取り入れ電力を取り込もうという電力会社が増え、この地域に急速にソーラパネルやウインドミルが増えているらしい。とくにスペインのど真ん中の平野のここが太陽光線が降り注ぐ地域なのだそうだ。1ユニットは148枚のソーラパネルからできてる。
この会社は、www.arbsol.com で調べる事ができる。

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ヨーロッパ上陸

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6月25日(水)晴れ 43℃

朝8時、スペインのマラガ港に到着した。

廃食油がぎりぎりだったので心配していたがなんとかヨーロッパに無事もどってこれたのだ。青山さんにはキャビンでぐっすり寝てもらっていたので朝の顔色は昨日よりもよくなっていた。まずはマラガの中心街でホテルを探して休んでもらうことにする。さっそく港のすぐ近くに安心して泊まれるホテルをみつけ、そこで休んでいてもらうことにする。その間、銀行でモロッコの貨幣のディラハムをユーロに両替してから廃食油をさがすことにする。
まずはミーティングポイントとというインターネットカフェをさがし、ここで作業開始。アメリカにいるさとりさんからすでに調べてもらっていたマラガのレストランのリストから各レストランの位置を検索してどこにアプローチするか決めていくことにする。さとりさんがアメリカの自宅でインターネットに張り付いてもらい必要な情報をリサーチしてもらえるので大変助かる。しかし、暑さとアフリカからもどったばかりで頭と体が思うように働かない。

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さっそくインターネットカフェで日本食レストランの位置を調べると、ここから歩いて数分のところに「ZENART」というレストランがあることがわかった。地元のレストランにもあたるつもりだが、今までの経験からやはり日本食レストランからでる油がほとんど濾過する必要も無く、フィルターの通りも早いので作業も早く済む。暑い昼間は日本食をあたり、夜涼しくなってから地元のレストランをあたろうという作戦だ。
さっそく全ちゃんと歩いて行ってみるとビックリ、モダンなお店「ZENART」が急な登り坂の途中にあった。

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店主の冨田さんは、このプロジェクトの説明を最後までしないうちに、趣旨を理解してくださりすぐに「油を持って行ってください」と言ってくださった。裏に回ると車が2台ほどおけるパーキングがあり、そこに車を置いて廃食油を入れさせてもらえることになった。ついでに電源を貸していただき、燃料を作る事も同時にさせてもらう。すぐに燃料も作り始められるとは、初日からなんてラッキーなのだろう。外で作業していると暑いだろうからと、作業中にお店の美人ウエイトレスが水を用意してくれるは、いたれりつくせりだ。
おまけに富田さんが食事をしていくようにとご招待を受ける。ビックリしてなんていっていいのか。うれしいやら恐縮するやら。富田さんは「この時期スペインはバカンスの時期に入っているので昼間はお客が入らないものですからどうぞ食べて行ってください」、という。
暑さと空腹に甘えてご馳走になる事にする。アフリカからもどりいきなり手の込んだ日本食を食べられるとは思いもしていなかったので、なんだか本当に食べていいんだろうかと狐につままれた感覚があるものの、食べだすとうまくて時間のたつのを忘れてしまった。

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お世話になった人:富田千宏(ZENART)

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スペインへ

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メリーヤ  晴れ

モロッコを無事走り終え、ナドールからスペイン領のメリーヤに入った。深夜のフェリーに間に合いそうなので、切符を購入しこれから乗り込むところだ。朝にはマラガに到着する。

青山さんが、気温と疲れのせいか、食あたりか少々ダウン気味。乾燥しているため見た目は汗をかいていないようでもどんどん水分が蒸発しているのだ。たぶん熱中症の初期症状なのだろう。でも初めてのアフリカで6月の暑い時期にきたのだからよくがんばってくれたと思う。ご苦労様、青山さん! 帰国前に、直してほしい。

