2008年3月アーカイブ

アースシップ

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3月31日(月)晴れ(強風)サンタフェ→タオス→サンタフェ

朝9時、アメリカインディアン美術学校(通称IAIA)へ廃油をもらいに行った。学校のカフェテリアに、以前そこに通っていたモトイさんが頼んでおいてくれたのだ。フリーの仕事で時間が比較的自由なのと気転が利くをいいことに、彼女にはお世話になりっぱなしで感謝している。柄杓ですくって、なかなかの収穫だった。

午後は、タオスの近くで兼ねてからぜひ訪ねたいと思っていたアースシップへ向かった。アースシップ・バイオテクチャーは、1970年代初頭マイク・レイノルズという建築家が、廃材を利用した建物を建て始めてはじまった。飲み物のアルミ缶や古タイヤなどは土を詰めることで、断熱効果のある素材へと変身する。それに目をつけた彼は、実験と失敗を繰り返しながら、アースシップのコンセプトを実践してきた。持続可能であること、エネルギーは自給自足であること、誰もが建てられる家であること、これらが基本モットーなのだそうだ。あまりにも実験的で開発途中の技術もあったため、1990年代には建築家としての資格を失うという危機もあったらしいが、いまではいくつかの譲歩をした上で、アースシップの建築は続いている。

オフィスで働いているローズが、いくつかのユニットを案内してくれた。ずんぐりむっくりしたU字型のアースシップは、アンモナイトのような感じだ。北側には土が盛ってあり、半分穴倉というか半地下のように建ててある。南側には、パッシブソーラーを利用した大きな窓があり、土の壁が昼間太陽熱を吸収するから、他の暖房は必要ないのだそうだ。カラフルなガラスのボトルの底が、明り取りとインテリアの役割を果たす。屋根から集められた雨水は、ろ過されて利用。ソーラーパネルと風車からとった電力を蓄電機にため、コンバーターを通して使用する。排水は、キッチンからの水が植物とトイレに使用され、トイレから出た排水は、汚水浄化槽を通ったあと小石や植物の自然フィルターを通ってから土に返される。どのユニットも家の中に庭がり、たくさんの植物が生えている。足を踏み入れると、一瞬熱帯を思わせるような匂いがした。まっすぐで平らな壁がないのも特徴だ。とにかく摩訶不思議でユーモアにあふれているデザインだ。

フェニックスという比較的新しい、まだ完成していないが貸し出しを始めているユニットも、今夜部屋を借りているボビーとローラのご好意で見せてもらえた。このユニットでは、90年代の問題後、州の規制に反しないでマイクの理想を追求しているとのことだ。部屋の裏に回ると、タイヤと土がむき出しになっていた。なんだがきれいに見えるから不思議だ。よく考えると、古タイヤと泥なのに・・・。フェニックスの南側は大きなグリーンハウスになっているのだが、そこに池を作る準備がすすんでいた。ローズは、「ここでタラピアという魚で、下水処理を試してみようとしているんです。タラピアは、もともと水を洗浄する能力を持っているらしいの。」と話してくれた。どうなるかまったく予想もつかない実験らしいが、ますますマイク・レイノルズに興味をそそられた。出かけていてルスなのが、残念だった。

ローズにお礼を言って別れてから、もう一軒、タオスへくる途中に寄ったリフトギャラリーのオーナー、マークとベッツイーに教えてもらったロバート・プラーという人のアースシップを訪ねた。電話をかけたところ、彼も留守ではあったが家の外には「どうぞ!」という看板が立っており、外から拝見することにした。と、家もさることながらここをたずねたかったのは、彼がデモ用のハンマーのリムジンをバイオディーゼルで走らせていると聞いたからだ。彼の家に近づくと、嫌でもその白い巨大なハンマーが目に入った。彼の家にはかなり効率がよいと聞いているタイプの風車が回っていて、車の横には「フリーレンジ、オーガニック水素」と書かれたタンクがあった。ちょっと離れたところには「バイオディーゼル」とマークされたドラム缶がある。そうか・・・この車は、バイオディーゼルと水素ガスのハイブリッドなのだ。元はサーカス出身だというこの変わり者のロバートにも、ぜひ会ってお話してみたいと思った。

旅を続ければ続けるほど、また訪ねたい場所が増えてしまう。それがこのプロジェクトの醍醐味であり、ジレンマだ。今日もまたそれをかみ締める、すばらしい一日だった。

廃油回収 25L
走行距離 0km
お世話になった人たち:モトイさん、ベッツィー、マーク、ローズ

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竹の子ご飯

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3月30日(日)晴れ サンタフェ

昨日と同じく、作業に追われた一日。

先日廃油を届けてくれたケイコさんが、「竹の子ご飯ができました!」と煮物とご飯を届けてくれた。サッチンのお姉さんみたいな存在だと聞いていたけれど、その心づかいに感謝した。缶詰でひとりビデオの整理をしているタツヤにも箱に詰めて届けると、「ひぇ縲怐I」と言って喜んでいた。ちなみに、彼は気持ちよいことうれしいことがあると、「ひぇ縲怐I」というのが口癖である。

廃油回収量 19L
走行距離 0km
お世話になった人たち:モトイさん、ケイコさん

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マリアズ

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3月29日(土)晴れ サンタフェ

朝から頼んであったメキシコ料理屋のマリアズに行き、廃油の回収にいった。燃料の精製、写真の整理、そしてブログの執筆に徹した一日だった。

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廃油回収 53L(マリアズ)
走行距離 0km
お世話になった人たち:モトイさん、マリアズのマネージャー

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3月28日(金)晴れ サンタフェ

サンタフェは全行程の中間地点と考えているので、車やプラントのメインテナンスを予定している。週末に入る前にいくつか片付けなくてはいけなければならないことに、タイヤを交換することだ。すでに日本から履いていたタイヤは1万キロを越え、すでにすり減ってきていた。なんといっても燃料を満タンにして、人と荷物を載せると800kgを越える重量とカリフォルニアの路面状況が非常に悪いため小さな亀裂がタイヤにはいっていたからだ。
旅の途中でダンロップがタイヤのサポートを引き受けてくれることになり、サンタフェに届いていたニュータイヤを持って近くのタイヤ屋「エキスパータイヤ」にタイヤ交換を頼んだ。

ショップに行くと車好きの連中は、バスコファイブを見ると、右ハンドルだということ、アメリカには珍しいランドクルーザーのディーゼル車だということ、特殊な塗装が施してあることなどに注目して、興奮に目を輝かす。ここでも何人かの従業員が、目を見張っているのがわかった。

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夜はサンタフェJINのメンバーでもあるヒロくんに、指圧をしていただくことになっていて、その前にモトイさんも誘って食事をした。初めてレストランらしいところでの食事だ。内陸部に入ってから、自炊ができる時以外はまともなものを口にしていなかったせいか、タパスもパエリアも、料理はすべてこの上もなくうまかった。僕は若い頃からバイクで砂漠へ出かける。しかし事故で体を随分痛めているので、ボディワークというか治療全般に興味を持ち始めたていたせいでヒプノセラピーやマッサージに興味があった。テーブルに催眠治療セラピストと鍼灸・指圧師の二人を交えて、今夜はとても興味深い話を聞け楽しかった。

ヒロくんは、ここサンタフェで鍼灸と指圧の勉強をしている。もうすぐ卒業だ。商売っ気のない彼は、僕とタツヤを合わせて4時間以上、じっくりと診察・治療してくれた。ゆるゆるのまま宿へもどり、旅の疲れを癒した。

廃油回収量 106L(ファーズ)
走行距離 3km
お世話になった人たち:モトイさん、バーナード、ヒロくん

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ブライアンと再会

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3月27日(木)晴れ ラスベガス(NM)→サンタフェ

朝7時半ブライアンに電話をして、もう一度昨日のお詫びをし(本当は昨日の午後ラスベガス入りして、町からちょっと離れた彼のバイオディーゼル精製システムを見せていただくことになっていた)8時45分に待ち合わせた。

オプティックという新聞社に案内してくれ、ブライアンからバイオディーゼルを買って使っているというリーからインタビューを受けた。ブライアンとも詳しい話をすることができ、メタノールを完全に蒸発させたあと松葉とグリセリンを混ぜて肥料にしていることを聞いた。「これが鹿や牛がこのコンポストを好きでね。混ぜて放置すると、時々なくなっていることがあるんだ。甘いんだろうな・・・。」

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10時、サンタフェへ向かう。11時半から、知り合いがインターンをしている催眠療法のインストラクター養成学校で、廃油回収のため小さなイベントを計画していた。時間がぎりぎりだったのだが、昨日燃費走行しなかったので案の定燃料タンクが空になった。レストエリアで車を止め、給油する。と、どこからともなくトラックが現れて、気のよい老人が「おお、バイオディーゼルか?」と話しかけてきた。Truth or Consequencesという町に、バイオディーゼルを作っている人がいると教えてくれた。自分も、バイディーゼルに興味があるからと、いろいろ質問された。「へぇ、ディーゼルエンジンなら改造は必要ないのか!いいことを聞いたな。」と喜んで去っていった。

11時40分ヒプノの学校に着いた。セットアップしていると、学校に口をきいてくれた友人のモトイさんが出てきた。「今日は19人ぐらいの生徒さんがいるの。もう少ししたら休み時間になるから。」電源をもらって精製を続ける。とサンタフェJINという日本文化交流会のメンバーが、何人か油を持って立ち寄ってくれた。JINは3月1日に春祭りを催行した。本当はその祭りに飛び込み参加を期待していたのだが、予定が押してしまったので叶わなかった。でも廃油を貯めておいてくれた会長さんの小林夫妻やケイコさんが、わざわざ出かけてくれたのだ。ありがたい。

