2008年2月アーカイブ

ゴールデンゲートブリッジ

| トラックバック(0)

IMG_3170.JPG

普通車の旅ならば、少々遠くてもサンフランシスコからLAまでは一日あれば十分だ。でも、朝ゴールデンゲートブリッジあたりで写真を撮り、燃費走行をする・・・。そう考えると昨日ランドルのアドバイスに従い、途中のサンルイ・オービスポという町で泊まることにした。

残念ながら橋についてすぐ、雲が出てきた。でも、とてもよい角度から赤いブリッジを背景に記念撮影することはできた。駐車場に戻ると、プロの自転車のりサラが声をかけてきた。自転車に乗っていないときは、彼女もバイオディーゼルユーザーなのだそうだ。給油所が少ないのが悩みだと話してくれた。

080229%20088.jpg IMG_3153.JPG

サンフランシスコのB100給油所を見つけた。サンフランシスコ・ペトロレウム。会員制の販売店らしい。

サンルイ・オービスポでは、アレックスが待っていた。知り合いの知り合いを通じて、前日に連絡を取ったにもかかわらず、彼は手はずよく受け入れ態勢を整えていてくれた。感激だ。明日自分がセットアップしている、オールタナティブ燃料車集合イベントがあると聞いて、行ってみようと決めた。ロサンジェルス入りが遅れるけれど、こんなチャンスは滅多にない。

宿を提供してくれたステイシーは、今までSVO(ストレート・ベジタブル・オイル)でベンツに乗っていた。新しい車を買ったので、残っている廃油を引き取ってくれという。宿と電源+駐車場に加え廃油までくれるなんて!しかも彼女は友人を呼んで、ホームパーティを開いていた。外でBDFの精製する僕たちに、好奇心を覚えみんな寄ってきて油を注いでくれた。

IMG_3285.JPG IMG_3247.JPG IMG_3267.JPG IMG_3273.JPG IMG_3255.JPG IMG_3281.JPG

うまい!タイ料理をテイクアウトして満足だ。ここに寄ってよかった。


廃油回収 35L
走行距離 439km

お世話になった人たち:アレックス、ステーシー、ジェイソン、ショーン、ケビン、ジェフ、ジョフ

▲ページのトップ

Dr.ランドル

| トラックバック(0)

IMG_2707.JPG

消防士のマイクの紹介で、油汚れの処理を研究開発しているランドルを訪ねた。彼は、重油などが流出した時に手早く効率よく清掃作業をするための液体を開発したり、バイオディーゼルの品質をテストする試験薬を開発する会社を経営している科学博士である。彼いわく「水と土をきれいにする仕事」。

気転が利くというのはこういうのを言うのだろう。前日急に連絡を取って伺ったというのに、いろいろな手配や助けを用意してくれていた。バイオディーゼル関係者にも会え、燃料の精製もさせてもらい、西米で初めてバイオディーゼルで走った彼の自慢のベンツ(1993年より)や、ボート(1994年より)を見せていただいた。めまぐるしい毎日を送る僕らに、「ほんのちょっとでよいから!」とボートを出してくれた。ほっと一息ついて、海で眺めた夕日はとくべつまぶしかった。

IMG_2721.JPG IMG_2854.JPG IMG_2948.JPG IMG_2996.JPG IMG_3002.JPG IMG_3055.JPG

廃油回収量 0L
走行距離 90km

お世話になった人たち: ランドル、(女の子たちの名前、確認中)、ブライアン、ランス

▲ページのトップ

BDFで走る消防車

| トラックバック(0)

IMG_2128.JPG

UCバークレーの大学生だと書いたけれど、マイクはサンフランシスコ市の消防士でもある。彼が熱心に提案したことで、現在サンフランシスコ市の救急車32台のうち25台、消防車60台のうち6台がB20(BDF20%:20%の混合から、排気ガスに顕著な違いがみられるようになる)で走っているということだ。一般的にバスや救急車が従来のディーゼル燃料で走った場合、じつは乗っている人たちへの害が外にいる人たちの数倍になると言われる。だから最近、スクールバスをバイオディーゼルに替えて、子供たちを守ろうという運動も盛んになっている。

IMG_2096.JPG IMG_2072.JPG

昼ごろクルシブルズという、コミュニティセンターを訪ねた。主催者のマイケルは、ファンキーな工業彫刻家(廃材利用&溶接で大きな現代彫刻を作る)だ。彼の趣味で、ディーゼルのバイクを作ったことをインターネットで知った僕らは、ぜひこのモンスター(ダイ・モトの異名を持つ、まさにモンスターだ)を見てみたいと思っていた。

080227%20192.jpg 080227%20264.jpg

この旅が始まって、いろいろなバイオディーゼル関係者と知り合いになったけれど、みんな奇抜なアイデアを持った「クレイジー」な人たちであり、子供のような遊び心あふれる人が多いことに気づく。僕たちがやろうとしていることは、突然変異というか革命のようなものだ。型にはまった一般論じゃ成し得ないことなんだろうな、とふと思った。

廃油回収 0L
走行距離 51km

お世話になった人たち:マイク、スティーブ、ダニー、マイケル

▲ページのトップ

バークレーへ

| トラックバック(0)

我々の精製機と同じ水洗浄しないでBDFを精製するプラントを販売している「グリーンライン」という会社をたずねた。比較的新しい会社のだけれど、各部署の責任者たちは熱心だった。アルジー(藻)からバイオディーゼルができるというのは、BDF関係者のなかでは今持ちきりの話題のひとつなのだけれど、彼らもその開発の行方には興味津々という感じで話が合った。

IMG_1813.JPG IMG_1860.JPG

午後2時半、UBバークレーの大学院生マイクと会うべくバークレーへ。僕らのために廃油を持っている人を紹介してくれるという。ランディは、廃材を生かした改装を薦める建築デザイナーだ。自分のVWジェッタをSVOつまりフィルターにかけた廃食油で走らせている。集めすぎて困っているというので、手動ポンプを使ってたくさん廃油を(それもフィルターを通したきれいな!)いただいた。外で話していると、バークレーはさすがグリーン活動のメッカ、多くの人が足を止めて質問してきたり、情報提供をしてくれた。

IMG_1929.JPG IMG_1998.JPG IMG_1970.JPG IMG_1973.JPG IMG_1897.JPG

バンクロフトホテルも協力してくれた。
学内の新聞も取材に来てくれてた。
B・E・A・Rという学生のバイオディーゼルクラブに所属する学生とも出会った。

0802226%20110.jpg IMG_2043.JPG

犬も歩けば・・・とは例えが悪いが、ここはさすが全米で初めて公共交通機関にバイオ燃料(B100)を使用した町だ。話しかけてくる人たちの、勢いがちがう。

廃油回収 165L
走行距離 77km

お世話になった人たち:ピーター(グリーンライン)、マイク(UCバークレー)、ランディ、アダム、ケリー、デリック、スカイラー

▲ページのトップ

束の間の休養

| トラックバック(0)

0802226%20035.jpg

シアトルを出てから、毎日昼夜を徹しての作業と旅が続き、ちょっと疲れが出た。2日間ハルエさんの家で休養しつつ、燃料作りに専念することにした。バスコファイブはハルエさんのアパートの中庭の駐車場に停めさせてもらい、電源は3階の彼女の部屋から窓を通して延長コードでひっぱり確保させてもらった。
寒いと廃食油の入りが遅いのでフライパンで油を暖めていれてみることにした。
そうすると油はスルスルとフィルタ"を通り、廃食油タンクに入っていった。今まで廃食油を入れるのにすごく時間がかかっていたのでこれはヒットアイディアだ!
しかし、部屋の中で油を暖めるとその油の匂いが部屋にたまり、気持ちが悪くなることに・・・。

0802226%20021.jpg 0802226%20025.jpg 0802226%20077.jpg 0802226%20078.jpg

▲ページのトップ

夢のサンフランシスコ

| トラックバック(0)

雪の天気を押して走ったのには、もうひとつ理由があった。バークレーで今日イベントがあり、廃油を貯めて待っていてくれる人たちがいるからだ。サッチンの友人ハルエと彼女の友人ノーリーンが仕切ってくれている。

シャスタ山からの道すがら、霧の中に美しい山や谷を見た。ほんとうはゆっくりシャスタを感じていたかったのに・・・
残念、また改めて来る事にしよう。

午前10時50分、バークレーまであと4"50マイル弱というあたりで、またしても燃料切れのランプが!こうなると3人とも、怒ることも落ちこむこともできず、「ははは・・・、ランプがついてからどれだけ走るか実験しよう。」なんて呑気なことを言ったりして。エンプティのランプが点いてから94kmのところでエンジンは止まった。
やむを得ず、化学反応は済んでいるがフィルターをかけてグリセリンを取り除く前の燃料(本来グリセリンはエンジンをいためるので、できるだけ取り除きたい)を給油することにした。タブーに手を染める時ってのは、こんな気持ちなのだろうか。

IMG_1578.JPG IMG_1596.JPG

イベントは1時からだったが、どうにか間に合った。打ち合わせもセッティングも、ばたばたと40分ぐらいでやったけれど、でも間に合ってよかった。土砂降りの中、何人もの人たちが油を持ちよってくれた。感謝だ。

IMG_1664s.JPG IMG_1669.JPG IMG_1750.JPG IMG_1748.JPG IMG_1687.JPG IMG_1718.JPG

夜はサッチンの親友、ハルエの家に泊めてもらった。僕らは廃油の精製に加え、日記や写真の整理、ウェブのやり直しなどやりたいことがたまっているので、ここにしばらくお世話になることになりそうだ。

廃油回収量 52L
走行距離  443km

お世話になった人たち:ハルエ、ノーリーン、キム、セシル、ベン、シャロン、レイ、ジャメル、レーシー、ウェス、ナオミ

▲ページのトップ

シャスタの夜

| トラックバック(0)

ベンドのコープ給油所で燃料の精製をしながら、訪れる人たちと話をした。みんな僕らのやっていることに興味を持ってくれているようだった。ベンドのBDFコープは、とても熱心で、エコ燃料ムーブメントを意識して活動しているひとが多かった。カリフォルニアの関係者ともつながりが深く、ひとりはこれからカリフォルニアに行くので、僕らが着いたらまた会う約束をした。

IMG_1457.JPG IMG_1471.JPG IMG_1341.JPG IMG_1453.JPG

午後になって曇ってきた。南へ向けて出発しなくては。

途中クレマス・フォールズという町にある、オレゴン・テクノロジー研究所という学校に立ち寄った。大幅に遅れて到着した僕たちを、バイオ燃料関係の教授や職員のかたたちが快く迎えてくれた。この学校の建物は、温泉ですべての暖房をまかなっている(地熱暖房)。冷えた水がまた水源にもどるよう工夫された大きなパイプや、学生のプロジェクトで作っているバイオディーゼルの精製機を見せてもらった。

IMG_1511.JPG IMG_1532.JPG IMG_1531.JPG IMG_1541.JPG

日が暮れ、更に南を目指す。

だが、どう考えても燃料が足りない。ベンドで大雪に合って足止めを食いたくないので、十分精製せずに出てきてしまったからだ。サンフランシスコまでは無理としても、レディングまでは・・・。と願っていたけど、山道で燃費が落ちたため思いのほか早く燃料が減っている。

IMG_1500.JPG 080222%20142.jpg

深夜7時を回ろうとしていたとき雪が降り始め、そして燃料計のエンプティランプが点き始めた。非常事態だ。こんな山奥でガス欠すれば寝袋など持っていない僕らは凍傷にかかって翌朝まで保たないだろう。いろんな人に頼んで電話をかけまくり、ここからほど遠くないシャスタ山の町に僕らを迎え入れてくれるカップルを見つけた。ハイ・ロー・ダイナーで遅い夕食のころ、雪が本格的になってきた。「注意報が出ているわけではない。」という地元の方の言葉を信じるしかない。ここのおすすめは超巨大なマウンテンバーガーだ!