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大砂丘メルズーガ

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6月23日(月)晴れ 47℃

昨晩は深夜になって砂嵐となり全身砂まみれとなった。朝はまったく穏やかな顔を見せる砂丘。砂丘の中からラクダに乗って戻ってきたキャラバンがちょうどこのヤスミナホテルにもどってきた。後ヤスミナで朝食をとる。シャワーを浴びて10:30にはヤスミナを出発。同じ道を使わず西に14kmショートカットしてアスファルトに出てからエルフードに向かって北上。エルフードの町でインタネットカフェに行き、小一時間ほどインターネットをする。その後、HOTEL XALUCA に行き、かねてからお願いしていた廃食油をもらえないか、聞きに行く。しかし、ジェネラルマネージャーがいないということで油はもらえなかった。今度はホテルCHERGUI に行く。まずは調理場に行き、油を確認する。コックさんは覚えていてくれ油を10リットルをいただくことができた。ここで昼食をとり、インターネットにつなぎスペインの段取りをアメリカでバックアップをしてくれているサッチンと打ち合わせする。油は熱い状態だったので3時まで待って油を回収。トヨタ車体の人達に挨拶して午後4時エルフードを出発する。

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エルラシディア方面に向かい北上する。移動中国際電話でサッチンとナドールからマラガのフェリーの時刻と値段を調べてもらう。Mideltの手前からN15に右折してナドールに向かう。ナドールは午後4時と12時の便があるらしい。明日夜の12時の便でマラガに向かう事を決定。N15は道幅も狭く、道が悪いためなかなかすすめない。ガソリンスタンドのあるMissourに午後8時ころ到着。ここで夕食をとることにする。食事が出るのがあまりにもおそく暗くなってきたのでやむなくここにあるホテルに泊まる事にする。

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食後10時を過ぎホテルから電源をお借りして反応タンクにあった燃料を遠心分離機を通して完成タンクに移し、そのまま5時間遠心分離機をまわすことにする。そうすれば明日走行中でも燃料が作る事ができるからだ。食後、レストランのウエイターに廃食油をもらえないか交渉する。なんと僕ら3人が食べたフレンチフライの油(約200ml)をいただけることになった。

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走行距離:66803-67136km=333km
廃食油:10.2l
お世話になった人:CHERGUI KASBA-HOTEL、AFRIQUE HEBERGEMENT(Missour)

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6月22日(日)晴れ 52℃

朝、はやく青山さんにプラントのドライフィルタ−の行程を遠心分離機からイオン交換樹脂に移行してもらう。ホテルのガレージでカサブランカで手に入れたカリウムのしわけをすることにする。600gづつ約20個に小分作業にかかる。昼にホテル・サラーム・エルフードをチェックアウト。油を集めにHOTEL XALUCAに行く。

昼食をTLCのチームと一緒にとることにした。

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次回ダカールラリーの出場するランクル200のテストとメカニック(来年始めて参加する福岡トヨタ)、ナビゲーター(三浦)のトレーニングをかけた合宿は約半月続く。外は連日52℃の猛暑だ。この暑い時期には他のチームはやってはこない。それほど厳しい状況でトレーニングしているのだから来年のダカールにぜひ4連覇、そしてワンツーフィニッシュして欲しいものだ。

砂丘でチームと一緒に撮影後、我々は夕方からメルズーガの大砂丘に向う。今夜は砂丘で寝るためだ。


走行距離:65km
廃食油:3L

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ラリーチーム、TLCとの再会

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6月21日(土)晴れ 45℃

ワルザザートを朝出発して、カスパ街道を南東に向かってひた走る。ここはアトラス山脈となにもない乾燥地帯の砂漠との入り口だ。昼になると気温は40℃を越え、さらにあがってくる。延々、ガレ場の丘を登ったり,砂丘がみえりと変化のあまりない道を行く。

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エルフードの入り口に午後6時ころ着いた。ガソリンスタンドにある洗車場でバスコファイブを洗車してもらう。(30ディラハム)

さっそく、トヨタ車体が拠点にしているホテルに直行。午後7時無事到着。ホテルの裏のガレージに見慣れたランクルが停まっている。横のガレージにはテスト用車両ランクル200が置いてあり、ガレージの中にはエンジニアの小川さんや三浦くんが出てきた。
そして森監督、三橋くん、他のメカニックらの懐かしい面々も集まってきた。2007年は、僕もこのチームのドライバーとしてハンドルを握らせてもらっていただけに懐かしさがこみ上げる。