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学校の生徒やインストラクターも外に出てきた。中にはものすごく興味を示してくれるひとがいて突っ込んだ質問が出たり、ワシントン在住の生徒さんに「DCにはいつ来るのかしら。大きなイベントをしましょう。うちに泊まってくれていいのよ。絶対に!!」とうれしい招待を受けた。

学校のすぐ近くのファーズというカフェテリアが、廃油をくれるというので、ちょっと寄り道してから、午後4時、精製をはじめた。サンタフェには数日滞在して、じっくり燃料つくりとブログの更新に専念するつもりだ。

廃油回収量 107L
走行距離 66km
お世話になった人たち:ブライアン、リー、モトイさん、小林夫妻、ケイコさん、ジョン、デイビッド、バーナード(ファーズ)

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バスコファイブ改造計画

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3月26日(木)晴れ デンバー→ラスベガス(NM)

今日はひとついつもとちょっと違う課題があった。そのためにニューメキシコへ戻るのを、一日延期したので何とか目的を達成したいと考えていた。だから、起床してすぐゴールデンを目指し、ハルミさんに別れを告げた。

ぼくらバイオディーゼルアドベンチャーは、今まで廃油を集めてバイオディーゼルを作りながら旅を続けてきた。過去2ヶ月近くで明らかになったのは、廃油をフィルターにかける作業が意外と時間のかかるということだ。滞在している場所に予定より長く滞在しなくては、せっかくいただいた廃食油をすべて持っていかれないことが多かった。もっとあるよ、と言われてもこれ以上は積めないからと諦めることもあった。つまり、一時的に廃油を入れて運ぶ場所が欲しい。

今までにも人に相談して、車の後ろにキャリアをつけることなど検討した。でも、もしもそのキャリアーの取り外しがワンタッチでできない場合、僕らの精製作業は結局遅れてしまう。フォートコリンズで偶然であったある青年がランドクルーザーのオーナーで、よい店がゴールデンにあると教えてくれた。昨日電話をしたところ、「何か良い方法がないか一緒に考えましょう。とにかく朝、来れませんか?」と言われたのだった。

スリー・オフロード・アウトフィッターは、ゴールデンというデンバーから西へ25kmほどのところにあるちいさな町だ。こんなところに、ランドクルーザーのアクセサリー専門の店があるのは、ちょっと意外だった。オーナーのクリストさんをはじめ、働いている人たちは「今日はちょうど仕事が一段落したところで、時間があってよかったよ。」と言いながら、親身になって僕らのニーズに合わせて相談にのってくれ、あれこれ知恵を絞り試してくれた。

結果、屋根についているボックスの取り付け方と位置を変え、その横にジェリー缶をいくつか付けることになった。キャリアーに少し余分なスペースができるようにし、そこには収納用の箱も載せることにした。これで車内の居住性も少しは改善されるだろう。正直、助手席の足元には20L入りの廃油入りポリタンクが2つ、後部座席の足元や横には私物があふれており、誰も文句を言わないけれど、あまり快適とはいえない状態で旅続けてきた。

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簡単とはいかなかったが、午後4時屋根の荷台その他の取り付けが完了した。
その直前に、スリーのセールスマネージャーベンが、遅いランチに連れていってくれたのだが、その際近くにバイオディーゼルの研究をしている人がりうのだと話してくれた。飛び込みで訪ねると、受付の若い女の人が「知ってるわ。インターネットであなたたちの冒険について、つい最近読んだばかりよ。」と喜んで奥へ通してくれた。

おくの研究室には、巨大なディーゼルエンジンがすわっており、いくつかの研究のひとつはバイオディーゼルを作ったときに出るグリセリンを、精製工場で再利用する方法の開発だということだった。化学の知識が乏しい僕らにはとても難しいはなしだったけれど、どうもグリセリンからメタノールを完全に抜いたあと、水素ガスを作ることができそれを工場の燃料として使えないかと実験しているらしい。ここの研究所の顧問をしているのは、アメリカで初めてバイオディーゼルを作ったトム・リード博士だと言われた。

スリーに帰って仕事の終了を祝って記念撮影をしていると、老夫婦がバイオディーゼルのステッカーのついた車に乗って現れた。わけがわからず困惑していると、サッチンが「このひとがトム・リード博士みたいよ。」という。今夜はラスベガスまでどうしても帰らねばならず、6時間の旅が待っているのだが、ちょこっと彼の話を聞くことにした。彼は、1990年はじめコロラド鉱業学校(Colorado School of Mining)でバイオディーゼルを作った。それを自分の車に入れて走ったところなかなかいい感触だったので。それ以来バイオディーゼルを推進してきているのだそうだ。現在は、木炭ガスの研究に力を入れているとのことだった。

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とにかく遅くなってしまった。ニューメキシコ州のラスベガスでは、明日の朝バイオディーゼルユーザーの記者から新聞の取材を受け、先日廃油の危機を救ってくれたブライアンと会う約束だ。プラザという古いホテルが、破格の値段で泊まれるよう招待してくれたので、フロントデスクに深夜到着の予定を知らせ、先を急いだ。550km。燃料切れの心配がないので、他の2人に相談し燃費の心配をせず、少し飛ばし気味で走行することにした。

廃油回収0L
走行距離 572km
お世話になった人たち:ハルミさん、クリスト、ベン、トム、トロイ(ホテルマネージャー)

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3月25日(水)晴れ(風強し)フォートコリンズ→デンバー

朝食を食べて、荷物をまとめて積み込んでいると、ハルミさんがベーグルを包んで持たせてくれた。ハルミさんとガスのおかげで昨日はゆっくりと休むことができた。本当にありがたい。感謝!

この旅でいくつかいろいろなところで交流会を経験した僕らは、バスコファイブを構内に駐車することがどれだけ難しいことなのか知っていた。それは、アメリカのセキュリティ問題や消防関係の問題に寄るものだ。ところが、主催者のニコラスとずっとお手伝いいただいていた方々の知恵と尽力で、大学の由緒ある「農耕学クラブ」の協賛を得ることができ、プラザでのイベント開催が実現した。それでも色々規制があるらしく、ニコラスは僕たちには何一つ言わず、朝から構内を駆け回って僕らの許可証を手に入れてくれた。本当にありがたい。

春休み明けの学内は、昨日とは打って変わって学生であふれていた。ニコラスに忠告されていたにもかかわらず、車をどうやって乗り入れたものか躊躇するほどだった。下見をしてどの向きで停めるか決めておいてよかった。精製機をセットアップしていると、すでに学生たちが寄ってきて話しかけてきた。でも、何かが変だ。ん?待てよ・・・。よく考えると、彼らは日本語で話しかけていたのだ。後から彼らに日本語を教えていらっしゃるマコ先生、本人が顔を見せた。「やっと来たわね。待っていましたよ。」とやさしい笑顔だ。イベントが盛り上がるよう、たくさん声をかけてくれたに違いない。

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授業の間は人の通りが少ないかもしれないと言われていたが、僕の印象ではいつが授業中でいつが休み時間かわからぬほど、常に人が集まってきた。「マコさんも私もメディアに連絡しておいたから、誰か来るかもよ。」とハルミさんに言われたのだが、しばらくすると遠巻きながら、大きなビデオカメラをセットしている男性がいた。バイオディーゼルを使っているという人、接近してきたときはちょっと緊張した警察官たち、太鼓に合わせて中国の獅子舞いをしてくれた学生のグループ(これもニコラスたちの粋な計らいだ)、たまたま通りかかったというデンマーク人、更にもっとたくさんの日本語クラスの生徒たち・・・。とにかくいろんな人が、足を止めて話しかけてくれた。そのうち他のテレビや新聞の記者たちが現れて、僕たち3人はてんやわんやを楽しんだ。せっかくならお祭り騒ぎがいい。学生たちの写真を撮っている何でも屋ダン(本人いわく「エネルギーオタク」)も、楽しいキャラクターで盛り上げてくれ、また手が足りないときは僕らの撮影を手伝ってくれた。

廃油の回収は期待していなかったのだが、ニモすしさんがご夫婦そろって届けてくださった。感謝だ。

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僕らのプロジェクトは、いくつかの要素から成り立つのだが、そのひとつに「これからの地球の未来への夢、どんな地球になってほしいか」をしわにならなくて破水効果のかけてある特殊な紙に書いて(もしくは描いて)もらうというのがある。世界中の人たちに参加してもらい、日本に帰ってから紙を縫い合わせて大きな輪を作りたい。富士山のふもとを一周するくらい集まったらいい。みんなの願いやポジティブな想いをつなげ、大きな希望を作りたい。そんな願いから思いついたミニプロジェクトなのだが、3人きりではいつもて説明と記録で手一杯になってしまい、なかなかお願いする機会が持てず困っていた。夕べその話をしたところ、ガスが折りたたみテーブルを貸してくれ、お絵かきコーナーを設置できた。更にマコ先生がもうひとつテーブルを持ち出してきてくれ、学生たちに呼びかけてくれたので、たくさんの人に夢を分けてもらうことができた。

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ふと気づくと、イベントの終了時間2時を回っていた。なんだ、もうお別れの時間か・・・。

腰の重い僕らに「さぁさぁ!あなたたちにはやることがあるのだから、用意してもう行ってくださいね。」みんなの励ましと愛のムチ!?に押されて、僕らは片づけをしてさよならを言った。ニコラスのさわやかな笑顔が、更にまぶしい。