雪の中夜通し精製をフィルターがけをした。交代で寝ずの番だ。夜中の3時過ぎ、ラッキーなことに、雪が小降りになった。

助かった!

廃油回収 0L
走行距離 374km

お世話になった人たち: リチャード、ボブ、ローズ、デイビッド

▲ページのトップ

エコステーション

| トラックバック(0)

IMG_1237p.JPG

ポートランドのBDF関係者の何人もからおオススメされた、シークエンシャルという会社のステーションへ。オレゴン産のキャノーラと廃油から作ったBDFを売っている。ガススタンドのコンビ二も兼ねる建物の屋根の上には、約4500種類ほどの背の低い植物がびっしりと生えている。建物自体も自然のエネルギーを利用して空調するパッシブソーラを取り込んだ文字通り緑のエコステーションだ。

IMG_1244.JPG IMG_1252.JPG

ユージーンに住む知人の柴田さんと再会を祝して昼食をとった後、今後のルートについて迷っていた。これから行きたいベンド方面は雪の予報がある。無難に西海岸を南下するにはメインハイウェイのある西側を通る方が安全だが、今までずっと連絡を取ってきたサポーターのブレナンが期待して待っていることを思うと、オレゴン中部へ向けて山に入ることに決断した。

080221%20033.jpg IMG_1263.JPG

チェーンが必要という情報もあったが、雪がちらほらちらついたものの、どうにか持ちこたえてくれた。ベンドに到着したするとすでに地元のテレビが取材に来て、ライブでプロジェクトの紹介をされてしまった。ドキドキ!
よくアメリカのテレビニュースに出てくるリポーターがいて、発電機で照明を供給するテレビ局のバンがいた。なんだか不思議な気分だ。

IMG_1304.JPG IMG_1283.JPG 080221%20054.jpg 080221%20069.jpg

ベンド・バイオディーゼル・コープの歓待を受け、リモデル中のアールデコ風の家に泊めてもらった。

廃油回収量 47L
走行距離 245km

お世話になった人たち:イアン、柴田さん、ブレナン、マイク、ジム、クリント

▲ページのトップ

ポートランドからユージーン

| トラックバック(0)

080220%20061.jpg

ポートランド最後の日。朝起きるとすでにジェイは朝ご飯を作っていてくれた。これでもか、というほどパンケーキを焼いてくれ、大好きな目玉焼きとベーコンを用意してくれ大感激。本当に昨日初めてあったのか?と思うほどもてなしていただいた。僕らがパクパク食べて満足そうな顔をしているとジェイも嬉しそうだった。なんだか実家に帰ってきたようなそんな錯覚に陥りそうだ。なんとお礼をいっていいものか。ありがとう、ジェイ!

080220%20001.jpg 080220%20005.jpg

食後、ご近所のパットを訪ね、リモデル中だが彼のグリーンでいてカッコいい家のを見学。(雨水の貯水タンク、廃材利用の床、特殊な壁材と断熱材、パッシブソーラーの窓とサンルーム、インテリアなどの工夫など。)

080220%20014.jpg 080220%20032.jpg

ポートランドの町中撮影。小雨。

我々の車のヘッドランプやスポットライト類をサポートしていただいているPIAAのアメリカ支社に立ち寄らせていただく。このプロジェクトに賛同していただき、ポートランドによったらぜひ、支社によるようにと言ってくださり、廃食油を用意してくれたのだ。日本が本社のPIAAは、1986年からアメリカに進出したという。現在はクオリティの高さとデザイン面で、高価格帯の商品をアメリカでも定着させ売り上げが延びているそうだ。社員のみなさんに出てきていただき給油していただく。

IMG_0997p.JPG IMG_0991.JPG 080220%20078.jpg

ポートランドを午後3時過ぎに出発。キャンビーを目指す。サンブレーク・バイオディーゼルのジェフを訪ねる。彼は始めは個人で燃料を作っていたが、噂を聞きつけて多くの人達がBDFを買いにくるようになり、現在は有限会社として廃油からBDFを作っている。チキンをゆでて出た油脂が主な原料と聞き、ギョッとした。
僕らの車に興味のある仲間が集まっていたのでプラントの説明をした。そのあと、彼からメタノールとカリウムを分けてもらう。

IMG_1045.JPG IMG_1070.JPG IMG_1106w.JPG

月食。しばし立ち止まる。僕たちは、ちょっと駆け足で動きすぎているのかもしれない・・・。

夜9時近く、ユージーンのユースホステルに到着。夜通しの作業中、宿泊客やマネージャーが興味を持ってやってきた。

廃油回収量 1L
走行距離 249km

お世話になった人:ジェイ、パット、リズ、タミー、リチャード、島田さん、アラン、ジェフ、デイブ、ティム、マック

▲ページのトップ

ジェイズガレージ

| トラックバック(0)

IMG_0830.JPG

朝9時ごろジェイズガレージというBDFの売り上げが全米1という噂の給油所を訪ねた。ダウンタウンにあるBDF修理工場を兼ねるそのスタンドは、予想に反してとても質素で年季が入っていた。修理に持ち込まれた車が4"5台停まっていたので敷地はいっぱいだったのでまずは近くに路駐して様子をみることにした。
オーナーのジェイは、気さくでウィットに富んだ人物だ。車を開けるなり「すごい機械だなぁ。」と言いながら、ぼろきれで精製機を磨き始める。そしてふと顔を上げると、「廃油がいるんだろう?ついておいで。」と言いながら、携帯電話をかけながら片手で来いの合図をしながら通りを渡る。僕たちはなにがなんだかわからぬまま後に従うしかない。向かいのレストランの入り口辺りの藪の中に、なにか番号合わせの鍵がありジェイは電話で指示を受けながらそれを開けると、鍵を取り出して僕たちを無人のレストランの中に招き入れた。キッチンに入ると、大きなバケツに廃油が入れてある。「これをもらっていいそうだから。」まさか翌朝始まって5分で20L以上の廃油をいただけるなんて驚きだ。

ジェイの店は忙しい。うわさどおり次から次へと車が出入りし、バイオディーゼルやバイオエタノール燃料を給油していく。アメリカには珍しくなったフルサービスのステーションだ。でも、お客さんたちは結局車から出て、ジェイに話しかけている。バイオディーゼルを売るからには、問題があったら引き受ける。でも必要以上の問題を抱えた車の修理はごめんだから、クオリティのよい燃料だけを売る。あとはここの問題さ、とポン!とつなぎの上から胸を叩く。この商売を始めてから彼は宣伝をしたことはないのだそうだ。軍隊を出てから、わずかな手持ちの費用で、古いスタンドを買った。堅実な商売と立地条件のよさで、ここまでやってきたという。

今から7年ほど前にバイオディーゼルを売らないかという友人に誘われて、試しに扱いはじめたところ、二週間もしないうちに「あそこでバイオディーゼルを売っている。」という噂を聞きつけて、バイオディーゼルユーザーが、どんどんやって来たのだそうだ。その後は、心のこもったサービスを怠らず、BDFの売り上げを伸ばしてきたのだそうだ。人を第一においたビジネスが成功したのだろう。今日はどこに泊まるんだ?と突然ジェイは僕たちに聞いてきた。「今夜泊まるところが決まってないのなら。」と自宅に招待してくれたのだ。

IMG_0839.JPG IMG_0800.JPG IMG_0826.JPG IMG_0813.JPG

▲ページのトップ

コロンビアスポーツウエア訪問

| トラックバック(0)

IMG_0891.JPG

午後12時、今回のウエアをサプライしてもらっているコロンビアスポーツウエアを訪ねた。インターナショナル・マーケティング部のキャリ、ナディア、マークの三人が会社の入り口で快く迎えてくれた。これも日本のコロンビアからこのプロジェクトと趣旨を事前に話してもらっていたからだ。正面玄関の脇にはすでに集めてくれた廃油(50L)が置いてある。みなさんに集めていただいた一人一人に廃油を注いでもらっていると、他の社員さんたちも珍しがって出てきた。その後社員食堂に招待していただき、ランチをご馳走になった。

IMG_0890.JPG IMG_0892.JPG IMG_0899.JPG IMG_0921.JPG IMG_0953.JPG IMG_0954.JPG


COLUMN:サステイナビリティ・マネージャーのクリステンさんに話をうかがう。
彼女の部署は、去年の10月に設置されたばかりの新しいもので、今まで部署レベルで取り組んできた環境にやさしい製品作りを、会社として統合していくのが使命ということだ。例えば靴のパッケージなどには再生紙を利用、インクは大豆が原料、サイズも靴がきっちり入るほどの大きさに変えた。工場からの衣類の発送は、大きなビニール袋で一括とし小分けに分けるのを避けたり、製品に付いているタグの数を一つにするよう取り組んでいるということだ。人気のある大きな会社がリーダーシップを取ってくれるようになると、環境問題への努力も進歩がはやくなる。公募の中から選ばれたクリステンさんの今後の活躍が楽しみだ。

IMG_0952.JPG

▲ページのトップ

コロンビアを出てダウンタウンへ戻ると、バスコファイブを停め僕らは4時過ぎから夕暮れ時のトラムに乗り町の撮影をして歩いた。ポートランドのバスは、というもので、バイディーゼルで走っていた。実際歩いてみると、ここは自転車がすごく優遇されているのがわかる。バスにもトラムにも自転車を収納するスペースが設けられているし、道路にある自転車レーンも広範囲にわたって設けられている。

080219%20077.jpg 080219%20075.jpg 080219%20071.jpg 080219%20073.jpg

▲ページのトップ

ジェイの招待

| トラックバック(0)