今日は一仕事終えて夕食前だというのにメカの小林さんがコンピューターを持ってきてくれ、アメリカでトラブった原因をみていただく。エンジンのコンピューターには問題は記録されていなかったがブレーキのコンピューターに異常があったという記録が残っていた。エンジンコンピューターとブレーキのコンピューター間で情報が途絶えたことでブレーキ側のコンピューターが異常と判断してエンジン側のコンピューターを制御した結果、エンジンの回転数を制御したらしい。それでインジケーターランプが点灯してスピードが上がらなくなったのだろう。
小林さんとラリーのチーフメカニックのフィフィが最後まで車の異常について調べてくれた。本当にありがたい。現状ではエンジンに問題はみられず正常だということがわかった。心配していた噴射ノズルのつまりからエンジンの異常という兆候は今のところみられない。さすがランクル。

チームに別れを告げ、今度はこの日の宿泊を捜さなければならない。いくつかホテルによったが1500から2000ディラハムを超す値段の高さなのであきらめ、キャンプ場に行ってみる。そこはだれもいないただのグランドという感じなのでやめる。近くのホテルでなんとか600ディラハムで交渉が成立、車もガレージにおいてもらえるということでエルフードの南にある「ホテル・サラーム・エルフード」に泊まることにした。
夜、電源を借りてイオン交換樹脂をまわっしぱなしにして寝る。


走行距離:375km

廃食油:3リットル
お世話になった人:チームランドクルーザー・トヨタオートボデーの皆さん(トヨタ車体)

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アフリカでの廃食油集め

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カサブランカ→マラケシュ(モロッコ)  晴れ 35℃

朝から廃油集めの一日だ。シェラトンに行きマネージャーさんに頼むと、回収が済んだばかりだから、また戻ってくるよう言われた。昨夜食事をした際頼んでおいた、アミンに行くとちょうどボトルに移しているところだった。

午後一番に昨日受取れなかったKOHをいただきにOrkla Marco社を訪ねる。メタノールもあるということで、両方購入でき胸をなでおろした。実は心の中で、ルートを短く変更する可能性も模索していた。その必要もなくなったわけだ。

マラケシュのキャンプ場には、夜9時に着いた。子猫、子犬そして孔雀までがぶらぶらしている。腹をすかしているのか、しつこく寄ってくる。そういえば僕らも?などと言っているまもなく、青山さんに精製をお願いして、ぼくと全ちゃんは廃油を探してホテル回りをした。前にあったジャーナリストに書いてもらった、アラビア語のお願いメモが大活躍だ。メリディアンとスルナタから、少しずつ分けてもらうことができた。

ま、目標達成といったところだろうか?

帰り道、スイカを買ってキャンプ場に戻った。青山さんのお陰で、ヨーロッパに来てから5回目の反応が終っていた。この燃料は、あさって使う大切な燃料だ。

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いよいよアフリカ大陸

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セトゥーバル(PT)→アルへシラス(スペイン)→セウタ(スペイン領モロッコ)  晴れ 32℃

昨日の遅れを挽回するために、朝4時に起床。6時前に出発した。スペインとの国境には、何もなくあっけなかった。ガソリンスタンドでコーヒーを注文すると、大きなグラスにたっぷりのミルクコーヒーが入って出てきた。懐かしい!ポルトガルの濃い黒いカフェとは違う。

アルへシラスのフェリー・ターミナルには午後3時半に着いた。ぎりぎりで4時の便に間に合った!ばたばたしつつも、無事にフェリーに乗ることができ、ほっとした。

さぁ、アフリカ入りだ!今年はダカールラリーがキャンセルになり、1月にアフリカにこなかったから何だか久し振りだ。

走行距離:735km

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リスボン→セトゥーバル  晴れ 31℃


今日はいよいよアフリカを目指し出発進行!という意気込みで目覚めたのだが、ままならぬ一日となってしまった。

朝、泊まっていたホテルから電気を余分に使ったからと、1晩の宿泊費と変わらぬ額を請求されて、すったもんだ。(がんばったが、結局払うことになった・・・。)