その足で先日燃料を分けてくれた、デンバーのローレンスの家を訪ねた。彼はわざわざデンバーからボールダーまで、僕らを助けにやってきてくれた奇特な人だ。彼のバイオディーゼル燃料精製システムを、ぜひ見せて欲しかった。彼の家の近くには、ロッキーマウンテンレイクという小さな湖があって公園になっている。約束の時間より少しだけ早く着いたので、僕ら3人は地面に腰をおろし、しばしコロラドの余韻に浸った。

ローレンスのシステムは、やはりアップルシード、つまりボイラーを使うタイプだ。でもかれのポリシーは、「安くてシンプル」。自作のパイプシステムは、とても合理的でなお入手しやすい材料で作られている。彼の説明はわかりやすくて、参考になった。ここへもう一組のサポーターで、行きに会いそびれてしまったラフとマイカも来てくれた。彼らは、NPOで働いていて、これからBDFの精製所を作ろうとしているそうで、僕たちのプラントとローレンスのプラントを同時に見学できて、喜んでいた。彼らも同志だ。

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夜はハルミさんのお宅にお世話になった。最後の最後まで、お世話になりっぱなしだ。遅く着いた僕らに、「うちはね、割と人が遊びにくるから平気なの。」と言いながら、鍋焼きうどんまで作ってくれた。

廃油回収 6L
BDF 114L 
走行距離 103km
お世話になった人たち:ハルミさん、ガス、ニコラス、マコ先生、ダン、仁茂田夫妻、ローレンス、デボラ、ラフ、マイカ

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エンジン&エネルギー研究所

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3月24日(月)晴れ ボールダー→フォートコリンズ

崩れそうだときいていた天気は、終始僕らの味方をしてくれて、一晩雪化粧程度に降っただけで今日はまた快晴になった。明日はフォートコリンズでコロラド州立大学の学生たちとの交流があるので、今日中にフォートコリンズに入ることにした。

その途中、かねてからコンタクトのあった廃油の回収会社ロッキーマウンテン・サステイナブル・エンタープライズを訪ねる。この会社は設立されて3年、従業員28名の小さな会社だ。ビールダーのオフィスから駆けつけてくれたマーティンをはじめ、工場のスタッフみんなで歓待してくれた。バイオディーゼルを作りたくて作ったものの、廃油の回収がうまくいかず、方針をかえ、とり合えず廃油回収に焦点を切り替えてベース固めをしているのだそうだ。(以前コロラドには、バイオディーゼルの精製会社が彼らを含めて3軒あったのだが、さまざまな事情ですべて閉鎖されてしまっているとのことだ。)各レストランにあずけている回収用のドラム缶を毎週洗浄するという徹底ぶり、現在のところ一ヶ月に7万ガロンの廃油を処理していると聞いて、彼らの意気込みが感じられる。きっと廃油を誰か他の人に売るのではなく、自分たちでリサイクルしてバイオディーゼルを作り始める日も近いのだろうと思った。実際の話、もう工場の建設予定地は決定済みだそうだ。費用を捻出している最中だということだった。いつの日か、彼らの手でバイオディーゼル燃料を作って販売する日がくることだろう。

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ハルミさんらの先導で、フォートコリンズへ向かいI"25を約50km北へ走った。午後3時、コロラド州立大学に到着。今日は大学にあるエンジン&エネルギー研究所を訪問しつつ、明日のイベントをホストしてくれるフランス人大学院生ニコラスと会う約束になっていた。1990年に設立されたこの研究所は、さまざまなエンジンと燃料(エネルギー)の開発実験(特に二酸化炭素の排出量を減らすための装置改良)を主にてがけているそうで、中では大学院生たちが研究と実験にいそしんでいた。案内してくれたシンディをはじめ手のすいている人たちが、僕たちにもわかるように内容を噛み砕いて研究内容を説明してくれた。

はじめに話を聞いたのは、金属のパイプ(実際はガスのない地域で使われている料理用簡易コンロと薪ストーブの改良が目的)の温度によって、木を燃やして出る二酸化酸素などの性質が変わるかどうかの実験についてだった。「今日の結論は、外壁の温度が低いほうが有害ガスの発生が少ないということだよ。」ということだった。

シンディの研究は、原料油によってどうバイオディーゼルの性質、特に排気ガスの性質が異なるかということらしい。現在は研究費用を工面するべく、さまざまな企業や研究機関をあたってサポートを探しているとのことだった。この二児の母は、「うちの主人はとても協力的なんだけど、彼の両親は本音をいうとエンジニアの嫁は欲しくなかったらしいわ。でも子供が生まれたら、とても協力的になったの。」と微笑みにながら、難しい化学方程式や機械の話をゆっくり丁寧に説明してくれた。

彼女と僕らのホスト、ニコラスは一部共同で研究をしている。彼は、キャノーラに似ているカモリナという植物を中心に、コロラドの地にあったバイオディーゼルの原料を探求している。同じ植物の違う種類を8苗ずつ違う環境で育て、適応性に優れていたものを掛け合わせていくのだそうだ。植物の成長を何世代も見守るという気の遠くなるような毎日の積み重ね作業と、そうやって一つ一つ課題をこなして地球環境を良くしようといういう大きな構想。この二つの要素がバランスよくあいまってはじめて、未来の扉が開かれるのだろう。彼の努力をみていると僕らが地道に油を集めて前へ進むことがそんなに難しいことではないように思えてきた。

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夜は、ガスとハルミさんの計らいで、明日のイベントの前祝いと称して、昼間研究所を訪ねたメンバーでのホームパティとなった。お二人の手料理でカラフルな前菜の数々とカレーライスをいただいた。ニコラスはパンの塊を取り上げると、「フランスではね、パンを切るのは男の人の役目なんだよ。小さいころから、ナイフを預けられて練習するんだ。」と上手に切り分けてくれた。もちろんうまいチーズも食卓に並んでいる。
彼らとは何ヶ月も前からスケジュールの変更や調整に悩み、一緒に苦労してきたので、彼らと一緒にこんな楽しいひと時を持つことができたことに、心から感謝した。

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廃油回収量 0L
走行距離 89km
お世話になった人たち:ハルミさん、ガス、マーティン、マーク、ジェイソン、デュワイン、ジャン-ニコラス、シンディ、ダン、ゲイル

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雪景色の朝

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3月23日(日)晴れ ボールダー

美しい雪景色の中、日の出とともに起床。今日も燃料精製の一日だ。寒さでイオン交換樹脂が作動できるように表面をアルミホイルで巻き、熱線で暖めながらケアしなければならない。また、廃食油が固まらないように鍋で油をヒーティングしてプラントのタンクに注ぎ込まないと油がフィルタ"を通さないのだ。

マキさんが玄米粥の健康的で栄養満点の朝ごはんを作ってくれた。彼はボールダーに来て、自分の店を出そうと思いレストランで料理を覚えたのだそうだ。話ながら次々に料理ができあがっていく。料亭でご馳走になっている気分だ。
いただきま0す!と言っておいしい朝ご飯をみんなでいただいた。

やはりコロラドは寒い。廃油のタンクへの入りが悪く時間を取られてしまう。みんなで話し合った結果、一人が長時間やるのではなく、1時間交代で担当することになった。そうすれば、ひとり2時間は他の作業に集中できる。成せばなるだ!

夕方にはボルダーに出て食料品店で買い物をした。今夜は僕らが(というよりはんプロシェフのサッチンがだけど)料理をして、夕飯をご馳走することになっていた。夕飯のメニューは、グリンピースときのこのフェットチーネ、プチトマト&枝豆とフェタチーズのサラダ、トマトスープ。ずっと旅をしていて料理のできない彼女は、短い準備時間でがんばっちゃったようだ(笑)

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廃油回収 0L
走行距離 31km
お世話になった人たち: マキさん、ニシヤマさん

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ボルダーのラジオステーション

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3月22日(土)晴れのち雪 ボールダー

今朝は、久しぶりにゆっくり睡眠をとることができた!
昨日、廃食油をたくさんいただいたので、とにかくタンクに入れる作業を進める。お世話になっているマキさんが、夕べ友達のKGNU局ラジオキャスター、ユカリさんに連絡を取ってくれ、休日だというのに録音してくれるというので、ボールダーの町に10時ごろ出かけた。

彼女のラジオステーションは、いわゆる「インディペンデント」というやつで、大企業の商業主義や政府の影響を受けない放送を、ボランティア形式で運営している。お金の方はかつかつだが、好きな音楽をかけ好きなことを言える、本来の言語の自由を守ろうとみんなが一丸となって1980年だいから続いているのだそうだ。彼女の情熱に圧倒されながらひととおりの説明を聞き、僕らのインタビューの録音に入った・・・のはよかったが、(当たり前ながら)彼女は突如として英語で話し始め、僕とタツヤはギョッとしながらどうにかこうにか質問に答えた。もちろんサッチンが言葉のほうはいつもカバーしてくれているけれど、自分のメッセージは自分の声で伝えなくてはと実感。

今夜は、デンバー総領事館の方たちとの夕食会で、夕べと同じナオさんの経営するもうひとつの店AMUへ。6時半の待ち合わせだった。AMUはZANMANIの隣にあり、こちらは居酒屋で、静かに食事ができる。隣のエネルギッシュな雰囲気とはまた違いとても和やかな会となった。総領事も気さくな方で、話がはずんだ。今日もまたふけてゆく。充実した一日だ。

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廃油回収 0L
走行距離 32km
お世話になった方たち:マキさん、ユカリさん、ナオさん、山上さんご夫妻、久保総領事ご夫妻、ハルミさん

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コロラド大学で交流会

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3月21日(金)晴れ デンバー→ボールダー

お世話になった長谷川さん宅を出て、9時前にボールダーへ向かった。彼女には朝ごはんのみならず、お昼のおにぎりまで作っていただき感謝感激だ。ボールダーまでは36号線を使って約50km。10時前に到着した。ジョー&カイルとの約束は11時だから、少し時間がある。イベント前だし、洗車することにした。