夜7時に約束通りジェイの自宅におじゃまする。さっそく自宅のガレージを解放してくれ自由に使わせてくれたおかげで燃料の精製も順調に進み、飲み物やスナックなどいたれりつくせり。彼の家は、立派な家で庭には日本庭園のようになっており、奥には茶室まで作られていた。日本に興味があるのだろう。さらにさまざまなスポーツギアや趣味のよい旅の思い出の品に囲まれていた。ジェイの手料理をいただき、夜も更けて行った。その後、ガレージで一晩中燃料の精製をさせてもらい、あたたかいベッドを用意してくれ最高のもてなしだった。「ジェイ、僕たちのことを甘やかし過ぎだよ。」というと「君たちも僕を甘やかし過ぎだよ。こんな楽しいサプライズは、久しぶりだ。」と微笑んだ。

080219%20098.jpg 080219%20092.jpg 080219%20122.jpg 080219%20132.jpg

廃油回収量60L
走行距離 51km

▲ページのトップ

シアトルとのお別れ

| トラックバック(0)


10時ごろケロティさんとKAZUさんがやってきた。フリーウェイの走行中の撮影を手伝っていただき、その後コーヒー好きの僕らはスターバックス1号店に案内してもらった。
マリナーズのホーム、セーフコ球場の周辺からハイウェイに乗ると、上下にうねって交差する高架橋の片側は港、片側は摩天楼となかなかよいロケーションだった。100年以上の歴史を持つパイクプレイスマーケット近くのパーキングに車を停め、スターバックスの1号店に行ってみる。なんとスターバックスの創業当時のロゴマークを発見。看板の色は緑ではなく茶色だった。さっそく今日のスペシャル「パイクスプレイスブレンド」$8.95を頼んだ。ここでしか味わえない味だ。香りを楽しみ店の前でゆっくり味見をする。午後1時過ぎ、あっという間に時間がたち、名残おしいが彼らと別れを告げる時がきた。二人とも「サポートカーとして、このまま着いていきたいよ縲怐B」なんてうれしいことを言ってくれる。

IMG_0650.JPG IMG_0616.JPG IMG_0615.JPG IMG_0641.JPG

▲ページのトップ

スターオイルコ

| トラックバック(0)

IMG_0739.JPG

シアトルを抜けると、道も安定して順調な走りだった。なにせ重い機械を積んで、燃費走行をしているので、道路のコンディションと込み具合には敏感にならざるを得ない。晴れ渡った青空の向こうには、雪をたたえた山が美しくそびえている。レニエー山だ。バンクーバーといい、シアトルといい、僕たちはほんとうによい縁に恵まれて気持ちのいい時間を過ごす事ができて本当に感謝の気持ちで一杯だ。
平均走行スピードは55マイルから60マイルくらいで燃費走行に徹したのでので、ポートランド入り口についたのは夕方の5時近くになっていた。スターオイルコというBDF販売会社のマークは、僕が日本であるコンファレンスに参加した後で、サポーターを募っていたときに連絡をくれて、それ以来メールのやり取りで親しくなっていた人だ。

町のはずれにある工業地帯の一角に、金網のフェンスに囲われた給油所があった。給油スタンドが2つ。その脇にオフィスのある白い建物があるだけだ。外に数人がたいのよい男性が立って、僕たちを見つけると手を振ってこっちだと合図した。マークと社長である彼の父マイク、燃料タンカーの運転手マーシャルは、僕たちが車から降りると「さぁ、見せてもらおうか?」と間髪いれず車の後ろへ回る。ドアを開けるとマークは顔を輝かせて "Holy Cow!" と叫ぶ。「いやぁ、予想以上に面白いよ。」「よくできてるじゃないか。」「でかいエクスプレッソ・マシンみたいだなぁ。」

マークの会社は、オレゴンで取れた作物のみで作られたBDFを扱っている。「うちのお客さんは1.外国製品を使いたくない人、2.二酸化炭素が嫌いな人、それに尽きる。」菜の花畑とブルースカイの描かれた美しいタンクローリーを、男3人で「いいだろ?いいだろ?」と自慢げに指差し、バイオディーゼルで動かしているオフィスのヒーターを見せてくれた。寒冷地でのジェル化対策など、興味深い話もきくことができた。帰り際、用意のよいマークは、オレゴンで「絶対に訪ねるべき」バイオディーゼル関係者のリストと地図をプリントしてくれた。シアトルでの予定がどうなるかわからなかったので、ポートランドでのプランはあまり立てずに来たのだが、彼のお陰で重要な人たちに会えそうだ。

バンクーバー以来、ずっと自炊かオリエンタルの食事をしている。マイクの薦めるいかにもアメリカンな朝食の話を聞いたせいだろうか、3人とも「ダイナーに行って、アメリカンなものを食べよう!」と同意し、宿の近くのシャリーズへ。注文を済ませると、最近はめっきり板についてきたのだが、マネージャーさんのところへ行って「廃油はどうしてますか?いただけませんか?」と聞いてみた。すると、ウェイトレスが「あ、この前シアトルのテレビに出ていたでしょう?廃油で旅している、日本人よね?」と話しかけてきた。こうなると頼みやすい。バンクーバーでの苦労が嘘のようだ。残念ながら今日回収されてしまったばかりでもらえなかったけれど、断られることに慣れてきた僕たちには勇気の出る好意的な反応だった。

080219%20013.jpg 080219%20016.jpg IMG_0752.JPG IMG_0736.JPG IMG_0776.JPG IMG_0746.JPG

廃油回収量 0L
走行距離 312km

▲ページのトップ

お菓子がやってきた日

| トラックバック(0)

BDA_0359.JPG

出発を1日延期して朝から燃料の精製にかかる。気温が低いので廃食油の粘度が高くフィルタ"をうまく通らないため、作業が想像以上に時間がかかってしまっている。精製をしないと燃料が足りない状況だ。もともとバスコファイブにはあまりスペースがない。車としてはかなり大きい車だが、後ろの荷台はBDFの精製機が占領しているうえ、後部座席のひとつにはヤンマー製のディーゼル発電機(重さ70kg)が積まれている。ルーフの上に荷物用のボックスを取り付けているけどスペアパーツや工具道具類で占められている。だから、僕たちの衣類など個人的な荷物はやわらかいダッフルや小さな袋に小分けにして、座席の隙間や足元に詰め込む。更にカメラやコンピュータの器材がある。なのでサッチンの足元には食料や彼女のコンピューターが陣取り、時には靴を脱いで日本式に座ることもある。だからどう考えてもこれ以上廃油を積める余地はない。

ここは閑静な住宅街なのだが、日曜日だということもあり犬の散歩がてら足を止めたり、子供を公園に連れていく途中のお父さんがグローブを手に話しかけてきて、外での作業も楽しかった。すぐ隣のご主人は、随分熱心に車を見た後で「旅の共にスナックは欲しくないか?」と言う。「はぁ?」よく聞いてみると、彼はヘルシーなナッツ主体のスナック製造会社の経営をしているのだそうだ。「あとでサンプルを持って行くよ。気に入ったらスポンサーになるってのはどうだ?いつでもどこにでも送ってあげるから。」はじめサッチンとタツヤは顔を見合わせて、「できたらスナックじゃなくて、ほんとの食べ物の方が・・・。」なんてつぶやいていたのだが、どうして、このナッツがやけにうまい。車で過ごす時間が増えると、都合のよい時間に食事をするなんてことは期待できないから、クラッカーや果物に加えて味のついたナッツはとても重宝だ。(と、翌日からの路上生活で、僕たちはSHALEに深くふかーく感謝することになる・・・。)

IMG_0548.JPG IMG_0569.JPG BDA_0422.JPG IMG_0580.JPG

廃油回収量  0.5L
本日の走行距離 0km

▲ページのトップ

シアトルでお披露目

| トラックバック(0)

080216%20074.jpg

美しい朝陽で1日が始まった。今日はダーティーハンズ・バイオディーゼルコープの協力で地元のバイオディーゼル関係者に僕らのバイオディーゼルカーのお披露目会をすることになっている。天気予報は「軽い雨」だったので、空模様が気になるところだ。
イベントの最初に太鼓の演奏があるので、まずはすぐご近所のお宅に、事情を説明して歩いた。出てこない家もあったけれど、みんな「面白そうじゃない。」と快く承諾してくれた。「イージーゴーイング」な地域だと聞いていたけれど、本当にそんな感じだ。後は何が足りないだろうと確認しているところへ、デザイナーのミキコさんが、目を真っ赤にしながらやってきた。「できましたよ!」今日のために僕らのロゴの入ったパネルを作ってきてくれたのだ。ちょうど目印になる看板がはしかったところだ。こんな素晴らしいパネルを作ってくれて、ほんとうにありがたい!

朝10時、太鼓の勇ましく華やかな音色と共にイベントが始まった。トレジャーハント(日系フリーペーパー)、日本総領事館、ダーティーハンズ(ライルのコープ)らの広報活動のお陰で、まずまずの人出だ。本音を言うと、僕らにとってイベントの大きさは、あまり関係ないことだ。来てくれた方たちとどれだけつながれるか、その方が大切なのだ。でも領事館が頼んでくれた太鼓の演奏がすばらしかったので、来てくれた人達も大満足。近所の人達もなにごとが始まったのかと集まってきて、思ったよりも人が集まってきた。

演奏の後、司会役のライルの紹介で、難波総領事のスピーチ、ダーティーハンズについての紹介、そして僕の挨拶とプロジェクトの紹介、バイオディーセル燃料のプラントの解説へと進んでいった。来ていた人たちは、バイオディーゼルや僕らのプロジェクトにとても興味を持ってくれて、質問も活発に出た。雨もほんの少し頬に当たったような気もするが、支障のない程度で済んでくれた。廃油の集まり具合も順調で、フィルターを通してタンクに注いでもらうのに時間がかかったのに、嫌な顔をする人はだれもいなかった。談笑に花を咲かせ、コープの中を見学。それからもってきた紙にもみなさんのメッセージを書いてもらった。多くのバイオディーゼルのメンバー達と話ができて、このイベントを主催できて本当によかった。ライル、そしてコープのみんさん、領事館の方々、トレジャーハントにみんさん、ありがとうございました。

このコープの敷地というのは、かつては小さなガソリンスタンドだったそうだ。今にも崩れ落ちそうな白い建物は、20世紀初頭に建てられたもので、彫刻家であるトムの工房とバイオライル(ライルのあだ名)のバイオディーゼル精製工場の役割を果たしている。ここには地域に密着した生活があるコープでとても人間の暖かさを感じるところだ。僕たちが作業をしている間にも、多くの組合員たちが次々に廃油を持ち込み給油していった。
給油は手動のポンプで汲み上げる方式だ。文字通り「ダーティーハンズ(汚れた手)」。こんな暖かいバイオディーゼルのコープが日本にもあったらいいのになぁ。

080216%20062.jpg 080216%20085.jpg

廃油回収量 130L
本日の走行距離 9km

▲ページのトップ

ライル先生

| トラックバック(0)

080215%20097.jpg

明日の打ち合わせのため、ライルのコープを訪ねた。手伝いをしてくれることになっている、地元サポーターのケロティさんとKAZUさんにも来てもらう。力強い見方だ。この6ヶ月間ずっと自分のフリーマガジン「トレジャーハント」で我々の記事を掲載してくれ廃油回収のお手伝いをしてくれてきたサチコさんは、ひどい風邪に倒れていて残念ながら同席できなかった。

ライルは学校の先生だっただけあって、イベントへの取り組み方も、できるだけシンプルな方法を考えてくれていた。僕たちの必要なものをすべてわかっていて、自分を押し付けることはしないがリクエストはきちんと表現する。一緒に何かをやるのには、こんな人が一番だ。打ち合わせはスムーズに進行し、ライルの好意でBDF精製の作業もさせてもらえて助かった。また精製についても専門家でもない僕たちの質問にわかりやすく答えてくれるからとても参考になった。通訳係りのサッチンは、持参した資料だけでは専門用語が確認できず、バンクーバーでかなり苦労してしていたから、ここぞとばかり彼について勉強した。彼女は通訳の仕事もたまにしているが、バイオディーゼル燃料のことや車のテクニカルなことについて専門的な知識はなかったので、毎日が学びだ。しっかりと理解した上で、わかりやすく訳してくれるのとても助かる。ありがとう、サッチン!