そして、アメリカから送ってあった荷物の受け取りに行く。もうポルトガルに到着してから1週間以上経つのに、べらぼうな税金を請求されたり、受け取り先になっていたところとの手続きに時間がかかり、結局、この荷物のために出発を一日延ばすことになった。そして今日出向いていったのだが、これにも2時間?!やはり、ここはラテンの国だぁ?。

その他もろもろ必要なことをすべて終え、リスボンを出たのは夜の8時。でも、リスボンはとても居心地のよい町だった。人は気さくで素朴。去りがたいのも事実だ。

まだ明るいけれど、宿泊先を見つけるのが難しくなると判断して、すぐ近くの町セトゥーバルに落ち着いた。明日は一日ドライブになるので、早く出ることにした。

走行距離:164km

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いよいよリスボン出発

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6月14日(土)晴れ 31℃
MSCのルイが土日はボランティアでボーイスカウトの面倒をみているという。ボーイスカウトの両親に頼んで油を集めてあるのでぜひボーイスカウトのフェスタを見に来ないかと誘われていた。
宮川さんの事務所の倉庫に停めていたバスコファイブをピックアップして、リスボンの東に位置するボーイスカウトがいるキャンプ場へ向かった。午後5時ころ現地に着き、ルイと打ち合わせをする。ふだんのオフィスでの出で立ちとは打って変わって、半ズボンにスカーフをまいたルイは別人に見えた。
それにしても、オフィスでも野外でも勢力的動き回る彼をみているととても頭がさがる。本当に一生懸命なんにでもかかわる彼をみていると教わるものが多い気がする。

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少し催しが落ち着いた頃、バスコファイブが停めてある車のところまで子供達や先生などがやってきてくれた。集めてあったオイルを一人一人に入れてもらい、この車の説明やバイオディーゼル燃料について話をした。ルイがすべて通訳してくれとても助かる。最初はなにがなんだか、わからなかった子供達も説明が終わると質問が飛んできた。そして、目が生き生きしてきて、とても楽しいうちに8時になってしまった。

不可思議な顔をしていた指導の先生達も車にのったり、エンジンルームを開けてみて、眺めたりと最後は笑顔になって帰ってくれてよかった。ルイさん、楽しい時間を作ってくれてありがとう!!

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来週にはアフリカに向けて出発だ。
ルイさん、月曜日には書類をもらいにいくのでよろしく。

走行距離:108km
廃食油:40L

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エリセイラのエコカー

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ロカ岬

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6月13日 リスボン  晴れ 34℃

ユーラシア大陸の最西端、ロカ岬を目指す。丘の上の上を曲がりくねって走ること1時間、「陸の果て、海の始まりの場所」と呼ばれる岬に到着した。僕らが車を停めると、日本人観光客が近づいてきた。中にはテレビで僕らのプロジェクトのことを見たという人もいた。僕がポルトガルに来てから、日本テレビで3夜連続放送されたから、そのことを言っているのだろう。

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極東からわざわざやって来た僕ら日本人が、ユーラシアの西端で「大陸スタート」の記念に写真を撮る。ちょっと不思議な気分になった。

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帰りはマフラの修道院に立ち寄った。傾いた西陽に照らされ、修道院の建物の陰影が浮き彫りになり、とても美しかった。

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レストラン「マンジャーレ・デ・マルキース」より、廃食油を分けていただく。

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マンジャーレ・デ・マルキース

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MSC訪問

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レストラン『彩』

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6月12日 
宮川さんのデザイン事務所で働く娘さんの里奈さんはやはりデザイナー。バスコファイブのマークを考えてくださった。これから大航海に出て行く帆船のようにバスコファイブも紋章をつけて地球の大海原を走る事ができることになった。
複雑にデザインされたマークがカッティングシートを魔法のように機械からその姿を表した!すごい、まさにバスコファイブのイメージそのもののロゴができました。里奈さん、ありがとうございます。

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宮川さんの事務所をお借りしてインターネットにアクセスしたり、倉庫で燃料を精製させていただいた。居心地がいいのでなかなか出発できないのかも?!