油に砂が付着した汚れは、かなり手ごわい。洗車場でノズルから出てくる洗剤とプレッシャーのかかった水だけでは、何も落とせない。油がたれて固まってしまったところは、手袋をはめた手で直接こするのが効果的なようだった。タツヤがこしこしやると、やっと汚れの筋がなくなった。

会場であるCU(Colorado University)では、ジョーとカイルが待機してくれていた。特別な許可を取り、構内の一角に車をセットアップした。大学は春休みの時期で翌日の22日からブレイクに入る。しかもこの週末は、イースターサンデーの週末。多くの学生が早めに帰郷したりして、関係者の方々は足を止めてくれる人がすくないのではないか、と懸念していた。準備をしていると、今までメールだけでやり取りしていた面々が顔を出し始めた。名前を聞くと「あ、あなたが!」という感じで、なんだか初めて会ったという気がしない。みんなとても熱心だし、油の集まり具合をきにしてくれたり、僕らの疲れを気にしてくれたりと、ありがたい限りだ。

今日は日本クラブの学生たちや日本補習学校関係者、そして領事館関係者と日本語オーケーの人が多かったので、いつもと形式を少し変えて、日本語ですべて説明してから、サッチンが英語でプラントの解説などをまとめてした。途中立ち止まって話を聞いたり、質問してくれる人もいた。踏み込んだ質問が出てうれしい。校舎に入って、プロジェクターを使って写真のスライドショウをしたのだが、機械的な不都合があったのに、だれも気にする様子はなく時々笑いも交えて、僕らのこれまでの旅の様子を知っていただくことができた。来る前に一番心配だったのは天候なのだけれど、イベントが終わるころに風が強くなって来たくらいで、何も心配いらなかったので、とても助かった。

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イベントの後、大学にバイオディーゼルクラブがあると聞いて、そこの現在の主催者ジョシュに会った。今まで彼らの活動は、廃油を学校のカフェテリアから回収し、業者に引き取ってもらって、バイオディーゼルの製造業者から燃料を買い、構内を走るバスをバイオディーゼルで走らせるというものだ。実際僕らも到着した際、バスに "Powered by Biodiesel." の文字がバスについているのを見ていた。業者を二回も通して面倒だし高くつくので、現在少しずつではあるが、トレイラーを改造してバイオディーゼルのプラントを作っている最中だと言う。

どうやって費用を工面しているのかという問いに、とてもおもしろい回答がかえってきた。キャンパス内にバイオディーゼルのバスを走らせるための燃料をつくるプラントを建てたい、賛同者はいくらぐらいなら出してもよいと思うか。そんなアンケートをした後、例えば「ひとり50セントのカンパ頼む!」という広報をする。コロラド大学には、約30000人の学生が在籍しているので、その3分の1が賛同して50セントずつカンパすると、5000ドルを回収することができる。そうやって彼らは、このプラントを作っているのだそうだ。完成までにはまだ時間がかかりそうだったが、ジョシュは目を輝かせて僕の話を聞いてくれた。そう、ぼくだって多くの人に不可能だと言われつつ、自分で費用を工面してこのプラントを作った。心から彼らのプランの成功を祈った。

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この夜は、廃油を提供してくれたSushi Zanmaiで夕食をいただいた。オーナーのナオさんと元オーナーのマキさんはヒッピー時代からの古い友人だそうで、イベントにも顔を出してくれた。「うちはすごいよ!」というナオさんの言葉の意味が、昼間のイベント会場で印象に残ったが、「どういうイミ?」とちょっとけんとうがつかなかった。かわりネタが多いのか?すしがでかいのか・・・?

ボールダーのダウンタウンにある「すしザンマイ」は、それほど大きなフロアではない一見フツウのすしバーだった。内装は結構凝っている。でも、ドアを開けた瞬間から異常なほどの熱気があふれていた。席につぃてすしの注文表を記入し、ナオさんが選んでくれた料理をつついていると、急に電灯がくらくなりカウンターにスポットライトが当たる。と、ついさっきまですしを握っていた青年たちが、ギターやマイクを片手に「イェーイ!みんなぁ、盛り上がっているかい?」と叫ぶ。瞬く間にレストランは、ライブハウスと化しロック演奏が始まった。これがなかなかどうして、素人の僕でも違いがわかるほど上手い。よく聞いてみると、彼らはプロのミュージシャンなのだそうだ。「うちはね、すしシェフの面接のはじめの質問が、すし暦何年?じゃなくて、何か楽器できる?なんだ。」とオーナーが笑いながら言う。短時間の間に、すっかり店全体を巻き込んでロックミュージシャンをやったシェフたちは、数十分後には何食わぬ顔して日本人好みのきちんとしたすしを握っていた。

とんでもなく楽しい人たちと出会ったものだ。(レストランに着く前に、実は燃料切れのランプが点灯していた僕らは、そのままいったらはこの夜を楽しめなかったかもしれない。でも、バイオディーゼルを自宅で作っているローレンスが、デンバーから燃料のおすそ分けを持参してくれた。お陰で心置きなく、夕食を楽しむことができた。もちろん彼と奥さんのデボラも、この「すごい!」すし屋でのパーティに加わっていた。)

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廃油回収量 38L
BDF   76L
走行距離 133km
お世話になった人たち:長谷川さん、ジョー、カイル、ステファン、アダム、ハルミさん、ヒロミさん、ジョシュ、山上さん、まみこさん、井沢さん、知子さん、ナオさん、マキさん、ローレンス、デボラ

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ついにデンバー到着

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3月20日(木)晴れ サンタフェ→デンバー

朝、コロラドでの寒さを考えて燃料に流動点降下剤を添加することにした。準備を整え、午前9時にサンタフェを出発してコロラド州デンバーへ向かう。600kmを普通の車なら7時間あれば十分だ。でも僕らは燃費走行を心がけているので、およそ55マイルから60マイル(フリーウエイだとこのあたりでは75マイルが最高制限速度だ)くらいで走行するため、休憩もいれたら9時間ほどかかると覚悟していた。デンバーでは以前からメールでやりとりをしていたサポーターたちが待っていてくれる。
僕らのルートを見た方は、僕らのコロラド行きを「寄り道」「回り道」と思われるかもしれない。でも、僕らにとって北上してコロラドへ行くのは、必然のことだった。サッチンの知り合いのデンバー総領事館の方たち(山上領事、長谷川さん、真美子さん)とのご縁で、コロラドのいろいろな方達に話が伝わり、早くから積極的なサポートの話が集まっていた。このプロジェクトは廃食油を集め、精製をしながら走るためスケジュールが読めない。そんな僕らを辛抱強く待っていただき、本当にサポートしていただいて、今夜会えると思うと気がはやってしまう。

インターステーツハイウエイ25をひたすら北上していると、今までにないすばらしい燃費を記録することができた。リッター10km以上だ。しかも予定より早く到着できた。そこで、まずは総領事館へ挨拶に行く。忙しい中我々を待っていてくれた総領事が歓待してくれ、とても気持ちよい滑り出しとなった。

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「DOMOレストラン」での夕食会は、本間さんとエミリーさんいう合気道の先生ご夫婦が経営する、手作りでユニークな日本食レストランだ。日本のことを知って欲しいからと、自分たちが日本へ帰るたびにすこしずつ持ち込んだ民具や家具がところ狭しと並ぶミュージアム、毎日活発に稽古が行われる道場、世界で合気道を通して人道的活動をするネットワーク(AHAN)の事務局、そしてユニークなインテリアと日本庭園で田舎料理を堪能できるレストラン。本間先生のユートピアとでも言おうか、彼の人柄と人生哲学が伺えるあたたかくてたのしい空間は、とても居心地がよかった。残念ながら、本間先生はAHANの活動で不在とのこと。でも、メニューを僕たちのためにわざわざ指示してくださり、もちろんたくさんの廃油をいただいた。

ここで翌日のCU(コロラド大学)イベントでお世話になる、コロラド大学の日本クラブ会長ジョーとカイル、彼らとともにこのイベントを計画してくれた日米協会ステファンらと顔負わせができた。日本語を話せる人が多かったので、僕らもほっとしてとても和やかな懇親会だった。ゴーヤーチャンプルーから、豆乳の鮭鍋まで、料理も抜群だったよ。

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廃油回収量 76L
走行距離 680km
お世話になった人たち:山上さん、長谷川さん、池田さん夫妻、本間さん、エミリーさん、ステファン、ジョー、カイル

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サンタフェで燃料精製

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3月19日(水)晴れ サンタフェ

とにかく燃料精製の一日。夜、ショーコカフェという日本食レストランに廃油をもらいに行くと、シェフたちが面倒がるしフライヤーを洗うので水が混ざるかもと言われた。でも、厨房のシェフのマサさんのはからいで、廃油をいただくことができた。感謝です。

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廃油回収量 21L
走行距離 0

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キャニオンディシェイ

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3月18日(火)晴れ ツェイリ→サンタフェ

荷作りして外に出ると、地面いっぱいに霜がおりていた。気温マイナス5度だ。標高が2000m以上と聞いているから、寒いだろうと覚悟はしていたが、まさかアリゾナでシアトルやポートランドより寒い朝を迎えるとは、とても意外だった。BDFは寒いと固まってしまい、エンジンがかかりにくいし無理を強いればエンジンをいためてしまう。もちろんそれなりにヒーティングシステムは搭載しているが、スタートさせる前にヒーターを巻きつけ、燃料をあたためた。いざ!