ライルは、タイトレーションという廃油の品質テストを詳しく教えてくれ、僕らが今日作ったBDFの出来上がりもチェックしてくれた。昨日の精製でどうも水が混ざっていたような気がして、ちょっと心配だったからちょうどよかった。なんと!結果は反応が十分にできていなくてまだ反応していない廃食油があることがわかった。ライルはちょこちょこっと電卓をはじいて計算すると、「この量の媒体を入れて、もう一回反応させてみたらどうだろう?」と提案してくれた。薬品までくれたので、その場で反応させることにした。

080215%20075.jpg 080215%20088.jpg

午後はライルと並んでシアトルのバイオディーゼルの一人者、ドクター・ダンを訪ねる予定だった。彼のショップへ行く途中、アヒルのようなおかしな格好をした水陸両用車を見かけた。(写真を撮り損ねて残念!)こんなものが平気の平左で公道を走り、一般の人も何食わぬ顔をしてその隣を歩いている。アメリカのそんな気質は、楽しくていいんじゃないか・・・。

事前調査でひっきりなしに名前が出てきたドクター・ダンの店は、以外にも小さなオフィスと修理工場を兼ねた建物のまえに、ホロのついたタンクがひとつぽつんと立っているだけのものだった。協同組合に毛が生えたような商売さ、と笑って言うけれど、彼の経験と知識を求めて、人が集まってくる。エネルギッシュな47歳は、もともとは車の修理工だったが、1990年からナチュラルガスに関わってきて、バイオ燃料を追求するようになった。この店は登録者が4000人、定期的に給油に寄る客は1800人くらいを抱えている。ちょうど給油に立ち寄ったお客さんにも、数人話を聞くことができた。今日もまた、有意義な一日が暮れてゆく。

IMG_0341.JPG IMG_0395.JPG

廃油回収量 0L
本日の走行距離 50km

▲ページのトップ

シアトルアカデミーを訪ねて

| トラックバック(0)

080215%20017.jpg

シアトルのしっとりした朝にも慣れてきた。午前中は燃料の精製に集中する。宿を提供してくれたエイプリルのお陰で、僕たちは安心して作業に専念できる。昼からはトムの誘いで彼が教えているシアトルアカデミーの生徒たちにバイオディーゼル燃料で走るバスコファイブを見せに行く。街かどにあるミドルスクール「Seattle Academy of Arts and Sciences」は、スクールバスを100%のバイオディーゼル燃料で走らせている。学校の駐車場を借りてなるべく水平でな場所を探して車を駐車させ、精製作業を開始するためにリヤハッチからプラントを引き出して固定する。かなりの重量なので、特別に作った脚を取り付けて、その下にジョッキをあてて高さを調整する。機械が水平でないと精密機械に負担がかかるので、水準計を使って微調整をする。これから世界一周をする間、できるだけ長くもって欲しいので、僕らは結構気を使って丁寧にセッティングしているつもりだ。三人とも一人でも作業ができるようにしているけれど、お互い暗黙の了解で分担作業を手際よくこなせるようになってきた。

トムはこの学校で彫刻を教えている先生だ。彼がバイオディーゼル燃料を車に入れて走っていることは学校でも有名で生徒の中にもバイオディーゼルに興味を持っている子が多い。高校生ともなると質問やコメントもかなり専門的だった。化学の先生が10名ほどのクラスを引き連れて野外授業に来たり、トムの教え子でバイオディーゼルの弟子というカルドウェルとバートが立ち止まったり、ランチを過ぎても足をとめてくれる人が後を絶たなかった。ヘンリーという生徒は、「車やスタンドのコマーシャル、ディーゼル車やハイブリッド車のデザインをもっとヒップホップな感じにしたら、きっと若い層の使用者がふえるんじゃないかな。」なんてコメントをくれた。

通りの向こうにあるマンションに住んでいるというエドウィンという名の黒人男性がわざわざやってきて声をかけてきた。彼はディスカバリーチャンネルでバイオディーゼルの特集を見て、僕らの車の"Biodiesel" の文字を車体で見つけ、様子を見に来たという。「今やらなくて、いつやるんだ!」と僕たちの旅をこころから応援し、リズム感のある独特の口調でビデオカメラに向かってメッセージを語ってくれた。

IMG_0328.JPG 080215%20006.jpg 080215%20034.jpg 080215%20009.jpg

▲ページのトップ

日本領事館へ

| トラックバック(0)

夕方、シアトル在住日本総領事館にうかがう。土曜に行なうイベントの顔合わせを兼ねての食事会をセットアップしていただいたのだ。シアトルへ来て数日になるというのに、僕たちはまだダウンタウンへ足を伸ばしていなかった。ダウンタウンの新しいビルが立ち並び、一方通行の多いきらびやかな町の一角のビルに総領事館があった。総領事にご挨拶をさせていただき、領事のみなさんと外へ出ると、僕たちの車を動かさないほうがよいだろうという気遣いから、レストランまでバンを出してくれた。日本料理の「WANN」ではイベントの主催コープのライル、領事館のスタッフの方、そのた雑誌社のかたなども招待されていて、にぎやかな食事会となった。日本人好みの薄い味付けのその店は、おしゃれで油にまみれた僕たちは少々場違いとも言えなかったけれど、おいしい食事をいただきながら同テーブルになったライルとゆっくり話をできてよかった。領事館の方たちとも顔合わせができて、初めての大きなイベントも地固めができたような気がした。佐野さん、セットアップありがとうございました。

080215%20056.jpg 080215%20068.jpg

廃油回収量 38L
本日の走行距離 20km

▲ページのトップ

タコマのミドルスクール訪問

| トラックバック(0)

021008%20252.jpg

からっと晴れ渡ったアメリカ初の朝。今日は、タコマのミドルスクールを訪ねることになった。この学校の理科の先生アーミンと奥さんのあやこさんから、学校訪問の以来を受けたのは今年1月のことだ。学校からも全面的な協力を得て、この旅とバイオディーゼルについての簡単な講演とデモを子供たちの前ですることになった。

タコマまではシアトルから約一時間ほどかかり9時半に学校に着いた。小中学校の授業は時間が短い。ベーカーミドルスクールでは、10時からの3時間目と12時半開始の5時間目の二回、6-7年生数クラス合同約70名ほどが集まる予定だ。プラントをリヤから引き出し準備を初めているとすぐに子供達が集まってきた、心の準備もする間ものなくぶっつけ本番で自己紹介から旅の目的、プラントの紹介などを始めた。子供たちは前もって理科の時間にバイオディーゼルについて学んだということで、バスコファイブのプラントを見せ説明をはじめると、予想以上に理解していてびっくり。とても興味を示してくれた。廃油を持参した生徒には、順番で廃油タンクに注いでもらう。やっぱり油を直に自分の手で入れるというのはとても楽しそうだった。

図書館に移動してあらかじめ用意しておいたDVDのクリップを見せながら、僕たちの旅について説明したあとQ&Aで、例えば、「言葉も通じない、文化も違う国へ行ったらあなたならどうやって廃食油をあつめるか」、というような問いかけをしてみた。するとすぐに2、3人から答えが返ってくる。アメリカの子供達は自由に発言する子供たちが多いようだ。「僕だったら、必要最低限な言葉をインターネットで調べてから出かけて行って、カタコトで廃油をくれるよう頼むよ。」「でも、インターネットにつなげないような国へ行ったら、どうするんだい?」「わたしなら、前に使った油を少しだけ残しておきます。それを見せれば、すぐに何が欲しいかわかってくれるような気がする。」等々、なるほどそんな考えもあるのかという意見もあり、とても有意義な時間を過ごす事ができた。

最後に子供たちに、未来のどんな地球に住みたいか、どんな夢を持っているのかなどを日本から持ってきた紙(水を吸わずしわにならない特殊な紙)に絵やメッセージを書いてもらった。これもバイオディーゼルアドベンチャーのプロジェクトの一つだ。最終的には旅の最後にこのメッセージを展示したり、糸でつないで輪にしてプロジェクトの締めくくりを飾りたいと思っている。この旅で沢山の人達に会う事だろう。地球を一周することで一つの輪がつながり、そして多くの人達とつながることができたらどんなに素晴らしいことだろうか。

図書館を出る時、最後まで残ってた一人の女子生徒が何かを言いたげに近づいてきた。そばかすが一面にちりばめられた白い頬をほんのりピンクに染めながら、彼女のちいさな手のひらには金色の折り鶴が乗っていた。「あなたたちの旅の無事を祈ります。すばらしいプロジェクトだと思うから、応援したいの。」といって手渡してくれた。ゴールドの鶴。油の色にも似ているなぁ。そうだバスコファイブの守り神として運て席の前に飾る事にしよう。