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トラックのストライキ

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トラックの整備会社「Tres sss」

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エリセイラでお披露目

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6月10日 リスボン  晴れ 32℃


先日お会いしたエリセイラの市長さんの招待で、町の中心街広場でちょっとしたデモをすることになっていた。イオン交換樹脂を通しての精製作業だ。たくさんの人が集まり、質問してくれた。さすがにバイオディーゼルのバスが走っている町だ。みんなの意識が高いようだ。嬉しい限りだ。

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宮川最強ファミリー

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街の広場でバスコファイブを展示しているとき、チクタクというレストランのオーナーがやってきて彼のレストランで夕食を食べるよう招待される。
とてもおいしいレストランだ。この市長のポリシーに共感し、レストランから出る廃油をこの市のために提供しているという。
夜の10時ころ市長がワインを持って現れる。同じテーブルに座って話始める。
食後、市長の持つ外人専用の宿泊施設に案内される。とても素敵なスペースだ。そこのバーでカフェをご馳走になり金曜日の話をする。


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リスボン


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午前11時、宮川さん宅へうかがう。実は、海外から持ち込んだ車両でヨーロッパ内を走る為には、自賠責保険のようなもの(グリーンカード)が必要なのだ。モロッコに渡るにしても、国境でグリーンカードの提示が求められる。しかし、どの保険会社にあたっても、「ポルトガル・ナンバーが付いていない車両はポルトガルで保険に加入することができない」の一点張りで断られた。

宮川さんも、自分の入っている保険会社や心当たりのある保険会社にあたって交渉してくれたが、そちらもやはりだめだった。頼みの綱はエリセイラの市長さんだ。彼からは、ぜひバスコファイブを市の繁華街の中心に展示して欲しいという要請があったのだが、グリーンカードがないと走れないという話をしたらさっそく各関係に手を打ってくれるという。午後1時過ぎ、市長から連絡があり、指定する保険会社にすぐ行けという。

宮川さんの娘エリカさんの旦那さんダニエルの車に乗せてもらい出かける。宮川ファミリーの何とも強力なサポートに感謝! それにしても宮川家の仲が良く助け合う素晴らしい家族関係には感激してしまう。市長が指定してきた保険会社の担当は、サンドラ(Sandra Correia)さんという女性だった。市長が僕の身元引き受け人になるからということで、ついに引き受けてくれる保険会社に巡り会うことができたのだ。サンドラさんも僕らのプロジェクトに深く共感してくれ、ダニエル、宮川さんともども一緒に喜んだ!!!市長の後押し、ほんとうにありがとうございます。

7時に、エリセイラにある宮川さんのセカンドハウスに食事にうかがう。
食後9時においとまして、青山さんといっしょに白根全を空港に向かえに行く。白根全は20年来の友人で、彼もフォトジャーナリスト。およそ140カ国を旅し、旅のエキスパートでもある。特にスペイン語、ポルトガル語が堪能なので助かる。

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リスボン  晴れ 30℃


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宿泊している場所は、リズボンからおよそ30キロほど北にあるエリセイラという小さな町なのだが、なんとここがバイオディーゼル燃料を市で作っているという。日本でポルトガルのバイオディーゼル燃料事情を調べてもぜんぜんバイオのバの字もない状態で、ポルトガルではバイオディーゼル燃料に関心がまったくないのだろうか?と、思っていたところだったので意外と近くにこんなチャンスがころがっているとはビックリだった。

ぜひ、その市長さんにお会いしたいと、市のホームページにメールを送るが返事がない。時間が経ちあきらめかけたとき宮川さんとゴミ収集所を通り、ふとみるとそこで使われている車はすべてバイオディーゼル燃料で動いているではないか。さっそくドライバーに色々質問しているとその一人が市長に電話してくれ、その5分後にパジェロに乗って現れた。農作業をしていたのか、短パンでサンダル履きのまま飛び出してきたようだ。

あれだけコンタクトしても会えなかった市長さんに直に会うことができ、さっそくバイオディーゼル燃料車にあわせてくれたり、電気自動車をみせるなど町を案内してくれた。

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強力な助っ人現る!