白い煙が少々出たが、かかりは悪くない。近くに住む知り合いのナバホの家族に寄って欲しいと言われていたので、その家を目指した。今まで他の車で運転していたときは、道のでこぼこやアスファルトのパッチなどあまり気にしたことがなかった。でも、バスコファイブには精密機械が積まれていて更に重量があるので、いかなるギャップも見逃せないで運転している。だから、ほんの数マイルの距離が長く感じられた。

住所や目印になる建物はないので、記憶をたどってどうにかその家にたどり着いた。待ちかねていた家族は、上着もきちんと着ないまま外へ出てきたくれた。おばあちゃんまで物珍しそうに車を見に来て、「ニジョーニエ(かっこいいね)」と言ってくれた。廃食油で燃料を作って走っているというと、目を丸くして両手を広げて肩をすかせてみせた。ユーモアのセンス抜群だ。しばし車談義に花を咲かせ、別れの時が来た。

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タツヤはキャニオンディシェイが初めてで、僕もサッチンも大好きなのでぜひ行きたいと思っていた。でも、燃料の量と時間を考え、泣く泣く諦めた。こんなこともあるさ。またゆっくり来たいものだ。

12号線を南下しウィンドーロックに着いた。唯一のホテルにあるカフェテリアで食事をしようと車を停めると、一人のナバホの男性が僕らの車を食い入るように眺めながら近づいてきた。「バイオディーゼルで走っているのか?」(失礼ながら)意外な質問にあっけにとられていると、彼のほうから説明してくれた。彼はナバホ族の政府で働いていて、エネルギー関係の部署にいるとのことだった。最近新エネルギーのコンファレンスに参加し、そこでハワイでバイオディーゼルの原料になる植物を栽培・販売している人に会った。これから食事だと言うと、「じゃ、オフィスに行ってその資料を持ってきてやるよ。」と走って消えていった。

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バイオディーゼルは、化石燃料から作った燃料にくらべて、はるかにクリーンだ。でもよく非難される点は、食料や飼料になるものを原料にするケールだ。僕らはあえて廃油にこだわって燃料を作っているがさらに食べ物ではない原料や育てるのに広大な土地を必要としない次世代の原料をリサーチしている。だから、ここでそんな情報が手にはいるなんて、「プレザント・サプライズ(うれしい驚き)」だった。

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ルート66号線沿いに走るI"40に、ギャラップから乗る。ニューメキシコに入ったぞ。ここでひとつ心配事があった。もちろん「燃料」だ。今日はサンタフェまで走るが、あさって20日にはコロラド州のデンバーまで600km以上の走行予定だ。どうやっても燃料が足りない。しかも着いて早々サンタフェでどれだけ廃油を集められるのか・・・。

今までできたネットワークを使って、いろいろ声をかけたところ、フラッグスタッフのエドがサンタフェの近くでバイオディーゼルを作っている人を紹介してくれた。親切なブライアンは、自分の集めた廃油を少し分けてくれるという。何て親切な!とにかくサンタフェに着けばどうにかなる。そう思うと早くサンタフェに着きたくて気がはやるが、ここは燃費走行に徹底せねば!

廃油回収 106L
走行距離 519km
お世話になった人たち:ジェリー、オードリー、オーランド、リタ(ナバホの家族)、ブライアン(廃油)

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3月17日(月) 雪時々くもり モニュメントバレー→ツェイリ

夜通しフィルターを回したので燃料ができ、ほっと一息いれてから宿を出た。くもりがちなので、どうも朝日を拝むことはできそうもない。とにかくバレーに向かい、中へ走り進んだ。ここもまた世界に名を馳せる有名観光地だ、夏だったら人が多い。でもさすがにこの時期は、モニュメントバレーも風吹きすさぶ砂漠の荒野と化しているようだった。

でも雲からこぼれた陽が差し始めると、岩やメサはやわらかいうすピンクに色づき、今まで僕が見たどのモニュメントバレーより、ひかえめでしとやかな美しさを醸し出していた。

ちょうど遠くの曲がりくねった道に、他よりわずかに光に照らされた場所があるのが見えた。僕とタツヤは思わず「よしっ!」と、バスコの撮影をすることにした。ビデオは三脚で回しっぱなしにし、僕は自分が動きつついろんな角度からモニュメントバレーの懐へはいる車の姿を追った。日本人の観光客に話しかけられ、僕たちも記念写真をお願いして撮ってもらった。

スリーシスターズはうわさどおり、真ん中のシスターを失っていた。一人欠けてちょっと可哀想だなと言うと、サッチンは「でも、三人に分かれるまえは、何か他の形だったんでしょう?風化しているんだから、当たり前よ。」と言う。確かに僕らは変わり行く自然を、いつまでも変わらずそこにあるものと思いがちだ。時を止めることもできないが、風化や自然の現象を勝手に早送りして壊す権利も、僕たち人間にはないのだ。

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そうそう、ここはアリゾナ州なのだけれどナバホ国に入ったので時計を合わせた。(アリゾナは山岳地帯の時間帯になるが、サマータイムを実施していないので、西海岸時間帯と同じ時刻になる。一方ナバホ族の居留地は4つの州にまたがって位置するので、サマータイムに従っており、他のアリゾナより一時間早い時刻になる。この説明でわかるかな??)

キャニオンディシェイの近くで、知り合いの家に泊めていただくことになっていたのだが、急にお客さんが来てスペースがないと言われ、ツェイリにあるディネカレッジのゲストルームに泊まる事になった。燃料が足りないのでカフェテリアへ直行し、油を分けてくれないかと交渉する。前もって電話した時には渋い顔をしていたマネージャーも、実際に会うととても親切で、スナックバーのほうの油なら分けてやれるから夜の7時にもう一度来るように言われた。

ここは4年制の大学で、敷地内にいくつか寮の建物があるのだが、そのひとつを家族の訪問や見学者に開放している。ハウジングの担当のシャロンは、とても親切に駐車場の便宜をはかってくれた。精製作業をしていると、実は子供たちの父親が日系なのだそうで、8分の1日本人の血が混ざっている子供たちに、ぜひ会って何をしているのか話して欲しいと連れて来た。シャンテオとリーバイは、興味津々に話をきいてくれた。急な予定変更だったのに、予想外の歓待を受けてとてもうれしかった。でも、今夜は冷え込みそうだ。

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廃油回収 20L
走行距離 239km
お世話になった人たち:シャロン、シャンテオ、リーバイ

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神秘のキャニオン

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3月16日(日)晴れのち雪のち曇り ページ→モニュメントバレー

ページは世界のハブ(中心)といわれるだけあって、すばらしい自然の名所が近辺にあふれている。せっかく滞在を一日延ばしたのだから、いくつか好きな場所に寄り道したいと思い、朝出掛けにサッチン、タツヤを誘ってホースシューベンド、アンテロープキャニオンへ行った。

ホースシューベンドについた頃雪が舞い始めたが、青空を反映するまでもなく、馬蹄形の曲がりは以前と変わらず、シンメトリの美しい深い青に輝いていた。思わず息をのむ。

アンテロープキャニオンへ入るには、数マイル砂地をドライブして行く。本来はガイドの車でのみの侵入が許されているのだろうが、シーズンオフということもあって規制がなかったので、僕たちはそのまま前進した。砂地の運転には慣れているが、バスコファイブはかなりの重量オーバーだから、慎重に進んだ。このキャニオンは上から見るのではなく、亀裂のなかに入っていけるのが特徴だ。流線型の襞を縫うように足を踏み入れる。わずかに見え隠れする空と光が、流れる地層とあいまってなんとも神秘的だ。外は曇りで雪交じりなので、光がとても弱いのだが、そのやさしさがまた美しく、光に癒されながらシャッターを切った。

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アンテロープキャニオンを後にして、ぼくたちは次の目的地モニュメントバレーに向かった。途中急に黒い雲が立ち込めて吹雪となった。どうしよう。このまま大雪に巻き込まれるのは、たまったものではない。引き返そうか・・・?タツヤとぼくは少しだけためらったのだが、サッチンにたずねると「局地的だから大丈夫。」との返事。それを信じてしばらく雪の中を走ると、どうして、本当に雪は止んでしまった。

そうは言っても、日没のころ目的地についたのだが、黒い雲に覆われて夕焼けをみることはできなかった。バレーにある唯一のモーテルに宿を取り、明日に期待しつつ床についた。

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廃油回収 0L
走行距離 259km

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レイクパウエル

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3月15日(土)晴れのち曇り ページ

パウエル湖は、アリゾナ州ページにあるグレンキャニオン国立レクリエーションエリアにある。僕は12年ほど前に訪れ、水の深い蒼さと赤茶色の峡谷の造形美に魅了されたのを記憶している。

今朝は人の紹介で、この地に住み着き、周辺の自然をひたすら撮り続けている写真家、ギャリー・ラッドさんと会う約束になっていた。オハイオ州生まれの彼は、当年とって60歳。1970年代から南西部に移り、グランドキャニオンやグレンキャニオンの魅力に惹かれた。以来、前人未踏のキャニオンを歩きまわり、4×5を担いでシャッターを押し続けているのだそうだ。(ちなみに今でもフィルムを使って写真を撮っている。)