021008%20238.jpg 021008%20245.jpg 021008%20241.jpg 021008%20217s.jpg

▲ページのトップ

午後2時過ぎ、シアトルへもどりダーティーハンズ・バイオディーゼルコープの責任者、ライルさんと会った。彼のコープは、会員が回収してきた廃油でバイオディーゼルを作って会員達に燃料を配給している草の根的活動をしているところだ。今までメールでやり取りをしてきたが実際に会うのはこれが初めて。北欧系の出身とみられるライルはすらりと背が高く、ちょっとくたびれたフェアアイルのセーターのよく似合う、穏やかな印象の人だった。いかにも手作りの「バイオライルのバイオディーセルワークショップ」というロゴがついた青いワゴン車を停めると、コープのなかへ案内してくれた。コープと聞くと日本の生活協同組合を思い出すかも知れないが、彼のコープはバイオディーゼルの協同組合だ。組合員が協力してレストランなどから廃油を集め、ライルがそれを精製して燃料にする。できた燃料は、回収してくる量の割合にあわせて組合員に格安で売られるというシステムを取っている。大手の石油会社がなかなか手を出したがらない背景の中で、アメリカのバイオディーゼル利用者たちは、こうやって供給源を確保している。ライルの話に寄ると、何よりも廃油の確保が難しいということだった。彼は以前科学の教師だったので、今でも学校を回りバイオディーゼルのデモをしたり、ワークショックを主催している。
コープは言ってみればかなりファンキー。彫刻家であるトムの作業場の中に、コープの会員が提供したPro190という精製機がどっしりとかまえており、脇のカウンターにはフラスコやガラスやプラスチックの容器がならべてあり、小学校の理科の実験室を髣髴させる。廃油を回収し、自分の手で井戸のくみ上げポンプのような手動のポンプで給油するから「ダーティーハンズ」という命名なのだと話してくれた。

そうするうちにこのコープの持ち主のトムが現れた。大家のトムはかなりの車狂で、古い日本車やドイツ車を数台持っている。奥さんのものだという緋色のムスタングは、場違いともいえる作業場のなかで、美しく光っていた。内装など少しずつ手を加えて改装したオープンカーで、トムのご自慢だ。

ともあれ僕たちチームは、マドローナというとてもは雰囲気のよい地域がすぐに気に入ってしまった。家に帰り、住宅街の路上で今日回収した廃油の精製にかかる。バンクーバーで一杯にした燃料タンクは、空に近い。シアトルの気温はバイオディーゼルにはやさしいとは決して言えない寒さなので、油が固まりやすくどうしても各行程に時間がかかってしまう。たとえば廃油をフィルターにかけてタンクに移す作業だけでも、通常の3倍も時間がかかってしまう。少しずつ、少しずつ油を注ぐ。新しいステップの前には、タンクを温める。住宅街の道路沿いで夜通し作業をするのは心苦しいが、"We have no choice." (選択の余地はない。)ひたすら精製あるのみだ。

IMG_0226.JPG IMG_0264.JPG IMG_0251s.JPG IMG_0270.JPG
廃油回収量 102L
本日の走行距離 146km

▲ページのトップ

トム・フラッド

| トラックバック(0)

カリフォルニア州ロングビーチ生まれ。ワシントン州で育つ。現代彫刻家。高校では車の修理や木工を学んだ。ウエスターン・ワシントン大学で美術を専攻、卒業後現在の妻アリスと共に渡欧。2年間をドイツでは有機農業のコミューンに住んだりアイルランド(彼はアイルランド系である)で絵画や素描を学びながらホテルで働いた。これ以来、二人はパーマカルチャー農業などに興味を持つようになった。

1994年、アメリカ帰国。ワシントン州西部に住みたいと決めていたので、シアトルに落ち着いた。帰国後の一年間に、妊娠し、家を購入し、新しい仕事をはじめたりと大きな転機があったが、1995年までには生活も安定し、彫刻家として工房を構えて活動が始まった。1999年より現在勤めるシアトル・アカデミー・オブ・アート&サイエンスというミドルスクールで、彫刻を教える傍らマドローナ・バイオディーゼル協同組合を主宰。近所の仲間が確実にバイオディーゼルを入手できるよう尽力し、学校でも代替燃料としてのバイオディーゼルについて積極的に教育活動を進めている。趣味は、古い車の収集。

彼の作ったマドローナ(ワシントンに自生する大きな木)の鉄彫刻は、近所の学校からの注文で作ったものだが、なんとも自由奔放で遊び心に富みあたたかい。街角でしっかり根を張っているように見えた。

コープの建物が壊れかかっているので、これを解体してできるだけグリーンな材料と方法で建て直し、クリエイティブで環境コンシャスな人たちの共同生活の場を作ろう、というのがもっかの夢だ。市から工事の許可が今年はじめに出たばかり。人々がもっと理解し合い仲良くする、そんな未来を目指して生きて生きたいという。自分のかわいい子供たちのためにもね、と語った。

IMG_0290.JPG

▲ページのトップ

バンクーバー出発

| トラックバック(0)

いよいよ国境越えの朝が明けた。何だか落ちつかず早く目が覚めてしまった。昨日も書いたけれど、今回日本を出る前から一番気になっていたのは、この国境越えだ。違法なことは何一つしていないのだからと自分に言い聞かせるが、難癖をつけようと思えばつけられないこともないだろう、そう思うと一抹の不安がよぎる。
9時過ぎジャパノイドに到着した。彼らとも今日でお別れだ。言葉では伝えきれないほど、お世話になった。メカニックの小村さんに簡単な車のチェックまでしていただき、みんなで記念撮影をしてから出発した。

021008%20092.jpg

バンクーバーでバイオ燃料を扱うカスケイディアと、その会社が経営しているオートガスというスタンドの名前は、バンクーバーで廃油を集めている際何度か耳にしていた。マネージャーから「バイオ燃料のことなら彼に」と紹介されたカーティスは、いつもはデルタ市のオフィスで働いている。11時半近くオフィスのドアを開けて入っていくと、気さくで早口のカーティスは目を輝かせて出てきた。小雨が降っていたのでジャケットをはおり、プラントの入っている後ろのドアを開けると、更に目の色を変えて「すごいねぇ!気に入った!」と歓声をあげる。「ちょ、ちょっと待ってくれ。バイオディーゼルの技術屋を呼んでくるから。」と言うや否や、ビルの中に消えていく。

バイディーゼルは低温に弱いので(ジェル化してしまう)、冬季は通常のディーゼルを半分混ぜる。(B50)今まで化石燃料を扱ってきた会社が、地球の温暖化や残り少ない石油の行く末を考え、代替燃料や持続可能な消費の仕方に興味を持ち始める。素人から見たらなんとも自然な姿勢だけれど、私腹を肥やしてきた大手の石油会社はその富を諦めることができない。カーティスに寄れば、彼の会社は他の会社から裏切り者のようなレッテルを貼られ、非難を受けることもあったという。でも彼らは市や州政府と歩み寄り、規制や法律を変える努力をしている。2020年には2007年の数字と比較して、全ての燃料が33%のリニューアブル燃料を含有していなくてはいけないという法律ができるよう努力しているという。そんなことが本当に可能なのか?という問いに彼は胸を張って"Without a doubt."(疑いの余地なく)と言ってのけた。現在カスケイディアが経営するスタンドは、カナダ西部に600店。そのうちバイオディーゼルを扱っているのは9店舗のみだ。この法律が通れば、うちだけでも600店舗すべてがバイオ燃料を扱うことになる。頭の回転の速い彼の英語に追いつくのは至難の業だったが、カーティスの情熱の源は紛れもなくとても澄んでいるのは僕にも伝わってきた。「そりゃこれはビジネスだ。儲からなかったら続かない。でも、考えて見てくれ。どうせ金儲けをするのなら、地球や周囲の人たちが得をするようなやり方をしたいとは思わないか?私はねぇ未来を考えると消沈する反面、自分に何ができるだろうと考え始めると、まだまだいろいろあるという気がしてうれしくてしょうがないんだよ。」

021008%20116.jpg 021008%20135.jpg 021008%20140.jpg 021008%20148.jpg 021008%20120.jpg

帰り際、北米を一年かけて走り人々の意識を高めたいというカナダ人カップルを紹介してくれた。各地に行ってその土地の有力者(市長など)に会い、彼らが作った「地球を守るために私たちができることリスト」の中からひとつの項目を選んでもらい、それをメディアで紹介するという運動を計画している。ぜひ彼らと繋がって欲しいというのだ。

僕らの旅もまた、人々とつながりたいという願いのもとに始まっている。世界へ向けての出発点として選んだバンクーバーの町で、僕らはさまざまなひとたちに出会った。小型車の輸入に力を注ぎバイオ燃料にも興味を持っているジャパノイド、何十年も会っていなかったのに差し入れまでくれて情報集めや廃油回収を熱心にサポートしてくれたタツヤのいとこマスミさん、快く油をくれた清、瀬戸の両すし店、森林伐採と生態系を守るために闘っているアネットやジュディス、そしてエコ燃料の推進をはかる石油会社カスケイディア。みんな努力している。みんな何かをしている。彼らのメッセージを運ぶのも、自分たちの役目の一つなのだと思う。

▲ページのトップ

国境越え

| トラックバック(0)

午後になって雲が分かれて明るくなってきた。町の北側にあるスタンレー公園をバンクーバーのスタート地に選んだ。トーテムポールの前で何枚かシャッターを切り、三人の記念写真を三脚で撮影。光が出てきてとてもいい感じだ。夕暮れ時もいいだろう・・・。時計を見るともう4時半を回っていた。

BDA_0220.JPG BDA_0315.JPG BDA_0344.JPG

僕たちはジャパノイドの朝田さんに言われた通り、商業用トラックの多いほうのボーダー関門からアメリカ入りすることにしていた。自家用車ばかりを扱うゲートより、係員たちの経験が豊富だからだ。案の定みんなのパスポートを差し出すと、番号などをチェックしてからオレンジの紙切れを渡され、右へ回り込んでキャノピーの下に駐車して指示をまつように言われた。そこの係員たちはリラックスした様子で、バスコファイブに純粋な好奇心を抱いているようだった。建物の中に入ってからも、作ってきたファイルをぱらぱらを見せた旅の主旨を説明すると、審査官はにやっと笑って「へぇー、自分で燃料を作ってねぇ。」「そのジャケット、かっこいいな。」なんて言っている。平静を装いつつも内心緊張していた僕らは、気が抜けてしまった。特に問題も難癖もなく、約30分で入国審査は終わった。

021008%20176.jpg

次は税関だ。僕らはカルネという書類を持って旅している。言ってみれば訪ねた各国での入国と出国証明のために判子をもらい、その商品が売り買いなしにその国を通過したことを示す=関税が免除されるというものだ。先日書いたけれど、バンクーバーでこの書類を処理した係員が間違った場所にスタンプを押してしまい、僕としては心配の種でもあったのだが、ここへ来てその間違いが問題となって浮上し、少々面倒なことになった。国境を越えてからカナダの関税にUターンして仕切りなおし。だが検査官はとても親切で親しみやすく、スタンプの間違いは僕たちの責任ではないと説明する必要もなく理解してくれた。その上「プロジェクト、がんばれよ。」なんて励まされて、三人とも気が抜けてしまうほどだった。

シアトルでは、16日にイベントをすることになっているコープの大家さんの一人、トムと家を提供してくれるエイプリルが待っている。電話で遅れていると連絡を入れると「気をつけて来てくれ。待っているから。」と言ってくれた。コープの近くのマドローナ・エール・ハウスで落ち合う約束をして電話を切ると、急にみんなほっとした。アメリカに入ったぞ!これで旅の心配の種がひとつ減った。