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リスボン  晴れ 31℃


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バスコファイブを受け取って2日目。スタートするにはまず、燃料をつくることから始めなければならない。さっそく現地にお住まいの宮川さんの車でガレージまで送っていただく。宮川さんは、今回のバスコファイブの塗装をサポートしてくれた日本ペイントの紹介で知り合ったのだ。宮川さんはデザイナーをされており、日本ペイントのアドバイザーでもある。ポルトガルに来て16年になるという。

昨夜は宮川さんの自宅に泊めていただき、今日は仕事を休んで手伝いに来てくれた。ポルトガル語も堪能なので本当にありがたい。

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おっと! ポルトガルの電圧は220Vだ。このプラントは日本の100V用に設定されているのでトランスを使って電圧をさげないと機械が壊れてしまう。えーっと、6ヶ月前に使い方を覚えたのでうろ覚えで配線をつなぐ。失敗したら大変だ。

夜11時半にリスボンの空港に行く。日本からわざわざ応援に駆けつけてくれた青山裕史さんを向かえに行くのだ。青山さんは、このプロジェクトの相談者としてプラントを作る段階から助言や援助をいただいてきた一人だ。まだ設計図の段階から夢の様なこの計画が本当に始動したら海外のどこかで合流して一緒に行きたいと話していたのだ。そして、その話が実現する時が来たのだ! 彼はバイオディーゼル燃料に関わり12年になるという大ベテラン。空港ではうまく再会することができ、さっそく今日から泊まるERICEIRA(エリセイラ)のホテルまでレンタカーを運転してもどる。シャワーを浴びて就寝したのは午前2時ごろだった。

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レストラン 彩

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6日#3 リスボン

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ダカールラリーに行くとき、「彩」というこのレストランで時々食事をしたことがあった。今年の1月にリズボンを訪れた際、ご主人の吉武さんに、バイオディーゼルアドベンチャーというプロジェクトで廃油を集めて世界を走る話をきいていただいた。4月にアメリカから連絡を取ったところ、油をためておいてくれるとのうれしい返事をいただいていた。

ランチの時間にたずねてみると、地下の倉庫に貯めてあるというので降りていくと、なんと170L。スタッフのかたたちが、わざわざ運んでくれた。リスボンを出る前に、約400Lの燃料を作りたいと考えていたので、たいへん助かる。

吉武さん、スタッフのみなさんありがとうございました。

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ポルトガルの救世主、MSC

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6日#2 リスボン

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今回、ポルトガルでバスコファイブの受け取りを急遽買って出てくれたのはMSC(Mediterranean Shipping Company)というコンテナを扱う大きな船会社だ。ありがたいことにバイオディーゼルアドベンチャーのコンセプトを知って会社をあげて応援してくれるというのだ。

船からコンテナに引き上げ、陸送、通関手続きなどを引き受けてくれ、おまけにバスコファイブをコンテナから出した後の燃料を精製するガレージを斡旋、そして廃油を集めてくれるなどポルトガルでのすべてのアレンジを積極的にしきってくれたのだ。こんなことって信じられるだろうか?!
アメリカのボルチモアからバスコファイブを船だししたものの、知り合いもいないポルトガルでどうやって引き上げるか、思案していところだったので僕に取って彼らは本当に救世主って感じだ!

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ケミテクニカのダリオとアンジェラさん(左)MSCの得意先である、化学薬品会社。通常は大手の取引しかしない会社が、僕らの活動をこころよく援助してくれ、化学反応に必要な薬品を小分けしてくれた。

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ついにバスコファイブとご対面

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6日#1 リスボン   晴れ 28℃


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リスボンに着いて3日目。ついにバスコファイブと対面できた。
コンテナからアメリカで別れたときと同じ状態のままで現れたときは感激だった。
エンジンも一発で始動。

インターネットの環境が悪く、なかなかブログがアップできませんでしたが
少しづつ様子を書き始めますね。

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