ギャリーに寄ればグレンキャニオンは、グランドキャニオンとほぼ同じサイズ。同じだけ美しいのに、世界の注目をうけなかったためあまり保護されていず、ダムができたり発電所ができたりと、理不尽な扱いを受けてきたのだそうだ。例えば1955年、アメリカがこの地域の開拓案を打ち出したとき、2つのダム建設が予定されていた。このグレンキャニオンとコロラドとユタの州境いあたりに位置するダイナソー国立記念公園だ。その時サンフランシスコを拠点とするシエラクラブという環境保護団体が、ダムの建設に反対した。どこにもはっきりとした証拠はないのだが、どうもこのとき何らかの取引がなされたようで、ダイナソーはダム建設をのがれ、グレンキャニオンにはダムが造られた。その後1960年代半ば、発電所の建設のため、グレンキャニオンにもう2つのダム建設計画が持ち上がった。しかしこの時は、以前にくらべかなり勢力を増していたシエラクラブが全力で闘い、ダムの建設を逃れた。しかし、すでに発電所の建設を予定していた電力会社がそのままひきさがることはなかった。それで、キャニオンの近くに石炭の発電所が建てられた。1966年のことだ。(写真の中でレイクの向こうに黒い煙突から白い煙を吐いているのが火力発電所だ)

こんな歴史に心を痛める反面、彼はその変化を受け入れ喜びにかえているという。「ダムは自然の生態系を壊す。もちろん人間のエゴさ。でもそうやって水をせき止めたせいで、私はそれ以前には水面下にあって、決して見ることのできなかった地層や地形の美しさをみることができた。アーティストとしては、幸運だったのかもしれないな。」パッシブソーラーを利用したサンルームのある自宅で、彼の作品を見せていただいた。「この写真が雑誌に載って、プロのカメラマンになることに決めました。」 と言って出してくれた作品は、この世のものとは思われない、神秘的かつ劇的な雷光を捉えたものだった。

彼に案内をしていただいて、湖まで道なき道を歩いた。さすが普段から歩いているとみえて、ギャリーはまったく年を感じさせない早い足取りだ。湖の水かさは、10数年まえ僕が訪れたときと比べると、かなり減っているのに気づいた。ギャリーの話では、2000年ぐらいから水位の減少が目立ちはじめ、2003年までにはそれまでの平均水位の25%ほどになったのだという。もちろん毎年の降雪量に左右される水位というのは、自然の摂理でアップダウンは予想されることだ。でも、この減少は尋常ではない。慎重派の彼も、「絶対そうだと盲目的に決め付けたくないが、地球の温暖化など他の地域た起こっていることと、関係がないと考えるのは難しいと思うと語った。

ギャリーとは、午前11時に別れる予定でいたのだが、すっかり気が合いいろいろ話をした。分かれた後、ダムの見学などしているうちにモニュメントバレーまでいくのはやめてページに宿泊することにした。ロスから同行取材していた日本テレビのクルーとはここで一旦お別れすることになった。山口さん、横瀬さん、中村さん、ご苦労様でした。

この後、モーテルにもどりさっそく燃料の量の精製に入った。

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廃油回収量 0L
走行距離 47km
お世話になった人たち:ギャリー

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グランドキャニオンへ

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3月14日(金)晴れ フラグスタッフ→ページ

6時に起きてグランドキャニオンに向かった。朝日を見るために国立公園の中に泊まるという案も出ていたのだが、フラグスタッフに夕方到着したので、無理を押して夜遅く到着するより、燃料精製に労力を使おうという結論に至った。朝、寒さでエンジンがかかりにくいのでヒーターを使って燃料フィルタ"とホースを暖めた。白い煙を吐きながらエンジンは一発でかかってくれた。日の出は道すがら斜め後ろに眺めながら、走り続けた。朝日に背中を押してもらいながらの走行も、悪くないものだ。
大きな針葉樹の合間を縫って、雪景色を横目に走る。ビデオを撮るためにタツヤが窓を開ける。ひゅ0っと冷たい空気が入ってきたが、天気がよいので気持ちよい。

グランドキャニオン国立公園に到着すると、まずはヘリコプターの手配をした。20億万年かかって削り取られた地球の裂け目をこの目で見てみたいと思ったからだ。
冬に訪ねるのは初めてだったので、見慣れぬ雪がちらほら残る景色がもの珍しかった。ヘリコプターライドは、以前にも乗った事があるルートだったので同じ景色を違った観点から見ることができた。一部雪をかぶった白いキャニオンに見せられた。しかし、乳濁色に濁った川の水量がどうも以前よりへったように思えてならない。僕らが地上に降りると、留守番していたサッチンはドイツから来ている11人のバイカーたちと意気投合し、ハーレーに魅せられたようだった?!

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キャニオンに戻って更にいくつかのポイントをまわり、崖っぷちで朝食をとっている人たちと話をしたり、「やっぱりコロラド川をいかだで下りながら、キャンプ旅行3週間がいいね。」なんて言いながら、むき出しの地球が紡いだ時間を肌で感じた。ここは確かに有名な観光地だ。時間がないのに、ちょっとばかり断崖を見下ろしてもしょうがないのかも知れない。車で下に降りていったり、キャンプをしたりするほうがよいに決まっている。でも僕としては、この旅でここに来るのは重要なことだと思っていた。地球でのよりよい未来を築くには、地球の過去を知ることに何かヒントがあるような気がする。それに何といっても、あんな壮大な地球の姿を目の当たりにして、これを守りたいと強く願わぬ人がいるだろうか?手すりも何もない崖っぷちに近づいて感じるあの畏敬の念を、胸に焼き付けてグランドキャニオンを後にした。

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ここからキャメロンという町に抜け、一路ページを目指して北上した。大きなメサが次々に連なってゆく。後部座席は狭いので、長身の僕とタツヤが座るのはちょっとキツイ。でもかねてからの念願を叶えるごとく、サッチンがハンドルと握ることになった。リズミカルな音楽に合わせて踊りながら楽しそうに運転する彼女を見ていると、燃費のことが気になりつつも、僕らにもその楽しさが伝染してきた。が、途中撮影をして再発進しようとすると・・・。おっと、燃料切れだ。ページまであとわずか数十キロ。あわてて給油して、ページには夕暮れ時にたどり着いた。まだ宵の口だ。宿が決まると、早速精製に入った。

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廃油回収 0L  走行距離 423km 

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警察官もバイオディーゼル

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3月13日(木)晴れ ピーチスプリングス→フラグスタッフ

朝、ネイティブアメリカンを中心に「母なる地球の清掃 Clean Up Mother Earth 」を使命とし、「命あるものはすべて神聖なり ALL LIFE IS SACRED 」というメッセージを掲げて西海岸のサンフランシスコからワシントンDCに向かってあるくロンゲストウォークに合流した。実は数年前からこのウォークに参加しようと考えていたことがあった僕はぜひアメリカ横断中に彼らに合流したいと思っていた。また、このウォークのリーダー、デニスとも昨年10月日本で会って再会する約束をしていたのだ。友人や日本山妙法寺のジュンさん達にも会え、再会を喜んだ。

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フラグスタッフは、グランドキャニオンまで160kmほどの山の町だ。午後はこの町のバイオディーゼルユーザー、エドに会うことになっていた。エドはアップルシードと呼ばれる、お湯のボイラーを利用してバイオディーゼルを精製するシステムを自宅に作り、この寒い地でバイオディーゼルを使って車を走らせている。仕事柄(彼は自然管理委員会で仕事をしている)バイオディーゼルのリサーチも詳しくしており、話を聞くととても興味深かった。

でもそれ以上に興味深かったのは、裏庭にある自分で建てた小さな小屋で自分のシステムの説明をする時、彼は夏休みの工作課題か何かを自慢そうに見せる子供のように無邪気になったことだ。この旅を始めて以来、僕らは多くのバイオディーゼルのホームメーカーたちと会ってきた。印象に残るのは、みんな例に漏れず穏やかで知的かつ行動的なことだ。彼らは環境を考え、自分の手を汚して地道な作業を繰り返し、自分の燃料をつくる道を選択し毎日生きている。僕らもこのプロジェクトを通して同じような経験しているわけだけれど、これもまた自給自足の道だ。頼んであるレストランに定期的に廃油を集めに行き、時間のかかる精製(一回に作る量はまちまちだが、たいてい一回に3日ほどかけるのがふつうだ)を計画的に行い、それに合わせて燃料も計画的に使用する。自分が休んでいる間に誰かが燃料を作ってくれるわけではないから、一滴一滴が貴重なエネルギーだ。

そして、彼らはこの一見面倒で汚い行程を楽しんでいる。僕の持論もこれに呼応する。どこかに遊びの要素というか、楽しいという喜びがあると人間はずっと続けることができる。「苦」が「楽」になる。だから、彼らはこの燃料を自分で作るということを、心から楽しみ、日々実験・改良を繰り返し続けている。持続可能な生活というのは、こんな意味もあるのかな、エドの輝く目を見て思った。

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廃油回収 45L(エビスより。ピックアップした)
B100 53L
走行距離 388km
お世話になった人たち:エド、トニー(警察)、ウェイン(油受け入れ)

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サウスウエスト

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3月12日(水) 晴れ ブライス_ピーチスプリングス

今日は北上移動日だ。300kmほどなので、朝は多少ゆっくりすることができた。このあたりまで来ると、赤やべージュの美しい岩が道の両脇に現れたり、丘を越えて下り坂に入ると視界が急に開けて壮大なメサと砂漠、そして大きな青空が目に飛び込んでくる。

サッチンは、アメリカ南西部が大好きとニコニコ喜んでいる。確かに、この開放感に何とも言えぬ懐かしさを覚えるのは、なぜだろう?