シアトルに入って出口を出た途端、珍しく道に迷ってしまったが、夜9時過ぎやっとトムと会うことができた。いかにも西海岸のアメリカ人のトムは、アイルランド系。イージーゴーイングで情熱を含んだやさしい話し方をする。ビールを一杯飲んでから、長い一日だったので今夜はこのへんにして、これから約一週間お世話になるエイプリルの家へ向かった。ぐっすり眠りたいものだ。

021008%20183.jpg 021008%20192.jpg

廃油回収量 18.5L
本日の走行距離 285km

▲ページのトップ

バンクーバー最後の夜

| トラックバック(0)

サッチンが帰ってすぐ、昨日バンクーバー島で取材を受けたローカルのニュースクリップの録画を見ることができた。驚いたことに僕をなぜが「スポーツキャスター」と間違って紹介していた。しかし、短い時間の中でうまく編集してあり、わかりやすく構成されていた。また、僕たちは見ることができなかった木の伐採シーンまで挿入されていてなかなかの仕上がりだった。昨日会ったアネットは、美しさを楽しむのみならず、こうやって外国から森林伐採に興味を持って訪ねてくる人がいると、地元の人々の意識向上にすごく役立つと言ってくれた。ささやかながら僕があの公園を訪ねたことで、アネットの活動に少しでも役に立っているといいのだが。

午後7時半、ジャパノイドさんの招待で、先日廃油をいただいた瀬戸すしで夕食となった。僕たちの壮行会ということだ。何から何までお世話になった彼らにご馳走していただくなんて、とても心苦しかったけれど、地球の環境を考え一緒に歩む同志の彼らと、バンクーバー最後の夜を過ごしたかったのでお受けした。「西海岸中探しても、こんなにうまい日本料理屋はないと思う。」という島田さんのいう通り、とてもおいしいお任せ料理に舌鼓をうち、最後にきて彼らから怒涛のごとく流れ出る熱い思いを、精一杯受け止めた。こんなに真剣で熱心な人たちが、地球のために何かせねばと必死になっている。僕自身この旅の大切さをひしひしと感じ、そのメッセージを噛み締めていきたいと思った。ありがとうございます!ジャパノイド。

021008%20016.jpg 021008%20020.jpg 021008%20038.jpg 021008%20041.jpg

ここで車の陸揚げとガレージを貸していただいた中古車輸入販売会社「ジャパノイド」について紹介することにしよう。ジャパノイドとは、日本狂という意味。日本車大好きフリークが、他とは違う車を求めてやってくる、ちょっとかわった会社である。カナダ人のデイビッドさんと日本人の朝田さん、島田さんによる共同経営である。

日本の車は性能がよく、小さめで小回りがきく。カナダには、日本の中古車輸入に関して「製造から15年たったもののみ」という規制がある。更にJIS規格は認識されていない。だから、15年以上経った選りすぐりの車を輸入し、カナダの規格にあった改良と整備をほどこし、責任あるアフターサービスを提供するというのがこの会社の特徴。更に、軽自動車やディーゼル車、サイズの小さい車だけを販売するという、徹底したエコ振りだ。最近バイオディーゼルにも興味を持ち始め、いずれは小型の精製機を購入し、納品するディーゼル車に自社製のBDFを入れて、送り出そうと考えているという。

▲ページのトップ

国境越えの準備

| トラックバック(0)

朝9時からジャパノイドでBDFの精製を開始する。昨日タツヤが一人で頑張ってくれて、二回めの精製を終えている。BDFを精製するBio-DF40は、すべてマニュアル操作になっているので、精製回数を重ねて感覚をつかむまでは、そばをできるだけ離れたくない。今日は昼を挟んで4縲怩T時間、BDFをフィルターにかけるという作業をするつもりだ。

IMG_0175.JPG IMG_0178.JPG IMG_0184.JPG 021008%20008.jpg

午後になって「バーナビー・ナウ」という地方紙の記者たちがやってきた。中国系らしいラウという名前の記者は、ノリと歯切れのよい人だった。自分がいつも取材する側だったということもあり、人前で話をしたり質問をされて答えるというのはどうも苦手だ。でも彼は抜群のタイミングで話題を投げかけてくれて、緊張感をさほど感じずに話すことができた。これから人前で話すことがきっと増えるだろう。練習、練習!!と自分に言い聞かせる。

午後はフィルターに気を配りつつ、ウェブサイトのトップページの作業をした。4時ごろサッチンにコピーセンターへ行ってもらい、いくつかの必要書類をコンピューターからプリントアウトしてもらう。国境越えの準備だ。アメリカの国境越えができるかがこの北米では最大の難関と考えていたからだ。アメリカまたはカナダで登録された車がこのボーダーを行き来するのは非常に簡単なんだけれど、日本で登録された車が国境を越えるのは難しいと聞いている。日本で廃車にした車を輸出し、北米で登録し直すというやり方はあるが今回の場合カルネ(一時通関手帳)を使い、日本で登録された状態で地球一周を考えているので、やってみないとどうなるかわからない。特にアメリカはテロ事件以来、セキュリティーがこの上もなく厳しくなった。だから、何一つ違法なことはしていないものの、車の後ろにへんてこな機械を積んで、荷物があふれそうな車に3人の外国人が乗っているなんてのは、不審人物とみなされ厳重に調べられることは間違いない。いろんなひとに相談しての応えは、だいたい「覚悟して」というものだった。何を覚悟するかというと、「足止めを食う」ことをだ。僕も以前アフリカの国々で、1週間の足止めは当たり前というのを経験しているので、内心かなり心配だった。だから、自分なりに念には念を入れて準備してきた。

▲ページのトップ

バンクーバー島

| トラックバック(0)

早朝4時50分起床。6時半のバンクーバー島へ行くフェリーに間に合うよう、家を出る。フェリーの出るホースシューベイまでは、約1時間だった。ひとり留守番してバイオディーゼルの精製を引き受けてくれたタツヤも、眠い目をこすりながら見送ってくれた。「ちゃんと帰ってきてくれよぉ。」

6時半発のフェリーは空いており、テーブルに電源が付いていたのでウェブサイトの英語版トップページの制作に時間を費やした。実はまだウェブサイトがきちんと動いていないので、忙しく廃油を回収している間も気になって仕方ない。英語のページをアップするにも、トップページがきちん整っている必要がある。少しでも時間があったら作業を進めたい。30分ほどして朝日が出てくるとデッキで少し撮影をする。

島の港付近は開発が進み、バンクーバー周辺のほかの町とそれほどかわらない印象だった。これから僕らは車で2時間弱、山の中へ入って行く。待ち合わせの公園があるナナイモのキャシードラルコーブに近づくと、鮮やかな緑色の苔と針葉樹の高木が目立ち始めた。道の脇には湖もある。カナダらしい自然だ。山深くなるにつれ、天気が怪しくなってきた。今日の天気予報は、雨時々曇りだ。

BDA_0012.JPG BDA_0010.JPG

カナダ西部野生保護委員会バンクーバー島中部支部代表のアネットさんは、地元のテレビカメラマン、他の環境保護団体の活動家と一緒に公園入り口で待ちかまえていた。赤毛の彼女は、ストッツガルト生まれのドイツ系移民。現在はバンクーバー島在住。バンクーバー島の森林伐採は、よそう以上に深刻だった。原始林も比較的あたらしい森林も、材木会社などの私有地になっているため、何の許可もなく誰からも非難を受けず伐採してきたのだそうだ。アネットさんの団体は、カセドラルコーブの伐採を防ぐため、さまざまな機関(地元の政治家からユニセフまで)に働きかけて、土地交換という形でこの公園を少しずつ買い戻す運動を続けている。雨がひどくなってきた、残念ながら「クリアーカット」と呼ばれる、樹齢800 から1000年の木々の切り株でできた山へは、入ることができなかった。

BDA_0074.JPG BDA_0108.JPG 021008%20002.jpg BDA_0123.JPG BDA_0104.JPG

湿地帯の保護団体をやっている赤毛のシェリと、パスタとガーリックブレッドの遅い昼飯を済ませ、午後3時Hupacasath First Nationと呼ばれるカナダの原住民の集会所を訪ねた。議長のジュディスさんは、日曜だというのに気持ちよく面会を引き受けてくれ、小さなエコカーに乗って腕と首に海大蛇のシンボルの付いたジュエリー、背中に大きな黒い刺繍の入った赤いマントという出で立ちで時間どおりに現れた。電話で話した時から、とても貫禄のある優しい人という印象だったが、お会いしてみると洞察力の鋭いとてもステキなひとだった。

いくつか話した中で僕の興味を引いたのは、この部族は2年前から部族が73%を所有するという水力発電所で作る電気のみを電力元として生活している。304年前BC最大の電力会社がガスによる発電を推進する方針を発表した時、それに加担する=温室効果ガスをふやすようなことはしたくない、という気持ちから自力で発電所を作る試みをした。費用の工面に1年、地元の水力発電に詳しい会社の協力を得て実際の建設に1年かかって作ったものなのだそうだ。232ヘクタールという小さな居住区に住む50世帯はもちろん、おおよそ6000世帯の電力使用量を、この発電所がまかなっている。

伝統的なイチイの木やヒマラヤスギの彫り物も印象的だったが、この訪問で何と言っても僕の心に響いたのは、彼女の最後の言葉だ。「この地球は、これから先きっと20030年はとても苦しい状況に陥ると思います。でも、私たちは小さな努力と大きな努力をバランスよく繰り返すことで、きっと何らかの結果を得てみんなが手をつないで微笑む時が来ると信じています。そのためには、廃品リサイクルをするとか自転車通勤するといった日常レベルでできることをし、政治や法律の改革、国同士の協力、グローバルな知識とテクノロジーの共有のような広い視野で解決法を探ることが重要なんじゃないかしら。」森の伐採が生態系を乱したり、地域住民の仕事を奪うという当たり前の理由に加え、彼女は深い森がなくなるとひとりになって伝統的な薬草をあつめたり、祈りのために森にこもることができないから困るのだと、とても興味深い話をしてくれた。テクノロジーと伝統を大切にする、とてもバランスのとれた女性だと思った。

帰りのフェリーでは疲れがでたのか、ぐっすり眠りこけてしまった。夢のなかチラチラまぶたの裏側によぎっていたあの赤は、ジュディスさんのマントだったのかもしれない。それは温かくて懐かしいブランケットのように、僕の疲れた目を癒してくれた。

BDA_0155.JPG BDA_0148.JPG BDA_0186.JPG BDA_0195.JPG

▲ページのトップ

飛び込みで油集め

| トラックバック(0)