さっそく、アリゾナの砂漠を走るバスコファイブを撮影しようと崖に登った。今日はインターステイトの走行が少なく、好きなところで止まれるのがありがたい。目指すはワラパイインディアンの地、アリゾナ州ピーチスプリングスだ。やはり旅を続けているネイティブ中心のグループが、2月11日にサンフランシスコを出発して、今このあたりにいるというので合流しようと思っていた。僕らは、そのうちの何人かと顔見知りなので、会うのが楽しみだった。

夜10時ちかく、彼らのいる宿泊所に着いた。携帯電話の通じない地域なので、連絡がつかず今後の予定などわからずにいたのだが、建物の中に入るとサッチンの友人がちょうど出てきて教えてくれた。

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廃油回収量 0L
走行距離  344km

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ソルトンシー

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早起きしてエコビレッジの部屋を掃除し、別れを告げた。10日もお世話になった。お陰で2つある燃料タンク(合わせて185L)、反応タンク(40L)そして廃油のタンク(100L)はすべて満タンだ。しかも、車の中には20Lx2=40Lの燃料が、ジェリー缶の中に貯めてある。これだけあれば、グランドキャニオンにはいけるのではないか?そう思うと、3人とも何だか懐が暖かい。

今日は、カリフォルニアとアリゾナのボーダーぐらいまでを目指す。400km以上走ることになるだろう。I"10沿いには、とても興味深い発電用の風車群が集まる地帯がある。そこで、すこし寄り道して撮影した。

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午後1時近く、ソルトンシーに到着した。遠くから見ると、とても神秘的に水蒸気の立ち上る塩水の湖は、近くに寄ると塩分の増加によるといわれるが、無数の魚の屍骸が細かい貝殻でできた浜に打ち上げられていた。塩水のせいか、かなりキツイ匂いだ。この辺りははるか昔太平洋とつながっていた。土地の隆起により海から離れ、淡水がたまり始めたものの、砂漠化にともなって干上がり、塩だけが残された。その後、大雨が16ヶ月も続いたことがあり、また水がたまったのだが周囲の土壌にある塩分が混ざり塩湖となったのだそうだ。近年さまざまな理由から塩分濃度が増し、比較的塩分に強いとされているタラピアさえ死ぬようになってしまった。

ここに37年住んでいるという、ジャックさんの話をきいた。彼のお母さんのアルバムの中に1976年の写真を見つけた。当時この近辺は、ヨットハーバーと釣りを中心に栄えたリゾート地だったのだそうだ。「毎日湖で泳いで遊んでいたよ。」と、今では残骸と化してしまった当時の桟橋を指差し、写真の撮られた位置を教えてくれた。変わり果てたとは、こういうことを言うのだろうか。

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午後3時過ぎ、更に東へ向かう。この先に、実は僕とタツヤにとってはとても思い入れの深い場所が待っている。メキシコとの国境近く、カリフォルニアとアリゾナの州境に、僕らのお気に入りの砂丘地帯がある。10階建てのビルほどもある真っ赤な砂丘は、サハラ砂漠を思わせる。バスコファイブでぜひ訪れたいと念願していた所だ。

日没ほんの少し前に着き車を走らせ、日が沈んでからは徒歩で中に入って砂遊びを楽しんだ。砂地を歩くには、コツがある。砂漠を怖がって力を入れ闘ってしまうと、体がすぐに疲れてへばってしまう。でも、リズム感を持って身を任せると、砂は柔らかくあたたかい。裸足になると、なお気持ちよい。満天の星を肴に、おいしい空気を思いっきり堪能すると、あぁ!帰ってきた・・・そんな気がした・・・。

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廃油回収量  0L
走行距離   544km
お世話になったひとたち:ナカムラさん、ジュンコさん

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サンタモニカの海岸

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午前中は写真の整理などに費やしながら、LAタイムスからの連絡を待っていた。数日前多少の手ごたえがあったので、ちょっと期待していたのだが、担当の編集長が出張中なのか連絡が途絶えてしまったからだ。先日会ったニックも、「プロジェクトを自己満足で終わらせるのは、間違っている。何かの活動を起こすには、理由があるのだろう?それを人に伝えるのも、僕たちの役目だと思わないか?」と言われ、それには僕は同感だった。今まで、あまり積極的にメディアからの注目を期待してこなかったがもう少し積極的にアピールしてもいいのかもしれないと思うようになった。このプロジェクトがただの個人的な冒険でないことは、明らかだ。
そんな思いでLAタイムスのロビーについたのだけれど、編集者の名前をいくつか出しても記者をつかまえることはできなかった。残念だ。でも、今はまだ早すぎるのかもしれないし、成り行きに任せるのが一番なのかもしれない。

夕方、バリーというイギリス人のカメラマンとサンタモニカの海岸で待ち合わせた。先日の映画上映会で会って意気投合し、きれいな夕日を見ながら少し写真の撮影をするのに付き合ってもらった。彼はここで仕事をしているので、いろいろなスポットを知っていて案内してくれた。お金にはならないけど楽しい、と言いながら自分もバスコファイブのライトアップした夜景をいくつかゲットし、満足げに帰って行った。

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走行距離 106km
廃油回収 0L
化学反応 0回

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今日から夏時間

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今日から夏時間。時計を一時間進ませた。

少しだけこころに余裕ができた。ブランチをエコビレッジの中庭でとることにした。なんとも贅沢な時間だ。猫やニワトリが近寄ってきた。これまで必死で走ってきた3人だけれど、この一ヶ月を振り返って思うこと、いろんな人と出会って感じたこと、じっくり話すじかんを持つことができた。結論はやはり、「自分にできることを、精一杯やればいい。正しいひとつの道なんてない。でも世界の人びとが "All is ONE"と実感しなくて、何ができるだろう。僕たちはある意味、それを目撃して知らせるメッセンジャーってことだろうか?

遅い昼飯の後、クルー3人でタツヤが仕上げたビデオのささやかな試写会をした。バンクーバーでの始まり部分は、はるか昔のことのようでありながら、こうやって見てみるとまた記憶がよみがえり不思議な気分だった。まだお互いのリズムに慣れていなかった3人。地元のサポーターの方たちの想い。あれからいろいろあったなぁ。

ウェブ、ブログ、その他貯め込んでいた作業が片付いてきた。他の誰とも会わない、3人だけの一日も久しぶりだ。

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廃油回収量 0L
走行距離 0km

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ロス滞在延期

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今日は遅れていたウェブとブログの更新に、全力投球の一日。タツヤは、ビデオをYou Tubeに載せる準備。油を回収し、燃料を精製しながら旅を記録するのは、今までのペースで旅をするとどうしても時間が足りない。
そこで、ロス滞在を延期することに決めた。燃料さえ十分あれば長距離移動できるから、ニューメキシコ、コロラドへは予定通り着けるはずだ。エコビレッジでの滞在も延びてしまったので、ルイス、ララに相談した。ここは自転車旅行者や入居希望者の滞在を受け入れているけれど、ホテルではない。でも事情を話したところ快く承諾してくれて、住人にはメールで知らせたらどうかと提案までくれた。

裏の駐車場の一部をずっと占領して燃料の精製をしているから、長期となると迷惑を感じる人もいるのではないか。都会のオアシスで静かに暮らしている人たちの迷惑にはなりたくない。だから、メールでお礼とお詫びができたのは助かった。

廃油が随分集まり、車のタンクはすべて満タンになった。アリゾナに行けばすぐに必要になることは目にみえているが、僕たちの車にはあまりスペースがない。でも、ベンドからカリフォルニアでの辛い経験を思い出すと、どうやっても手放したくない!という結論に至った。すると、ナカイくんの友人がユタから遊びに来ていて、僕たちの行くほうへ数日先に出かけるので、いくらか廃油を運んで欲しいという僕らのお願いをこころよく引き受けてくれた。

以前アリゾナに住んでいたサッチンは、友人に電話をかけまくり、廃油を数日あずかってくれる人を見つけた。

アリゾナでのサポーターがあまりにも少ないので、全国のサポーターにマスメールで声をかけたところ、あっという間に何通もメールが来た。みなさん、ありがとう!

廃油回収量 0L
走行距離 0km

お世話になった人たち:ルイス、ララ、ナカイくん、タクヤくん

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ハマーでバイオ

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BDFの精製中だったので、車の停めてある裏庭でピクニックをした。外でたべるご飯はうまい。こんな都会の真ん中でも、風や陽の光を肌で感じることができるのは、ありがたい。雪の中ぶるぶるいいながら、夜通し精製したのがはるか昔のようだ。(あれはあれで結構3人のお気に入りエピソードと化しているんだけど。)

エンブレムのマイクから聞いてはいたが、昨日のパーティーで会ったケイティが電話をしてくれて、今日はニックという「とんでもない冒険」の仕掛け人に会うことになっていた。彼に寄ると、何か意味のある冒険をしたい。それだけが原動力なのだそうだ。

現在取り組んでいるのは、"ZERO SOUTH" というプロジェクトだ。4台の車で各種のリニューアル可能な燃料を使って南極点へ行く。そこで撮ったパノラマの映像を、映画館のように改造した車のなかで上映し、車が南極での経験を再現する。(傾いたりするのみならず、寒くなったりする。)学校を訪ねては一度に8人くらいの子供乗り込み、実際の科学者のように扱われて役割を与えられ、南極探検に行く経験ができるというもの。資金集めをしながら、車の改造、クルー集めをしている。情熱と奇想天外なアイデア。強いコネクションを感じた。

ニックのオフィスはサンタモニカの空港にあったので、帰り道椰子の木のきれいな通りを探し、夕暮れ時のロサンジェルスでバスコファイブの写真を撮った。ラッシュアワーに入っていて、車が多かったけれど事故もなく成功!