今日も曇り。少々早め(僕にとっては)の7時前に起床。夕飯がヘビーだったのであまり空腹感も感じず、朝食はスキップすることにして、ジャパノイドのガレージに急いだ。昨日、車に積んであるプロセッサー(Bio-DF40)で反応させておいたバイオディーゼル燃料をフィルターにかけなければならない。化学反応と沈殿を済ませた廃食油は、バイオディーゼルとグリセリンに分離するのだが、上澄みのバイオディーゼルの中にはまだ幾分かのグリセリンが含まれている。それを取り除くのに約1日、よりクオリティの高いバイオシーゼル燃料を作るには、2日かかる。

10時半。遠心分離機によるグリセリン除去作業を開始。分離機を回している約4時間、街へ繰り出し、買い物と廃油集めに専念する。事務用品店でマーカーなど、ホームセンターで長いポンプなどを購入した。その後、廃食油を探してレストランや肉屋など店舗に飛び込んでみた。週末ということもあり「昨日回収に出してしまった。」とか、「マネージャーは月曜にならないといないから、来週戻ってみたら?」と、目星をつけていた所にことごとく断られてしまった。それでもレストランの多いバンクーバーだ、星の数ほどもあるこの町の飲食店で40Lの使用済み廃食油が見つからないとは信じがたい。

021008%20004.jpg 020908%20016.jpg

先日飲食店の廃油回収のコンテナがどういうものかわかったので、飲食店に飛び込む前に裏道を通り廃油用の回収缶を置いている店をリサーチすることにした。その方が廃食油を扱う店なのかすぐにわかるというものだ。それからコンテナの中を覗いておくとどんな油が使われているのか。油が良質かどうかある程度もわかるので、この手は今後も使えるというものだ。
とあるメキシコ料理店に行き当たった。メキシカンとは言っても出てきたのは中国人だったが、とにかく当たって砕けろで交渉をはじめた。はじめは「回収会社と契約しているからねぇ・・・」と渋っていたのだが、こちらも必死だからそこをどうにかと頼み込むと、やっとその気になってくれた。裏手にある回収缶の鍵をあけ、バケツと柄杓かわりに使えと小さな手つき鍋まで用意してくれた。ふたを開けると、かなりの量たまっている。指を突っ込み色や汚れ具合、水と混ざっていないことを確認してから、バケツに一杯廃油をいただいた。ここでは、トルティーヤチップを揚げるのにかなりの量の油を使うということだった。チャオさんにお礼を言うと、今度はジャパノイドに紹介していただいたリッチモンドにある寿司屋に向かう。

「瀬戸すし」は開店11年を迎え、純正日本料理店という感じの店構えだった。ずっと油の処理に困り手数料を払って捨てていたのだが、ここ1年ほどは政府のリサイクル推進の方針もあり、無料で回収してもらっているのだそうだ。オーナーシェフの五味明さんはとても親切に店を案内して天ぷらなどに使った菜種油を40リットルほどいただいた。午後8時、今日いただいた油で2回目の化学反応を終える。

それほど遅くない時間に宿舎にもどり、夕食の準備だ。メニューは昨日の残りものの中華に、買っておいた納豆と味噌汁。3人で「何だかやけにほっとするなぁ・・・」と会話も箸もすすむ。食後サッチンの友人でグラフィックデザイナーのハルと話した。彼女はベイエリアに住むのだが、僕たちのプロジェクトのポストカードやチラシを作りたいと買って出てくれた。自分たちではどうしても手が回らず困っていたので、こういう申し出はありがたい。さっそくどんな物が欲しいのか、大雑把な希望を話しどんな材料を用意したらよいのか打ち合わせをする。

021008%20039.jpg 020908%20069.jpg 021008%20088.jpg


本日の廃油回収量 50L (Andale's 10L + Seto sushi 40L)

▲ページのトップ

今日も曇り

朝10時に再び、レストラン「サムライ」へ。昨夜は油をうまく受け取れなかったので厨房の人に新しく捨てる油を取っておいてもらったからだ。その最中、ウェストコースト・リダクションという廃油の大手回収業者のトラックがやってきた。夕べ鍵がかかっており、僕たちがどうやっても廃食油を取れなかった廃油ボックスから、簡単に鍵を外して太いバキュームホースで瞬く間に廃油を吸い上げていく。回収トラックの運転手と話をすると、とても親切に廃油の使い道(主に化粧品と養鶏の飼料に再利用されるという)や、責任者の連絡先などを教えてくれた。この回収車もバイオディーゼル燃料(B20)で動いているという。さっそく、彼に聞いたバイオディーゼルの給油所を訪ねてみることにする。

ダウンタウンから5分ほど南東に行ったところにバイオディーゼル燃料を売っているスタンドを発見。従業員のスーダン人の男性に話しかけると、同じオートガス系列のステーションで、もっとバイオディーゼルを大きく扱っているところがあるから、そちらを訪ねた方がよいと言う。デルタ市にあるそちらの給油所を訪ねたいのはやまやまだが、すぐに燃料の精製を始めたい。後ろ髪ひかれつつ、バイオディーゼルの給油所は後回しにし、車の停めてあるガレージへ向かった。ここではバイオディーゼル燃料とガソリンの値段は一緒で1リットルあたり1.09カナダドルだった。このあたりのガソリンの値段の平均が1.11カナダドルなので若干安いと言える。


122507 20035.jpg 122507 20039.jpg

▲ページのトップ

午後1時半、回収した廃油をバスコファイブのプロセッサー(Bio-DF40)に投入。北米に来て初のセレモニーだ。ところが、一回の精製量にあとほんの数リットル足りない・・・。そこで近所のレストランに直撃して直談判することにした。自分は地元新聞の取材を受けていたのでタツヤとサッチン2人に行ってもらうことになった。4軒あたってやっと、日本語を話す中国人らしいシェフのいる「リッカ」という日本食料理店で、10リットルほどゲットした!
レストランを回り始めてわかったのは、多くの店で廃油を捨てる前に水を加えてしまうということだ。バイオディーゼル燃料の精製は、水が入るとすべてが台無しになってしまう。

122507%20075.jpg 122507%20101.jpg

さっそく、必要最低限の燃料が集まったのでプロセッサーのスッチを入れ精製を開始。車はジャパノイドのガレージの一角をお借りして置かせていただいている。ジャパノイドに来るお客さんたちが、我々にとても興味をもっていく。みんな15年落ちの日本車を改造して乗ろうという車好きだからだろうか、はじめは遠巻きに眺めているのだがこちらが一歩近づくと、みんな「何をやっているんだ?」と話しかけてきた。プロジェクトの内容を話すと、自分もいずれはディーゼル車にしてバイオディーゼルで走ろうと思っているが、ホースはどんな物を使ったらいいのか?とか、燃費はどうなんだ?とか、この後はどこへ行くのか?とか、結局質問攻めに合う羽目となった。皆「応援しているよ!」と励ましの言葉を残して去っていった。

5時過ぎ、精製のプロセスの第一段階「反応」が終わった。次は静置沈殿に移る。せっかくなのでジャパノイドの従業員の方たちを集めてこのプロセッサーの説明をさせてもらう。実際、日本人以外の人に説明するのはこれが初めてなのでいい練習となった。オーナーの一人、島田さんが最近バイオディーゼルの勉強を始めたとかで、興味深い質問が出たり、工夫の提案なども出た。メカニックたちは、視点が違うのでコメントも具体的かつおもしろい。

122507%20145.jpg 122507%20134.jpg

タツヤには、小さい頃から随分あっていない親戚がバンクーバーにいる。今夜はそのますみちゃんとスティーブンに誘われ、「ホンズ」という中華料理レストランでの夕食となった。スティーブンはメカニカルエンジニアなので、食事中にさまざまな質問が出た。今までの軌跡をまとめた僕のフォトアルバムを見せると、食い入るように二人で眺め、「成功を祈るよ。ずっとウェブサイトで後を追うから。」とうれしいことを言ってくれた。最後に家から持ってきてくれた廃てんぷら油をプレゼントしてくれた。遠慮がちにさしだしていただいた燃料は1リットルに満たないが、こういう心のこもった油がとても心にしみる。そして、大きいとか小さいとかじゃなくて、人と人との交流一つ一つが大事なんだなぁ、って思う。

122507%20158.jpg

▲ページのトップ

ダウンタウンへ

| トラックバック(0)

くもり時々晴れ
メンバーのタツヤとサッチンの2人は今回が初対面。タツヤは昔からのバイク仲間、でこのプロジェクトの立ち上げから一緒に準備してきた、なくてはならない存在だ。サッチンはアメリカに住む古い友人。彼女の職業はジュエラーで、今回の旅の水先案内人でもある。そして英語力の乏しい男二人にとって彼女は非常に強い見方なのだ。

午前中の数時間を使って、アメリカフェーズのスケジュールについての具体的な話し合いをする。3人そろって、きちんと話し合うのは初めてだ。いくつか再検討すべき場所、日程を変更できるか、打診すべきイベントなどをピックアップした。

午後、タツヤの知人から紹介されたダウンタウンにある日本食屋「サムライ」というレストランに行く。店に着くと吉本由美子さんという従業員の方が、快く対応していただき、まずは店の裏にある廃食油を溜めておく大きなタンクを見せていただく。約1トンくらいの油を溜められるタンクがあった。さらにリサイクルの分別(廃油、ダンボール類、ピザの箱のような紙類、ビン、缶とプラスチックに分けられているということだ)や廃油回収タンクを案内してくれる。その後、折角なので昼食をとることにして、本日のスペシャル弁当を注文した。(チキンの照り焼き、天ぷら、ネギトロ手巻きなど)。知ってはいたものの、その量の多さに驚いた。食べ切れなかったものは、「ドギーバッグ」つまり持ち帰り用の箱に入れてもらって今日の夜食に・・・。廃食油を夜に改めて取りにうかがう約束をして店を後にする。

IMG_0005b.JPG

▲ページのトップ

バスコファイブの入ったコンテナは、ミッチェル島という中洲地帯の保税倉庫へ届くことになっている。ミッチェル島の荷おろし業者「カナーン」の倉庫には、3時半ごろ到着した。朝田さんとはここで落ち合うことになっていたのだが、彼は絶妙のタイミングで僕らとほぼ同時に姿を現した。よかった。建物の中へ通されしばらく待っていると、社長兄弟の一人が現れ、気持ちよく迎えてくれた。工事用のオレンジジャケットと「ビジター」とかかれたバッジが各自に渡された。これから特別に保税倉庫の中に案内していただくからだ。通常この中には一般人は入れない場所だからだ。ドアをあけ、倉庫のコンテナヤードに出てゆく。そこには配達されたばかりのコンテナが、横たわっていた。胸が高鳴る。開けてみると、果たして!バスコファイブは、別れた時と同じ面持ちで静かに眠っていた。コンテナの幅がぎりぎりなので、車体とコンテナの間の隙間を少しずつ体を擦らせながら運転席までたどり着く。ドアを開くスペースがないので窓から運転席に滑り込む。おそるおそるエンジンをかけてみる。寒いコンテナの中で、ずっと船に揺られてきたバイオディーゼル燃料が、冬のバンクーバーでジェル化していないという保証はない。打つだけの手は打ってきたものの、急遽取り付けた燃料フィルタ竏窒フヒーターを作動させ、5分ほど待ってからイグニッションキーを静かにまわす。
一瞬、鈍い反応があったがなんとか一発でエンジンが生きを吹き返した。やった!スタッフから歓声があがった。こうやって、通関・車輌受け取りは終わり、予想を遥かに越えてスムースに受け取れてたことにビックリだった。これも朝田さんの努力のたまものだろう。倉庫を出て、バスコファイブを運転して路上に出ると本当に感動がこみ上げてきた。

IMG_0018.JPG IMG_0041.JPG IMG_0050.JPG IMG_0058.JPG IMG_0061.JPG

ここで車の陸揚げに協力していただき、ガレージを貸していただいた中古車輸入販売会社「ジャパノイド」について紹介しよう。ジャパノイドとは、日本狂という意味。日本車大好きフリークが、他とは違う車を求めてやってくる、ちょっとかわった会社である。カナダ人のデイビッドさんと日本人の朝田さん、島田さんによる共同経営である。

日本の車は性能がよく、小さめで小回りがきく。カナダには、日本の中古車輸入に関して「製造から15年たったもののみ」という規制がある。更にJIS規格は認識されていない。だから、15年以上経った選りすぐりの車を輸入し、カナダの規格にあった改良と整備をほどこし、責任あるアフターサービスを提供するというのがこの会社の特徴。更に、軽自動車やディーゼル車、サイズの小さい車だけを販売するという、徹底したエコ振りだ。最近バイオディーゼルにも興味を持ち始め、いずれは小型の精製機を購入し、納品するディーゼル車に自社製のBDFを入れて、送り出そうと考えている頼もしい会社だ。

▲ページのトップ

廃食油を求めて

| トラックバック(0)

さっそく、一路リッチモンドの街へ先を急いだ。「清すし」はリッチモンドにある日本料理店で、廃食油を貯めておいてくれたのだ。ディナーの仕込みで忙しいところを、2人のオーナーをはじめ従業員のみなさんが、興味を持ち外へ出てきてくれる。順番に廃食油をタンクに注いでもらっていると、我々の脇を通り過ぎたトラックのドライバーが、立ち止まり我々の話を聞くと、日をあらためて油を届けてくれるという。うれしい話だ。「清すし」では20Lの廃油をいただいた。週末にもう一度もどってくれば、もっとたくさん貯めておいてくれるという。

IMG_0092.JPG IMG_0081.JPG IMG_0073.JPG


次はサムライに再びもどり、いざ油をもらおうと回収タンクをのぞいてみると、昼の時点ではあまり気にしていなかった、タンクの入り口近くに金物の格子があって、準備してきた柄杓や手動ポンプが使えないと判明した。工具箱を取り出しふたを取れないかと試したが、一箇所錠がかかっておりどうしてもはずれない。レストランのシェフに相談したところ、ビニールのホースを使って口で吸って取り出せばいいとホースを渡される。ホースが曲がっていて、なかなか格子越しに油に届かず苦労したが、数人かかりでやっと届かせ、口に廃油が触れるまで吸い上げるのだが、重い油はなかなかホースを這い上がって落ちてきてくれない。廃油タンクとこちらのタンクとの落差が少なすぎてうまくいかないようだ。ポリタンクに1cmほど油を入れた時点で、これは無理だと判断。このレストランでは、閉店後夜11時ごろに油の交換するというのでその油を廃油タンクにあけないで取っておいてくれることになった。

122507%20136.jpg 122507%20147.jpg

正直言って、車が問題なく通関を済ませバンクーバーの町を走行できるかどうか、とても心配だった。日本で調べれば調べるほど北米に車を持ち込むのは難しいことがわかっていたからだ。それが今日、バンクーバーの町を何食わぬ顔して走っているのだからすごい。まずはアメリカ大陸に上陸し走り出さねば、このプロジェクトは始まらない。ほんとうによかった。

▲ページのトップ

カルネのスタンプ

| トラックバック(0)

昨夜は遅くまでメールの返事を返していて寝るのが遅くなり、寝坊気味で8時少し前に起床した。タツヤの作った自家製エスプレッソで目を覚ます。

今日は重要な任務がある。足りなかったソイルインスペクションが手に入ったのでなんとしても車両の通関を通さなければならない。通関しないと車がスタートできないのだから・・・。10時半に目指すビルに到着。しかし、昨日のデレックという理解のある審査官は席をはずしており、まったく違うタイプの係員にあたってしまう。困った事に、カルネの「輸入」欄に押してもらうスタンプを「輸出」欄に押されてしまった。いや、カナダに輸入しているのだが・・・と食いさがってみたものの、係員は自分のミスを認めたくないのか、なかなか納得してくれない。この書類が間違って処理されてしまうと、合衆国への出国時にまたトラブルが発生することになりかねない。ここは無理しても「輸入」の欄にスタンプを押してもらいたい。係員は段々苛ついているようだが、どうにか説得に成功し「そんなに言うならしょうがないな、押してやるよ。」と投げやりに判子を押した。

あまりよい天気とは言えないが、昨日下見したスタンレー公園に向かう。400ヘクタールもあるこの公園は、バンクーバーのダウンタウン近くにあるのだが、ヨットハーバーやバンクーバーのダウンタウンを一望できる港、トーテムポールの立ち並ぶ一角、そして苔むす杉などの針葉樹林を持つ美しいオアシスだ。連日の風や雨のせいで大木が倒れた箇所がり、道からの除去作業を所々で見かけた。痛々しい光景だ。根の張りが弱くなっているのだろうか?この林もまた、環境破壊の犠牲となっているのだろうか?


CIMG0782.JPG CIMG0774.JPG

▲ページのトップ

最初の関門

| トラックバック(0)

7時半起床。ぐっすり眠り、気持ちよい朝を迎えた。フレンチトーストとトマトスープの朝食を済ませ、出発の準備をする。10時宿舎を出て、バンクーバーのダウンタウンへ。通関のオフィスでは、係員が予想以上に親切で理解があり、気持ちのよいやり取りをすることができた。ただし、タイヤや車輌についた土の検閲書類(ソイルインスペクション)の必要があると言われ、そちらの手続きをしてから通関になると告げられた。

明日出直さなければならないものの、思いのほか気持ちのよい運びだったので、一同胸をなでおろす。せっかくダウンタウンへ来たのだからと、廃油回収をお願いできそうなレストランの目星をつけつつ、トーテムポールのあるスタンレイ公園まで撮影によさそうな場所を探してドライブをした。どんより曇っていた空がだんだん明るくなってきた。見上げると、目の前に水上飛行機が一機、ダウンタウンと公園の間にある湾に着陸してきた。こんなダウンタウンのすぐそばをセスナで降り立つ姿はあまりにも優雅で衝撃的だった。
きっと近くの島に住んで優雅な暮らしをしている人が自家用機でダウンタウンまで食事をしに来たに違いないと想像をして、カナダならではのライフスタイルに触れた様な気がした。

我に返って小腹がすいたので帰り道にFUJIYAで日本食弁当を買って、12時半宿舎へ戻った。

午後からは今後のスケジュールなど打ち合わせを始める。この旅は、予定表のない旅だが、行く先々で廃油を集めるためサポートしてくださる方たちに、それなりの予定を知らせたい。4時までミーティングをして明日から数日間の動きをまとめ、自炊の為の食料その他の買出しに近くのショッピングセンターを目指した。

6時に帰宅。日本への連絡、シアトルとの連絡がついたので、7時半ごろ夕食をつくり始めた。夕食の仕度を始める前にソイルインスペクションが終わったという連絡が入った。これで車両を受け取る書類が全部揃ったことになる。ささやかながら第一関門突破のニュースを祝った。これまでのさまざまな苦労や喜びが思い出される。「いざ!」という気持ちと「やっと!」いう感がほどよく混ざり、夜が更けた。


CIMG0753.JPG CIMG0757.JPG

▲ページのトップ

バンクーバー到着

| トラックバック(0)

バンクーバーには、予定より早い午前11時20分に到着した。飛行機の中では友人のタツヤとともに爆睡だった。
空港の外は1℃。やっぱり北国の冬の寒さが待っていた。滑走路の向こうに見える雄大な山の景色、空の広さが際立つ風景を観て、やっと旅が始まるのだという実感が湧いてきた。

日本から船便で送ったバスコファイブ(僕らの乗る車両ランクル100の名前だ)を別送品として申告をするので入国審査に時間がかかるだろうと心配していたのだが、意外とすんなり通ってしまった。
通関の係官に別送品の書類を渡すと内容も見ずに書類を受け取り、出口へ進むようにと指示されたのだ。予定ではここでその書類にスタンプを押してもらい通関の際に書類が必要ということでもらってこなければならないと聞いていた為、もう一度係官に尋ねてみる。しかし、大丈夫との一点張りなのであきらめて外に出ることにする。
外に出ると今回、車両の受け取りに協力している現地在住の朝田さんに迎えにきてくれていた。また、バンクーバーからクルーとして合流するサッチンとも再会ができた。雨がちなバンクーバーの街へ無事繰り出すことができた。

さっそく、バンクーバー市内のデビット宅へ移動する。今回朝田さんの会社、「ジャパノイド」の共同経営者でもあるデビットさんがバケーションで留守にしているため、滞在中自由に使わせてもらうことになったのだ。日本では考えられないほどの、ゆったりした住居に大満足。3ベットルームがあり、キッチンが広く、ガレージにはハーレーやオフロードバイクが4台もあった。それぞれの自分の部屋に荷物をおろし、お世話になる朝田さんの会社にご挨拶にうかがう。「ジャパノイド」は中古日本車販売会社だ。

夜はデビット宅で自炊。食後時差で眠たくなってきた。思えば、日本を出る数日前から睡眠らしい睡眠を取っていない。「まずはバンクーバーで、リハビリだな。」などと笑いながらメールの整理、チームとしての打ち合わせ(何しろメンバーが揃うのは、これが初めてだ)、などしているうちに夜がふけてゆく。いよいよ始まった!


IMG_0103s.JPG IMG_0107.JPG CIMG0738.JPG CIMG0741.JPG

▲ページのトップ

菜の花大地復興プロジェクト
菜の花を植えて、景観づくり、塩害などの土壌浄化、地域単位のエネルギー生産のきっかけ作りを目指しています。
楽器を贈るプロジェクト
津波で楽器を流されてしまった、ミュージシャンの方々へ楽器を支援するProjectを始めました。
支援金募集
3月28日いわてめんこいTVで紹介された活動の様子です
2011年支援活動報告書
2011年に行なった東北大震災復興支援活動の内容をまとめまています

2012年1月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
 

お願い

写真と文章を無断で転載、
コピーすることはご遠慮願います
Powered by Movable Type 4.261
電気自動車の充電