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廃油回収量 0L
走行距離 71km

お世話になった人たち:ニック、ケイティ、クリスティーナ、マイク、バリー

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ベジーバン

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日がな一日燃料つくりに徹した。ウェブの英語版が最終段階なのだけれど、写真の整理に時間がかかっていて、まだセレクトできずにいる。みんな0!もう少し待ってくださ0い。

アイちゃんさんのご紹介のカツすしさんへ、油をいただきに伺った。作った燃料を使いたくないので、困ってタクシィを使ったら、マンハッタンビーチは思ったよりずっと遠くてべらぼうに高くついてしまった。大失敗だ。

でも、かつさんの新鮮でめずらしい食材(沖縄もずく、サンタバーバラのうに、ワフーというハワイの魚など)をふんだんに使ったおまかせ料理をいただき、懐かしい沖縄の「オリオンビール」にこんなところで再会したことに感激し、楽しい夜を過ごさせてもらった。カツすしさん、ありがとう!

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廃油回収量 40L
走行距離 0km

お世話になった人たち:カツさん、リツコさん、マリコさん

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思いがけぬ招待

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日がな一日燃料つくりに徹した。ウェブの英語版が最終段階なのだけれど、写真の整理に時間がかかっていて、まだセレクトできずにいる。みんな0!もう少し待ってくださ0い。

アイちゃんさんのご紹介のカツすしさんへ、油をいただきに伺った。作った燃料を使いたくないので、困ってタクシィを使ったら、マンハッタンビーチは思ったよりずっと遠くてべらぼうに高くついてしまった。大失敗だ。

でも、かつさんの新鮮でめずらしい食材(沖縄もずく、サンタバーバラのうに、ワフーというハワイの魚など)をふんだんに使ったおまかせ料理をいただき、懐かしい沖縄の「オリオンビール」にこんなところで再会したことに感激し、楽しい夜を過ごさせてもらった。カツすしさん、ありがとう!

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廃油回収量 40L
走行距離 0km

お世話になった人たち:カツさん、リツコさん、マリコさん

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20年ぶりの再会

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僕らが滞在しているエコビレッジが、都市型コミュニティを作ろうとしていると書いたけれど、今日は創始者であるルイス・アーキンさんに簡単なツアーをお願いした。

このエコビレッジは、前世紀初頭ミネラルの豊富な鉱泉が見つかったことでいわゆるスパとして栄えた。その後スパはさびれ、ギャンプル関係を仕切るマフィアのアジトと化し、スラム化が進んだ。1980年代に起こった暴動を覚えている人も少なくないだろう。ここは、まさにその暴動のあった地域だ。このエコビレッジは、スパのために建てられたアールデコの大きな建物を、アパートとして賃貸する形をとっている。

エコビレッジ運動というのは、柵で囲ったり建物の中に限って活動するものではないのだそうだ。近所を巻き込まなければ、自分たちだけ空気をきれいにしようとしたり、環境を整えようとしても効果はあがらない。有機栽培や自然農業をやろうと思っても、隣の畑で殺虫剤をまき放題にしていたら、何の意味のないのと同じだ。だから、ここは前を橋いている道路や、近くの店、ユースセンター、ご近所の人々と一丸となっての活動をしようと努力しているらしい。現代、個人主義が主流の西洋文明社会では、至難の業ではないか?そんな問いに、ルイスさんは「でも、何もしないより、したほうがいいんじゃない?」と言う。

道を歩いていて、車が通りかかったとしよう。あなたならどうする?「よける。」というのが僕らの答えだろう。でも、彼女は道の真ん中に立ち尽くす。にこやかにでも威厳を持って、車を無視する。「けんかを売っているのではないのよ。ただ、車を運転する人たちに、道の共有ということを教えたいの。自動的に人が車に道を譲るって、ほんとうはおかしなことでしょう?」このツアーの最中にも数台の車が通っただ、何人もの運転手が苛立ち腹をたてて通り過ぎて行った。よい悪いは別として、こんな視点もあるのだと改めて知った。

午後はかの有名な「まつひさ」レストランのNOBUさんが、廃油を提供してくれるというので、さほど遠くないビバリーヒルズの店まで訪ねた。世界に支店のある彼が、他の店からもサポートするからと言ってくれて、うれしいかぎりだ。

日系フリーペーパーの「ライトハウス」さんから、取材の以来を受けたのは、面白いことに二つのルートを通してだった。シアトルであったフリーライターのマサミさんの紹介と、ロスのサポーターナカイくんからの紹介だ。ご縁を感じ少し長く滞在させていただき、燃料の精製をしがてら他の取材も受けた。

夜はタツヤが20う0ん年前、グレイハウンドで旅していたときお世話になった、ご夫婦が経営する「風風亭」さんへ行った。「趣味だから」とおっしゃるご主人の一手間も二手間もかけた料理は、絶妙なだしとバラエティの豊富さで勝負。やられた!サッチンはニコニコご機嫌だ。

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廃油回収 20L 
走行距離 135km


お世話になった人たち:ルイス、ララ、ナカイくん、ノブさん、ユカリさん、コミヤマさん、カワシマさん、タカトリさん、ミヤコさん、ケイさん、タケシさん、メグさん、フミさん

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ロスで廃油集め

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今日は朝からサポーターの方たちを通してお願いしてあった廃油を回収することにした。バスコファイブは、エコビレッジで燃料の精製を続けなければならないので動かせない。そこで現地サポーターのナカイくんが車を出してくれた。

ロスはメトロポリタンだ。町から町までの距離が長い。だから車を出してもらえたのは、とても助かった。お陰でIKKO さん、Foo-Foo 亭さん、Ebisuさんから、かなりの廃油をいただくことができた。今までいろいろ廃油を見てきて、また廃油からバイオディーゼルを作っている人たちと情報交換をしてきてわかったのは、やはり日本食料理店の廃油は燃料作りにもってこいだということだ。てんぷらは色が大切だから油の回転が早い。通常はそれが「無駄」ということなのだろうが、僕らがリサイクルすることでリカバーできるのかなぁ。大抵のレストランが、お金を払って回収してもらっている現状だ。

午後オレゴンのベンドであったマイクが、廃油を持ってきてくれた。彼はカリフォルニアに家があり、本来はこちらがベースだ。この旅で再会する始めての人。うれしいものだ。彼の友人で、"Biodiesel"のエンブレムを作るマイクも立ち寄ってくれた。フィルターにかけた廃油も扱っている。これまでバイオディーゼル使用者たちと会うと、決まって自慢げに「バイオディーゼル」と書かれた車を見せることに気づいていたのだけど、彼が作って売っていたのか・・・。僕らもひとつ$25で購入した。(もちろん彼は、ただでくれようとしたけれど。)

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廃油回収 174L
走行距離 0km

お世話になった人たち:ナカイくん、IKKOさん、Foo-Foo 亭さん、Ebisuさん、マイク(O)、べバリー、マイク(W)

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ロスのエコビレッジ

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ロスでの滞在は、ダウンタウンにあるエコビレッジにした。80年代には暴動で悪名高くなってしまった一般的にはあまり安全とは言えないこのコリアン地域に、あえて都市型のエコビレッジを作ろうというのは、興味深い。未来のライフスタイルとしてとても参考になるだろうとあえてここの宿泊させていただくことにした。

本来は車の追放、自転車と公共の交通推進を進めている彼らだが、廃油をリサイクルしている僕たちのプロジェクトを応援し、格安で泊めてもらえることになった。裏のスペースで精製作業をさせてくれてので、今日はとにかく燃料作りに励む。

足がないことを伝えると、サポーターのチアキさんとアイさんのカップルなどが廃油を持って訪ねてきてくれた。感謝。

夜はエコビレッジで、定例の持ち寄り夕食会だった。僕らも加えてもらうことにした。フランスからフリーランスのライターが来ていたり、アフリカから帰ったばかりの住人がいたり、楽しく刺激的なディナーだった。

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廃油回収 88L
走行距離 0km

お世話になった人たち:ルイス、チアキさん、アイさん、アオミさん、佐々木さん、フミさん

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エコカーショーに出展

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カル・ポリ(Cal Plytechnic State University)は、サンルイにある総合大学だ。学校のポリシーは「実際にやってみて学ぶ」。教室や研究室に閉じこもって勉強するのではなく、実際のプロジェクトを通じて体で身に付けるクラスが多いのだそうだ。バイオディーゼルのクラブもあり、学校でカフェテリアから出る廃油をリサイクルして、学校関係の車両を走らせようとおいうプロジェクトがある。

アレックスは、環境系の会社に勤めているのだが、オールタナティブ燃料の車への関心を高めるため、面白い車を見つけては招待しイベントを開く。僕たちもちょうどタイムリーなゲストとして、正面に場所を設けてくれて参加することができた。おもしろい車とオーナにたくさん出会った。

後ろ髪を引かれながらカル・ポリを後にした。

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サンタモニカのケントとの約束は4時。彼とは2年前にBDFの取材をしている時に出会った。久しぶりだし、彼の家を訪ねるので楽しみだった。初代のバイオディーゼルカーやソーラーパネルを見せていただき、ベニスにいる友人を紹介してくれるというので、先を急ぐ。

皮膚科のドクターであるノアは、家でバイオディーゼルを作っている。タイトレーションとわれる廃油テストの大切さや、グリセリンの処理について、今まで以上に説得力のある意見を聞くことができた。

廃油回収 35L
走行距離 364km

お世話になった人たち:アレックス、エリック、ケント、ノア、ガス、フランク、ララ

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菜の花大地復興プロジェクト
菜の花を植えて、景観づくり、塩害などの土壌浄化、地域単位のエネルギー生産のきっかけ作りを目指しています。
楽器を贈るプロジェクト
津波で楽器を流されてしまった、ミュージシャンの方々へ楽器を支援するProjectを始めました。
支援金募集
3月28日いわてめんこいTVで紹介された活動の様子です
2011年支援活動報告書
2011年に行なった東北大震災復興支援活動の内容をまとめまています

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